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渇き ―― マーカス②

 さて、仕事があるって言ってたけど何やらされるのかな。

 ログインした私は今日一日の予定をどうしようかと考えながら階段を下りる。

 今日も休みだから、それなりの時間をこっちにいられる。

 そして、やりたいこともある。


 一階に下りると、マーカスがカウンターに座っていた。

 そして、相変わらず寝ているクレイグ。


「おはよう」

「ああ、おはよう」


 挨拶を交わし、カウンターの中に。

 昨日ノゾミに教わったとおりにサイフォンをセットする。


「飲む?」


 マーカスに尋ねる。


「ん、ああ。すまない」

「ノゾミ見た?」


 コーヒーの出来上がりを待ちながら尋ねる。


「ああ。三十分ほど前に出ていった」

「あっそ」


 てことは暫く好きにしていて良いのかな。

 何かあれば通信が入るだろうし。


「……三十分もそこに座ってるの?」

「ああ」


 何なのだ?

 こいつと言い、クレイグと言い。

 ゲーム内で室内に引き篭もるのが流行りなのか?


 まあいいや。

 私は一杯飲んだら出かけよう。


 コーヒーをカップに入れ、一つマーカスに。


 テーブル席の方に座りながら仮想ウインドウを操作。

 スキルリストを眺めながら、この先の戦い方を考える。

 それと、武器。


 よし。

 行こう。


 コーヒーを飲み干し、カウンターに下げる。


「出かけるのか?」

「うん。

 アンタも出かければ?」


 何か、思い悩んでるみたいだし。


「……付いて行っても良いか?」

「……は?」


 ◆


 転移でアルデバランへ。そこから徒歩でエルナト着。

 なんでかマーカスが付いてきた。

 まあ、気にしなければ良いのだけれど。


 私は目当ての武器屋へ。


「いらっしゃい」


 愛想なく声を掛けてきた店主に単刀直入に切り出す。


「ここに、人を斬る剣、無い?」


 以前使っていたブラッディソード。

 この店主は『ここに戻る』、そう言っていた。


「何処で話を聞いたか知らないが、あんな物、何にするんだ?」

「人を斬る」


 そもそも、あれに限らず、剣とはそういう物だ。


「碌な死に方しないぞ」

「死なないために殺すんだけどね」


 ノゾミの換装(コンバージョン)を見て、剣とメイス、その二つで戦おう。

 そう思いついた。

 なら、相方はあの剣が良い。

 なんとなくそう思った。

 また、剣を手にすることは私に刀をくれたアイツには少し申し訳無い気もするけど。

 そういえば獅凰は使いこなせているだろうか。あの刀を。

 今度、会いに行こう。


「持ってけ。前の持ち主は処刑されたいわくつきだ」


 カウンターの上に見慣れた黒い剣。


「お代は?」

「要らん。とっとと持っていってくれ」


 ふーん。


 アイテム【ブラッドサッカー】 ランク7

 潤うことのない乾き

 刃は血を渇望する



 あれ?

 名前、違う?

 でも、見た目は前もってた剣と一緒。

 右手で握り込む。


「ここで振るなよ」


 素振りをする前に止められる。

 ま、良いか。


「じゃー、もらってく」

「せいぜい長生きしろ……」


 さて、これに合わせてスキルも調達しなくちゃな。

 私はウキウキしながら店を出た。


 ◆


 武器も手に入った。

 スキルも揃えた。

 後は、試すだけ。


 狩場と言えば昨日ノゾミと行った所かな。

 よし、行こう。

 でも、その前に。


「でさ、何時までそうやって付いて来るつもり?」


 背後霊のようなマーカスに問う。


「……」


 たかが組織を追い出されたくらいで何だ。

 そんな組織、逆に潰してやればいいのに。


 マーカスに体当りし、彼を地面に引きずり倒し、そのまま押さえ込む。


「!」


 突然の事に、抗議の声を上げる、その前に私達の頭上を風切音が通り過ぎる。


 矢の飛んできた方向。遥か彼方に人影。

 一人、か?


 地を蹴り、そちらの方向へ。

 剣を手に全力で駆ける。

 相手までおよそ500メートル程。

 向かってくれば或いは、と思ったがしかし、相手は直ぐにその姿を消した。


 私は迎撃を諦め足を止める。

 新手を警戒しながら振り返ると、マーカスが上半身を起こして呆然としていた。


「PK。心当たりは?」


 見下ろしながら問う。

 明らかに、こいつを狙っていた。


「……無い」


 無い、か。

 甘いな……。

 組織を抜けたら、そこから狙われる可能性を考慮に入れないのか?

 しかし、それは言うまい。

 私の考える普通と、彼らの普通は、乖離しているのだろうから。


 しかし、こいつをひとりここで放り出すわけにも行かなくなった。

 次、襲われたら呆気なく殺されるだろう。

 私は別にそれでも構わないのだけれど、ノゾミはあまり良い顔はしないだろう。

 仲間、らしいから。


「さっさと立て。一度、ポルックスまで戻る」


 取り合えす、安全なところへ行こう。


 ◆


「いま平気?」


 喫茶水月まで引き上げ、そして、ひとり自室でノゾミに通信を入れる。


『手短に』


 取り込み中か。


「マーカスがPKに狙われた」


 多分。


『そう』


 ノゾミに驚きは無さそう。

 静かな返事の後、間。


『昨日の裏ギルドに連れて行って変装を買わせて。

 手持ちがなければ機関の名でツケが効く』

「了解」


 ではそうしよう。


 ◆


 辛気臭い大男を連れ、再びアルデバランへ。

 そして、昨日ノゾミに案内された裏のギルドで言われた通りマーカスにスキルを買う。


 ◆


「何なんだ!?」


 食事処に入り、そして、遂に私はキレた。


「何がだ?」

「その態度! 話すでもなく黙って後からついてくる。

 イライラする。子供か!?」

「それならもう放っといてくれよ」


 そう言って、テーブルに目を落とす。

 その言いっぷりに更に腹が立つ。


「そんなに騎士団追われたのがショックか?

 その連中を見返そうとか思わない?」


 ……無反応。

 苛立ちが頂点に。


「刺客まで放たれて。

 なめられっぱなしだ」

「……刺客?」


 顔を上げるマーカス。

 ……失敗した。

 でも、もう良いや。


「組織を抜けた人間は始末する。鉄則」


 多分。

 エリスさんの受け売り。

 でも、間違ってないと思う。


「まさか。あいつ等が? 俺を?」


 ありえないとばかりに笑い声を上げるマーカス。


「お前、楽園に居たんだろ?」


 睨み付け、怒りを押し殺した声で言う。

 私の事を知って居たのだから。

 対するマーカスは、眉を跳ね上げる。


「何で、それを」


 ……しまったー!

 そうだ!

 私、ヘクト、は、その事を知らない。

 知っているのはプルム。

 もう、処刑されて存在しないキャラだった!

 ヤバい!


「……そうか、彼女に聞いたのか……」


 なんか納得し掛けてるけど……彼女って誰だ?


「まさか、彼女も楽園に?」


 ……だから彼女って誰よ?


 ノゾミ?


 あの子もあのゲームを?


「それは、知らない」

「そうか……」

「改めて聞くが、どう言う関係だ? ハルシュと」


 ……え?

 ハルシュ?


 ……彼……女?


「ハルシュ?」

「仲がいいんだろ?」

「……昔の知り合い。同じゲームで」


 ん?

 何だろう。

 会話が、噛み合って無い?

 背筋が、ゾワゾワする。


「一緒に居ないのは何でだ?」

「……まだまだアイツに届かない。取り敢えず強くなる。そう決めたから」

「強く……か」


 そこでマーカスは両腕を組んで考え出す。

 何でこんな話になってるんだ?


「なあ。何でさっきのPKが刺客だって思うんだ?」

「明らかにお前を狙ってた。

 そして失敗してすぐに消えた。

 狙われる理由もある」

「……そうか」


 そこで再び考え出すマーカス。


「ま、暫く用心した方がいい」


 そう言って私は立ち上がる。

 そろそろ剣を振りたい。


 あの森へ行こう。


 ◆


 食事処から出て、この街のギルドの前で人だかりが出来て居た。


「降臨か」


 横でマーカスが呟く。

 少し懐かしそうに。


「降臨ってさ、強いの?」

「今回は理不尽な攻撃は無いって話だがな」

「レベル20くらいで勝てる?」

「どうだろう。ギリじゃ無いか」

「よし、行こう」

「は?」

「これ、参加するから先帰って良いよ」

「いや、待て。……俺も参加する」

「別に良いけど自分の身は自分で守ってね」


 私の言葉にマーカスは顔を顰める。


 ◆


 こうして、ヘクトとマーカスはギルドの依頼としてアムドゥスキアス討伐へと参加するのである。


 イベントフィールドで向かう船上で、物知り顔のプレイヤーが攻略情報を披露し、その場を仕切るのをヘクトは醒めた目で眺める横で、マーカスはかつての栄光、盾の人としてもてはやされたアンドロマリウス降臨イベントを思い出し、そして、それらを全て失った事を改めて実感し、目を赤くするのである。


 ◆


 船が島の岸壁に着く。

 そして、タラップを通って島へ上陸。

 総勢、八人。

 あれ?

 こんなに少ないの?


「プレイヤーのレベル等で勝手にマッチングされるんだ」


 キョロキョロする私にマーカス小声で説明してくれる。


 ほう。


「同じグループとかは考慮される」


 ほう。


「あんたら、知り合いか?」


 さっき、船の上で攻略情報を披露して居た奴だ。


「そうだ。そっちは六人か?」

「ああ。見た所近接だよな? あんまうろちょろしないで自分の身ぐらいは自分達で守ってくれ」


 偉そうな言いっぷりに殺意を覚える。


「だそうだ。

 大人しくしていよう」


 そう言ってマーカスが私を振り返る。


「……頼むから」


 そして、そう付け加える。

 そんな怖い顔してないぞ!?


 ◆


 まあ、大人しくしてろって言うならばそうします。

 これでも大人なので。


 腕を組み、連携の取れた、でも、隙だらけの六人を眺めていた。

 相手はユニコーン。

 それが、森の中を逃げる逃げる。


「彼ら、勝てるの?」


 マーカスに大声で聞く。


「何ー?」


 マーカスが怒鳴り返す。


 さっきから森の中にラッパの音が騒がしく鳴り響いて居る。

 戦いに入れば気にならないのだろうけど。


 あ、一人吹き飛ばされた。

 負けそうだな。


 ◆


 先に飛び出したのはマーカスの方だった。

 大声を上げユニコーンの注意を引きつける。

 釣られて突っ込んで来るユニコーン。

 その前でデカイ盾を構える。


 一瞬、ユニコーンが怯む。

 その隙を逃さず、周りの連中が攻撃を浴びせ掛ける。

 ……乗り遅れた。


 ◆


 その後、人型に変化してなおもユニコーンは向かって来るが、攻撃を引きつけるマーカスと隙を狙う六人の前に徐々に命を削られて行った。


 すっかり興を削がれた私は遠巻きにそれを眺める。

 私が参加しなくても勝てそうだし、事実、そうなった。


 ◆


「いやー、楽しかったな」


 マーカスはイベントが終わってからずっとこの調子だ。

 あの六人におだてられて。


 鬱陶しい。


 その代わりに何もしなかった私の事は特に気にならなかったみたいだから良いけど。


 私だって暴れたかったのに。

 大人しくしようって言ったの誰よ。


 ま、良いけど。

 あんな乱戦、好みじゃ無い。

 出来れば……一人で戦いたい。

 あのユニコーン……人型になると角を槍に変えて戦い出す。

 槍使い。

 それだけで殺したくなる。


 でもなー。

 システム上、どうやっても他の人と一緒になるらしい。


 飛べれば一人で行けるのか?

 だったらズルい。

 ……アイツはやっぱりズルい。


 カランコロンと、水月のドアが鳴る。


「おかえり」


 中にノゾミが居た。

 あと、アイマスクをしたクレイグも。


「ただいま」


 私の浮かない顔とマーカスの浮かれ顔を見比べ苦笑を浮かべるノゾミ。


「何か飲む?」


 ノゾミが立ち上がり尋ねて来る。


「ブラック」

「俺はビール」


 ……浮かれやがって。


 カウンターに回るノゾミ。

 座って居た席の隣に腰を下ろす。


「何これ?」


 カウンターの上、ノゾミの座っていた所に十センチ程の円形の金属プレート。

 表面に魔法陣の様な模様が彫ってある。

 コースター?


「ああ、それ、設置型の転移ポータルだって」


 カウンター越しに飲み物を差し出すノゾミ。


「そんなのあるんだ」


 コーヒーを受け取りながら聞き返す。


「特製品みたいよ。でも、今の所使い道も思い浮かばないけどね」


 そう言って仮想ウインドウを操作するノゾミ。


「おいおい。凄いんじゃ無いのか?

 これ」

「そう言うのが流れて来る組織って事ね」

「裏に何があるんだよ……」

「その内分かるんじゃ無い?」


 ノゾミから送られて来たアイテムの説明を読む。


 好きな所に置ける。

 一度置いたら動かせない。

 利用できるメンバーの設定によって利用方法が変わる。

 そこに訪れた人なら誰でも自由に使えるオープンポータル。

 『ポータル名』を知っている人だけ使えるクローズポータル。

 クローズの方は行った事無くても飛べるのか。


 よし、私の部屋に置いてアイツに教えよう。


「これ、貰って良い?」

「良いけど? 使うアテあるの?」

「うん」

「そんな簡単に渡して良いのかよ!?」

「欲しけりゃまた手配すれば良いし」

「じゃ、遠慮無く」

「その分、働いてもらうから」

「えー」


 さて。

 そろそろ一回ログアウトしよう。

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