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呼び出し ―― ピエラ①

『真珠姫から伝令でぇす。

 護衛を頼みたいそうでぇす。しかも、今日、今から。

 断りますか?』


 仲間であるピエラからの通信を受け、リーザはしばし考える。


「行くわ」

『わかったでぇす。じゃ私もお供しまぁす』

「ありがと。すぐ行く」


 通信を切り、彼女は楽しそうに蛙を捕獲する二人組に声をかける。

 なんでも調合の素材になるとか。

 飽きもせず、いや、むしろ楽しそうな笑い声を上げながら、巨大な蛙退治に精を出している。


 そんな鳥肌が立つ光景から逃げ出す口実が出来た事に胸を撫で下ろしながら。


「転移、スピカ」


 ◆


 プレイヤー名、リーザ。

 ゲーム内で六つしか確認されていないランク10スキルの一つ、修羅を所持し、大剣と戦斧を振り回す高い近接戦闘能力を有す女性プレイヤーである。

 彼女は、とあるイベントで偶然、魔物に襲われる馬車を救出し、中に乗っていた乙女座の姫と懇意となった。

 その結果、度々乙女座、ヴァルゴ王宮より助力を請われる存在になっている。

 彼女としばしば行動を共にするプレイヤー達はあまりその事を快くは思っていないが。

 その原因は、偏に真珠姫と呼ばれるヴァルゴ王国の姫、エルア・ビルゴの性格にあるのだが。


 そんなNPCとリーザ、そして彼女を呼び出したピエラという名のプレイヤー、その三人がヴィルゴ王国の専門飛空艇の一室に居る。

 船はヴィルゴ王国の同盟国であるレオ王国の古都デボネラへと向かっていた。

 俄かにきな臭さが増して来た世界情勢。

 ヴィルゴ王国の西に位置するスコルピウスが

 侵攻の準備を開始したなどと言う情報が入り、そして、その矛の向く先が東であった場合、矢面に立つのはヴィルゴである。

 そうなった場合、同盟国としてレオに速やかな軍事協力を求めるため、更には、レオ自身、他国へ先じて攻め入る意思が有るのか。

 真珠姫自らが、獅子王と呼ばれるレオの王に会いそれを確認するために。


 姫を護衛していたNPCは彼女の命により全員退室している。


 猫脚のソファに身をもたれかけ、先程までNPCに見せていた、ともすれば高慢とも取れるような態度を軟化させる。


「いつも、すまない……。リーザ、そして、ピエラ。

 心から礼を言う」

「良いのよ。エルア」


 リーザは泣き出しそうな顔をしているエルアに優しい微笑みを向ける。

 他のNPCの前では見せないエルアの弱々しい姿。

 それは、国の代表たる母親が病に伏せその代理として精一杯に虚勢を張る少女の年相応の姿であろう。

 そんな、少女の一面をリーザは好ましく思っていた。

 そして、この世界で彼女を守るために必要なだけの力が有ることにも。


 その様子を、少し離れ眺めるピエラ。


 出たな、ツンデレ。


 などと心の中で毒付くが表情には出さない。


 そして、相変わらずリーザが彼女に入れ込み、自分の力に自惚れる様な言葉を掛けるのを黙って聞いている。

 リーザがどれだけNPCに、そしてこのゲーム世界に入れ込んでプレイしようが他人であるピエラが口を挟む必要など無いと考えているからである。


 ピエラにとってもこの世界は、単に自分の欲求を満たすための舞台でしか無い。

 その舞台での役割がリーザ達との出会いによって、当初思い描いていたものより大きくなってきている事に少しばかり戸惑いを感じては居るのだが。


 そう。はじめは、五人か六人のパーティーの中で、回復役ヒーラーとしてチヤホヤされればよかったのだ。

 しかし、リーザ達と出会い、高額な神聖魔法と高ランクの武器を手に入れ、ゲーム内でも屈指に癒し手になった後、彼女を取り巻く世界は変わった。

 他のプレイヤー達から助けを求められる事が増え、それも確実にこなせるようになり……いつしか天使などと呼ばれ、親衛隊なるものが出来上がっていた。

 最も、そんな親衛隊などと自称する連中と積極的に関わろうとはぜず、街ですれ違えば二、三言葉を交わす程度に止めて居るが。

 深く関われば、それはそれで面倒な事が起こるのは自明であるからだ。

 しかし、戸惑いは有りながらも決して嫌な訳では無い。


 陽が傾きかけた空を映す窓を眺めながらリーザとエルアの会話を聞き流す。

 その中で、不意に戦争という単語が飛び込んで来る。


 あ、また私が大活躍してしまう。しかし、戦場で癒しを振りまくなら本当に天使のような翼が欲しい。あのネカマに負けてなど居られないのだから。


 そう対抗心を燃やす。

 直後。


 いや、私は主役になる存在ではない、回復役ヒーラーは裏方で良いのだ。

 主役はあくまで攻撃手アタッカー

 自分はそれを支える存在。そう、現実と同じく。


 そう、思い直す。


 回復魔法を施した時。

 綺麗に髪を整えた時。

 「ありがとう」、そう笑顔で言われる。

 それが、私の喜び。

 そして、主役になろうとして踏み出していく後ろ姿を見送る。

 その瞬間が堪らなく好きなのだ。


 窓の外に目的地のレオ島が小さく見え出した。

 目的地まであと少し。


 ◆


「状況が変わった」


 喫茶水月の一階。

 エクリプスの五人の面々を前にしてカウンターに寄りかかったノゾミが真面目な顔で言う。


「本日、夕暮れ時にデネブにヴァルゴの姫が到着予定。

 レグルスの騎士団の多数が警護の為、そちらに向かった。

 つまりレグルス王宮の警備は手薄だ。

 現在、彼の街で確認された札付きは十二人。

 この隙に何らかの動きを見せる可能性が高い。

 よって、この後、午前二時よりレグルス街区を戦闘可能領域に認定。

 犯罪歴のあるプレイヤー群を隔離。

 我々がこれの対処に当たる。

 与えられた時間は最長三時間」


 アーミラリより下された指令を一息に伝えるノゾミ。


「と言う訳で、一番眠い時間に悪いんだけど参加出来ない人、居る?」


 コーヒーカップを片手に一同を見渡すノゾミ。


「夜は寝るもんだぞ?」


 珍しく起きて居るクレイグが茶化す様に言う。


「……大丈夫そうね」


 僅かに口角を上げながらノゾミは言う。

 クレイグはそれに肩を竦める。


「じゃ、十五分前にまたここに集合。

 細かな作戦は追って伝える」


 ◆


 さて、真剣な顔をしたノゾミの説明の後に散っていった面々。

 私はノゾミを捕まえ、マーカスと幾つか質問をする事に。

 というか、基本的に全部わからない。


 二人でノゾミ先生による補習の始まりだ。


「さて、ご両名ご質問は?」

「ハイ、先生」


 右手を上げる。


「全部わかりません」

「……獅子座王宮に鷲座の王子が逗留している。これは言ったわよね?」


 首肯する。


「で、それを狙う暗殺者が街に入りこんだらしいので監視をしていたのが昨日まで。

 状況に変化があり、言ったように別の来賓が現れた。

 乙女座の女王の一人娘、通称真珠姫。

 獅子座の同盟国で、次期元首。当然、万が一など起きてはならない。

 相当数の警護が、デボネラという真珠姫を乗せた船が到着する町へ向かった」


 そこでノゾミは仮想ウインドウを展開し、レオ島の地図を表示。レグルス、デボネラの二つの街を示す。


「鷲座の王子そっちのけか」

「同盟国の次期元首と他国の三男坊。比ぶべくもないだろう」


 マーカスが答える。


「そういう事。加えるなら、同様にデボネラに着いた鷲座の王子がレグルスまでの道中で魔物に襲われる事件が発生している。

 それもあり神経質になっているのでしょう。

 この情報は当然、暗殺側も承知していると見ている。

 それに呼応して動く。そう私は考える。

 暗殺の実行ね」


 そこでノゾミは仮想ウインドウを切り替えレグルスの街の地図を表示する。


「時間の根拠は?」


 マーカスが尋ねる。


「明日には護衛を連れた姫がレグルスに戻る。

 猶予は今日一日。おそらくプレイヤーが少なくなる頃に奴らは活動するだろう、程度の根拠でしか無い。

 もし、これ以降に何か起きた場合はNPCの責任」

「そんなもんなのか?」


 再びマーカスが疑問を口にする。


「騎士団はどうだったか知らないけど、私達に王子を守り抜く義理も責任も、更には独力で完遂するだけの戦力は無い。するつもりも無い。

 そして、アーミラリ、上層部も別にそこまで求めていない。これは今回に限らずね。

 正直、何を考えてるのかわからないけど、エクリプスは極めて限定された条件の中で最善を尽くす。そう言う組織」


 僅かに自嘲を含んだような物言いのノゾミ。

 ま、所詮ゲーム内の出来事イベント、そう割り切って楽しむのが正解なのだろう。


「街中で戦闘出来るの?」


 警告が出たはず。


「ええ。例外処置。当然相手も反撃してくるわ」


 それは別に問題ない。

 だけど、気になる事がある。


「他のプレイヤーも巻き込まれるよね?」


 私の疑問にノゾミは首を横に振る。


「言ったように、作戦時間中は私達と暗殺者達だけがレグルスの街中に隔離される。まあ、NPCも居るけど。

 ちなみに暗殺者かどうかの判断はシステム側が行う。つまり遭遇するプレイヤーは全員敵な訳」


 そりゃ便利。


「じゃ、敵も隔離された事に気付くわけだ」


 私の疑問にノゾミは再び首を横に振る。


「気付かないわ。Partially Parallel System。知ってる?」


 今度は私が首を横に振る。


「最近のゲームでは結構使われてるんだけど、世界を何層にも分けて管理するのよ。その層は必要に応じ融合しまた離れる。それは私達には認識できないけれど。

 レグルス街区の戦闘領域もそのシステムを利用する」


 多分、と小さくノゾミが付け加える。

 よくわからないけど、そう言うものなんだろう。

 そう言えば、以前アキも同じような事を言っていたな。彼女はまだゲームを続けているだろうか。


「要は、狩り、ね」


 そう言ってノゾミが妖艶な笑みを浮かべる。

 なるほど。

 彼女は……Sだな。

 その表情を見て思う。

 特務機関エクリプス。

 謎も面倒事も多いけれど、こういう楽しみがあるからやっている。

 そういう事では無いだろうか。


「殺せば良いのね?」

「そう」

「いきなり殺して良いのかよ。警告は?」

「不要。死ねば監獄に転送される」

「成る程……」

「単純で良い」

「言っておくけど、相手も曲者揃いよ? わかってるだけのデータは共有しておくけど。

 ちなみに街の外までは追わなくていいから。あと、王宮内も」

「何で?」

「隔離されてるのは街の中だけ。エリア外のトラブルは……後が面倒だから」

「ふーん。殺害自体は可能なの?」

「時間内、且つ、標的なら場所は関係ないわ」

「ま、逃がすつもりなんかないけど」

「頼もしくて涙が出るわ」


 口角を釣り上げる私達に、マーカスが少し引いている気がしないでも無い。


「ちなみに、殺害数キリングランキングトップは?」

「ランキング? 数えてないけど、一番は断トツでクレイグよ」


 クレイグ?


「へー。意外」

「ま、アイツは特別だから」

「まーな」


 居たのかよ。

 声の方を見るとドヤ顔のクレイグがソファでビールを飲んでいた。


 ◆


 シャワーを浴び、作戦の時間に備える。

 朝までゲームとか、久しぶりだな。

 ま、明日は日曜日。

 寝てても問題ない。


 ◆


 ログイン。

 そして、作戦開始十五分前。


 ノゾミが仮想ウインドウにレグルスの街の地図を映しながら作戦説明。


「この様に、中心に王宮。東に港があり、西にフィールドへ抜ける門がある。

 今日は二人一組ツーマンセルでの行動を基本とする。

 王宮より東、港までを私とクレイグ」

「広くね?」


 軽口で苦情を入れるクレイグを目で黙らせるノゾミ。


「王宮より西、南半分をミカとマーカス。北半分をアラタとヘクトの持ち場とする。

 と言っても基本は王宮周辺を警戒だな」


 私は今日のパートナーに顔を向ける。


「よろしく」

「僕が全部指示するので従って下さい」


 ……はいはい。

 ここは先輩の顔を立てましょう。


「了解」


 そして、ノゾミが号令。


「では、各自健闘を祈る。転移、レグルス」


 よし、行こう。

 狩りだ!

 街中の狩り!

 初めての経験!

 ワクワクする!


「転移、レグルス!」


 他の面々に続き、私も目的地へ飛ぶ!

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