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新しい世界へ戻る ―― プルム①

※『狂気は白く、赤に焦がれる』の後書きからの続きになります。

 従兄弟とそのお嫁さんに挨拶をした帰り道。

 ほろ酔いで自動運転のバスに揺られる。

 街灯の灯りが、バスの窓に定期的に私の顔を映す。


 あてられたな……。

 もちろん二人にそんなつもりは無いのだろうけれど。

 そりゃ新婚ですよ。幸せオーラなんて醸し出さなくても溢れ出てるんだ。


「あれ?」


 頬杖をつきながら、流れる街を眺める私の上から声が落ちて来る。

 仰ぎ見ると、そこには見知った顔。

 人畜無害そうな笑みを浮かべた男の人。


「あ、こんばんわ」


 咄嗟に営業スマイルを浮かべ挨拶。

 こんなタイミングで人に会うなんてついてないな。


「奇遇ですね。お帰りですか?」

「ええ」


 その男はそう言いながら勝手に私の横に座る。

 何で?


「何か物思いにふけってました?」


 ましたよ。

 ましたけど、貴方に関係の無い話でしょ?


「え、ええ」


 愛想笑いを浮かべながら、相手をする。

 私が受付をしている職場のお客さんが、この人の奥さんだ。

 その奥さんの付き添いで来ているから私とも顔見知り。

 下の名前は知らないけれど。


 何だろう。これ。

 逃げたい。

 早く着かないかな。

 もう少し。

 あと五分ほど。


 どう接して良いか分からない状況に戸惑う私に旦那さんが続ける。


「良かったらこの後、食事でも一緒にどうですか?」


 まさかの!

 まさかの誘い!


「え、でも」

「実は僕も今日一人なんですよ」


 知ってますよ。

 貴方の奥さん、入院中ですもんね。


「どうかな?」


 どうかな、じゃ、ねーよ。


「お断りします」


 微笑みを浮かべながら丁重に。

 て言うかね、私の職場、産婦人科な訳ですよ。

 そこに奥さんが入院中って、ついこの前出産したばかりじゃ無い!

 そんなタイミングで、よりにもよって、知ってる前提の人間を誘うか?

 死ね!


 どうしてこんな男ばかり寄って来るのだろう。

 高校を出て最初に勤めた病院でも既婚の医者が言いよって来た。丁重にお断りはしたのだけれど。

 結局、それがきっかけで二年勤めたそこをやめた。

 近所の個人経営の産婦人科で丁度募集があったのも後押しした。

 そしたら、今度はそこのお客さんか……。


 奥さんはあの旦那さんの軽率さ、知ってるのだろうか。

 ……どうでも良い!

 そんな事、私が考える事じゃ無い!

 私が悩む事じゃ無いのだよ!!


 ◆


 彼女の名前は赤須あかす百々(もも)

 彼女と後に表れる男のと始まりの物語は先に語った物をご覧いただくとして、この物語への五年間、そして今を簡単に語ろう。


 二人のすれ違いから一年。

 彼女は医療事務の資格を取り、中規模病院の受付として働き出す。

 持ち前の美貌と明るさを振りまき、あっという間に患者達のアイドルに、などと言うあり得ない彼女の妄想は、その容姿は置いておくとしてほぼ三年間を自室で過ごした彼女に、不特定多数に愛想を振りまきながら軽妙なコミュニケーションを取るなどと言う事は右を見ながら左を見るに等しい事であり、半年を過ぎる頃には目の前に立つ患者は自らと関係ないモブとして事務的に処理する術を身に付けるのである。かつて、周囲のプレイヤーを淡々と斬り殺していた時と同じ様に。

 その可も不可も無い働きぶりの何がその男の琴線に触れたのかは定かでは無いが、同じ病院に勤務する医師の一人が彼女へ声をかける事になる。

 しかし、その医師は既婚者であり、さらに言えば、そんな事と関係無く職場内で関係を持った女性が何人も居る、そんな男であったが。

 しかし、そんな男に全く興味を惹かれる事なく事務的にあしらう彼女に、逆に男はそのアプローチを強めて行く。

 それが、僅かに院内で人々の口に登りだした時に彼女は職場を辞める。

 高校時代の二の舞を踏む前に早々に。


 そして、次に勤めたのは『シダレディースクリニック』と言う個人経営の産婦人科病院である。

 産婦人科病院という事は、訪れる客は全て女性であり、そして、自宅と職場の往復ばかりの生活に出会いなどあろうはずは無く。

 自らの状況に僅かばかりの危機感を抱き始めた、と言うのが今の彼女である。


 ◆


 お呼びで無い誘いを躱し、バスから降りた私はイライラを吹き飛ばそうと決意し、唯一の飲み仲間に連絡を取る。


 ◆


 一人で三杯目を注文した頃に相手が現れる。


「もう。何なのよ。いきなり」

「遅い!」

「年末で忙しいの! 明日もだから今日はさっさと切り上げるわよ」


 金髪おかっぱの男が文句を言いながら隣に座る。

 小紫こむらさきミツル。私の飲み仲間で友人。酒の力を借りた上ならば本心を明かせる唯一の知り合いであり、五年前に私の前髪をぱっつんにした美容師で、今も私のスタイリストを担当して居る。ゲイだ。


「大体、アンタ、明日予約してたじゃ無い」

「もーバッサリ行って!」

「はあ? 何? 珍しく失恋でもしたの?」


 ジントニックを頼みながらミツルが怪訝そうな表情を私に向ける。


「ナンパされた」

「付いて行った?」


 その問い掛けに首を横に振る。


「奥さんが三日前に出産して私の病院に入院中」

「最低ね」

「最低だ」


 そんな男も、そんな男に声を掛けられた私も。


「そうか。短くか」

「前髪は残す事」

「良いじゃない。その方が可愛いわよ」


 どうだか。


「目つきが悪いから少しくらい明るくした方が良いのよ」


 そう言われ、私はわざとらしい笑顔を浮かべる。営業スマイルだ。


「その顔で、何で男が寄って来ないのかしらね」

「寄って来るよ。変なのだけ」

「中には良いのも居るかもよ。だから前髪……」


 再び言いかけミツルは止める。

 酔った勢いで冗談なのか本心なのか自分でも判別がつかないままにあの事でミツルを責め立てた事がある。……何回か。


「悪かったわよ」

「別に」

「そんなに忘れられないなら思い切って連絡取れば良いのにさ。その初めての人に」


 ニヤリとしながらミツルが言う。


「もう、連絡先なんか残って無いわよ」

「そうやって枯れて行くのね」

「あれ? 何その見下した言い方」


 ミツルがニヤリと笑う。


「良い男がいるの」


 またか。

 ミツルは恋多き男だ。

 多分、一年のうち三百五十日は誰かに恋をして居る。

 残りの十六日は二日酔いで潰れている。

 そうさせているのは主に私だが。


「今度はどんなの?」


 一応聞いて見る。


「毎日決まった時間に店の外を走る男が居るのよ。ちょっと憂鬱げな表情で。

 堪らないわ」

「へー。明日見れる?」

「一時間早く来れば見れるかも」

「起きれたら行こうかな」

「混んでるから早く来ても邪魔だから来るなら向かいのカフェにしなさい」

「写真とか無いの?」

「無いわよ。男は生に限るの」


 そうですか。

 多分起きないだろうな。


 ◆


 年末年始で職場が休みでよかった。

 あの旦那さんに会わないで済む。

 休み明けにはもう退院してる予定だから奥さんとも顔を合わせないだろう。


 その休みもミツルの店で髪を切る以外に予定は無く。

 そして、前日飲み過ぎたのかその予約ギリギリに目を覚ました私はミツルの意中の男のことなどすっかり頭に無く、身支度もそこそこにミツルの店に駆け込んだ。

 そこでまた、ミツルが髪を切って居る間に居眠りをしてしまう。

 痛恨のミス。


「嘘……」


 目が覚めた時は既に後の祭り。

 満面の笑みのミツルと前髪をぱっつんにされた私が鏡に写っている。


「可愛いですよ。赤須さん」

「ホント、スゴイ可愛いでーす」


 私の両肩に手を置いてドヤ顔のミツルの言葉にアシスタントの娘がキャピキャピした声で同意する。

 死ね!


「年末年始は引き篭もって過ごす事にします」


 笑顔で鏡越しに二人にそう返す。

 帰りに帽子を買って帰ろう……。


 ◆


 久しぶりに再会をした従兄弟の伴侶が自分と一つしか歳が違わないと言う事にも軽い衝撃を受け、そして、二人の出会いが架空世界だと聞かされ、更に本人曰く残念な前髪にされ、その姿に過去を思い出し……、そう言うことが重なり彼女は五年ぶりにVRギアを引きずり出した。


 彼女がプレイしてたゲームは既にそのサービスを終了しており、改めて彼女は年末年始を引きこもるべきゲームを探す。


 ◆


 頭を空っぽにしたい。

 従兄弟達の出会いは、仮想世界内って言っていた。

 今時、ありふれた話だけれど。


 いや、出会いが欲しい訳では無い。

 ただ、ひたすらに殺したい……。

 あ、まずいまずい。

 そんな事してたら現実に、仕事に差し支える。

 もう少しライトな世界で、そう、ファンタジーな世界にちょっとだけ浸ろう。


 ◆


『ようこそ。コンステレーション クエスト オンラインの世界へ』


 遠くに星が瞬く、宇宙空間。

 ぼんやりと光りを放つ、緑色の髪をした少女姿のアバターが話しかけてくる。

 体に、少しの浮遊感。


 幾つかのゲームの中からこれを選んだ事に大きな意味は無い。

 ただ、PKが可能なゲームで絞り込んだらあんまり数が多くなかった事と、他の候補作より美しいプロモーション映像があった。それくらいの理由。

 合わなければ他を探せば良いし。


『では初期設定を開始します、まずお名前をお教え下さい』

「プルム……。そう、プルムでお願い」

『プルム。

 登録完了しました。

 続いて、この世界であなたの分身となるアバターを設定をさせていただきます。端末内のデータを利用いたしますか?』


 どんなだったかな。


「ちょっと確認出来る?」

『はい』


 私の前に、私の分身アバターが現われる。

 真っ赤な髪の……可愛い女の子。シルエラ。私であって私で無い存在。

 意思も無いただのその人形と目が合う。


「何で……逃げたの?」


 その瞳に、過去の自分に、そう問われた気がした。


「逃げて無いよ」


 彼女にそう返す。


「嘘つき」


 過去の自分から、彼が好いてくれた私から見透かされる。


『プルムさん?』


 ナビゲータが、アバターと見つめ合う私に声を掛ける。


「そうだなー。髪を黒く、長くしようかな」


 エリスさんみたいに。


 その要望に応え、アバターの姿が変わる。

 エリスさんには似ても似つかないけれど、ま、良いか。


「これで良いかな」

『では、ゲームの説明に移らせていただきます』


 変わってしまったシルエラの姿を眺める私にオペレーターがゲームの説明を続ける。


 スキル、LPの説明と続き、スキルの選択に移る。

 スキルは効果によりランクが分けられて居ている。ただし一番上のスキルは一品物ユニークで売り切れらしい。

 LPは有限。全員初期値は10。

 そして、そのLPを使って高ランクのスキルが手に入る、か。

 私はそのランクアップの表示に触れる。


<ランクアップにはLPを1消費します。よろしいですか?>

<YES / NO>


 えい。

 YESに触れる。


<ポン>


 システム音。

 リストに新しいスキルが追加される。


 えい。えい。えい。

 同じことを八回。


 多分、LPはこのゲームの重要要素なのだろうけどそんなに長く続けるつもりも無いし。


 ランク9。

 勇者。

 覚醒。

 無詠唱。

 鉄壁。

 ……。


 わからん。

 そりゃそうだ。やった事無いもの。

 スキルの説明を読んでもイマイチ、ピンと来ない。


「おすすめとか、無いのかな?」

『そう言うご質問にはお答え出来かねます』


 いけず。


 じゃ、まあ、これで良いかな。


 スキル【鉄壁】

 物理攻撃に対する耐性が大幅に上がるが、

 熱に対しての耐性が僅かに下がる。


 これで残りのLPは2。

 後はランク1から選ぼう。


 スキル【剣】

 剣の扱いを理解する。

 片手剣タイプ武器装備時攻撃力向上。


 スキル【剛力】

 筋力値向上。

 物理攻撃時、威力、速度向上。


 それと……。


 スキル【幸運】

 女神の微笑み


 何この挑発的な説明。

 これにしよう!

 微笑んでごらんなさいよ。

 その目、チョキで潰してあげるわ!

 変な男しか寄って来ない私の不幸体質舐めんな。


『最後に初期装備をお選び頂けます』


 刀は……無いのか。

 じゃこれかな。

【ロングソード】。

 それと、【皮鎧】。


 これで、設定は完了かな?


『それでは、空を駆ける冒険の世界。コンステレーション クエスト オンラインをごゆっくりお楽しみ下さい。

 どうか、星々の導きのあらん事を』


 上手に微笑みを浮かべたナビゲータの声と共に視界が切り替わる。

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