監視 ―― ヘクト③
「初めまして。ヘクトです」
ノゾミに紹介された黒髪の男の子。
ほっそい。
「アラタです」
私が差し出した右手を軽く、本当に軽く握手して、そして、何故か睨みつけられる。
新参者だから歓迎されてないのかな。
◆
乙女座から二人のプレイヤー、そして、二人のNPCを連れ消えたフール。
その目的、現在地は皆目見当もつかないが、目の前のレグルス王宮に居るという鷲座、アクイラの王子は影武者であろうと、ノゾミは結論づけた。
しかし、その情報はひとまずノゾミとアラタの間だけに止めている。
その事に疑問を挟まないアラタの従順さがノゾミには嬉しかった。
アラタにしてみれば、思いを寄せる女性に「二人だけの秘密」、そう言われ逆らうことなど出来るわけ無いのである。
しかし、それを悟らせないように、努めてぶっきらぼうに「了解」と、一言だけ返す。
緩む表情筋を隠すために眉間に皺を寄せ、口元を手で隠し、そして、顔を背けながら。
結局影武者と知りつつ、アラタはレグルス王宮の監視を続ける。
王子を狙う暗殺者。その影を逃さぬために。
そんなアラタの前に、ノゾミは仲間だという男を連れてきた。
面白い訳など、無いのである。
◆
ま、無意味に馴れ馴れしくされるより良いか。
「じゃ、後よろしくね」
ノゾミがアラタにそう声を掛け立ち去る。
去り際にこちらに手を振るので、軽く振り返す。
すると、また、アラタが睨みつける。
……緊張感が足らない、そういう事かな。
私は気を引き締め彼の横に向かいに腰を下ろす。
視界の先には宮殿があった。
◆
暇だなぁ……。
何分経っただろう。
アラタは真剣な眼差しで宮殿を、そして、人を観察している。
顔を動かさず、目だけで。
一言も喋らず。
真面目なんだな。
◆
ひ……ま……。
何でゲームの世界でも座りっぱなしなの?
こっちは昼間も座り仕事なのよ。
せめて、体を動かした気分になりたいのよ。
一回行ったけど、後でもう一回降臨イベントに行こう。
◆
獅凰からメッセが来たので今度一緒にユニコーン退治に行く約束をした!
あの子が、どうやってあの刀を使うのか。それが、すごく楽しみだ。
横で仮想ウインドウを展開する私にアラタが小さく表情を歪めたが、まあ、気にしない。
◆
「飽きた」
「……まだ一時間」
まだ?
一時間、黙って街中を見ていること自体こっちは驚きなんだけど。
「飽きないの?」
「気が散るので黙ってください」
真面目だなぁ。
暗殺者の炙り出し?
そんなの標的を原っぱに連れ出して囮にすれば良いのに。
私はこっそりとビールを頼むことにした。
◆
「何で飲んでるのよ」
ヘクトの背後から、刺す様な声と視線。
振り返るとノゾミが腕組みをして立っている。
「……大人だから?」
ヘクトは誤魔化す様にそう答える。
「……あっそ」
溜息を吐きながらノゾミがヘクトとアラタの間に立つ。
「アラタも、今日はもう良いわ。今回は私達の出る幕じゃ無さそう」
万が一王宮の中へ暗殺者が入り込んでしまえば、第三者であるノゾミ達には手出しは出来ず、かと言ってそれより前、今まさに忍び込もうとする輩を捕らえるなど出来るはずもない。
「一応、八人程、札付きを見つけました。
後でリスト送っておきます」
「……流石ね」
内心の驚きを隠しながら静かにノゾミは答える。
そして、毎度の事とは言え、その働きに少し困惑する。
この成果に見合うだけの報酬を彼に与えられているのだろうか、と。
金銭はそれなりに渡しているが、果たしてそれで満足なのだろうか。
その答えが否であるとノゾミは考え、彼の献身的な行動の裏を読む。
これは間接的に私に圧力かけているのだろう。
こんなつまらない単純な仕事では無く、困難で、且つ、意義のある仕事を寄越せ。
無いのであれば……それを作れ。
そう言う事では無いのだろうか。
その結論に、ノゾミは少し暗澹とする。
別にそこまで真面目に特務機関のまとめ役をして居ないし、この先もするつもりは無いからだ。
NPCに良いように使われると言うのが癪だと言うのもある。
利用している、そう考えるようにしているが。
「対処は追って考える」
そう、アラタに伝え、ヘクトに向き直る。
「ちょっと、この後付き合いなさい」
「え」
やっと解放されると思ったヘクトの顔が再び曇る。
「ビール飲んで、ハイおしまい、じゃ無いわよね?」
「……了解」
ヘクトは、渋々立ち上がり、ノゾミに付いていく。
店から出て街中を並んで歩く二人組をアラタは奥歯を噛みしめながら見送った。
◆
「何処行くの?」
「……乙女座」
「ちょっとは楽しい仕事?」
もう、監視はこりごりだ。
「エディブルフラワーって知ってる?」
「食べれる花で飾った料理?」
「そう。その店がそこにあるの。付き合って」
「ん? 仕事?」
「プライベート」
そう言う事か。
懇願する様な表情で私を見るノゾミ。
先程まで、アラタの前で見せていた毅然とした態度と大違い。
「先に十五分頂戴。少し、体を動かしたい」
「降臨?」
「そう」
「好きね」
「うん。どうする」
「見てる。援護は要らないでしょ?」
「うん。じゃ、乙女座はその後で」
メニューを操作し、一気に降臨フィールドへ転移する。
次いでノゾミも。
私はメイスを手に取り、狩り慣れたユニコーンを殺りに行く。
◆
街中から転移で二人組が消える。
直後、アラタはやり場の無い悔しさと哀しみをテーブルに叩きつけた。
◆
木に寄りかかり腕を組んで戦いを眺める。
よくもまぁ飽きないものだなとメイスを振るうヘクトを見ながら思う。
そして、いざとなったら彼女を止めなければならない立場だと思い出し、それが可能か思案する。
いくつかの方法を検討し、まあ概ね問題ないだろうと言う結論に至った所で丁度不死者が消滅した。
「お待たせ」
満足そうな笑みを浮かべたヘクト。
「じゃ、行こうか。転移、スピカ」
◆
「不味くは無いけど……どうなの? これ」
テーブルの上に並ぶ、食用花に飾り立てられた華やかな料理。
それを口にしたヘクトの素直な感想。
「なんか、虫になった気分ね」
ノゾミは苦笑しながらそう返す。
「でも一度来てみたかったのよ。誘える人が入ってよかったわ」
「ミカは?」
「彼女とは……世代の差を感じるわ……」
「そう?」
「それにね、アラタもそうだけど、若者たちの前では毅然とした大人を演じてたいのよ」
そう言ってノゾミは再び苦笑する。
「主任は大変ね」
「貴女が入ってくれて本当に良かった」
ノゾミは、心からそう思っていた。
それ故、ヘクトに興味を持った切っ掛け、そして、ヘクトを引き入れようと思った動機。
それに連なる事実について、ヘクトに尋ねる事が出来ずに居る。
即ち、ハルシュというプレイヤーとの関係。
自由に動く彼女とこの先、利害が違えば、組織として対立することは十分に考えられる。
その時に、ヘクトはどうするのだろう。
そもそも、彼女に近づいた目的がハルシュに近しいと思われるプレイヤーだからと打ち明けたらどう思われるだろう。
快くは思わないだろう。
だから、そのことは忘れよう。
そんなことより、私はヘクトとの友情を取るのよ。
顔を顰めながら花を口に運ぶヘクトを見ながらノゾミはそう心に誓うのだった。
◆
「ねえ。ハルシュってプレイヤー、知ってる?」
ちょっとした有名人らしいアイツの事をノゾミに尋ねてみる。
すると、ノゾミは盛大にむせる。
……どんな仕組みなんだろう?
「な、名前は……知ってるわ」
「ふーん」
有名なのか。
さて、どっちに有名なんだろう。
善人な訳、無いか。悪名に決まってる。
「どうして?」
「ん? えっと……」
問い返され、私は返答に困ってしまう。
そもそも何を聞きたかったのだ?
アイツの居所?
居所は直接聞けば良い。その勇気があるかは置いておいて。
ではこの世界での評判? 噂?
そんなの、尾鰭が付くし、何より誰かにアイツのことを悪く言われるのは嫌だな。例えその性根が救いの無いクズだとしても。
「ごめん……」
考える私に何故かノゾミが謝る。
何の事だ?
「やっぱり、気付いてたのね……」
え、何が?
「そう……私は貴女が彼女と知り合いだと知って、それを利用として近づいたの……」
おおう!
そうだったのか。
そんなつもりだったのか。
しかし、何でこのタイミングで告白するのだ?
「だから、もし、気に入らないのなら……組織は止めてもらって構わない。私が追い出した事にして処理すればLPは無理でも、それ以上の追求は受けないと思う……」
「……そんな事だろうと思ったわ」
さあ、考えろ。
この状況、エリスさんならどう利用する?
「え?」
「でもね、ノゾミ。私はアナタの友達、そういうつもりなんだけど?」
「ヘクト?」
「勘違いしないでね? ハルシュを売るつもりは無い。彼女は私の中の一番だから。
でも、居心地、悪くないよ?
あの喫茶店も、ノゾミの横も」
くっさ!
私は何を言っているのだ??
『あの喫茶店』。
たった数日しかいなくて四六時中男が居眠りしている喫茶店が?
『ノゾミの横』。
スラリとした、クールビューティなノゾミの横に立つと相対的に私のアバターが男っぽさが際立つのに?
こんな台詞、信じる訳無いじゃん。
しかし、ノゾミは、テーブルに身を乗り出し私の手を包み込む様に握る。
「ありがとう! 友達、それだけで良いの!」
満面の笑みで。
……ふっ。
完落ち。
ちょろいものね。
こうやって相手の懐に潜り込むのよ。
エリスさん、私も悪い女になりました。
……何でこんな事になってるんだろう?




