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閉じた未来の、その先へ  作者: はなび
プロジェクト開始2ヶ月前
9/32

管制小会議室



整備場に出向いたあと、居住区に戻ろうとして、磯城(しき)は、管制小会議室に呼び出された。戻って来たものの、呼び出しの張本人の名前を見れば、嫌な内容の話をされるのは想像がついたので、出来ればこのまま引き返したい。

小会議室の前で、磯城の口から、重い溜め息が漏れた。

パスコードを入力してIDカードを通すと、扉は軽い音を立てて開く。

まだ誰も来ていないと思ったら、窓辺に管制士が1人、立っていた。幼馴染の葛城(かつらぎ)彼方(かなた)だ。


「…何だ、ずいぶん早いな」


室内に入って声を掛けると、


「俺は残業だ。おまえこそ、ずいぶん早かったな。居住区に帰ってたんじゃないのか?」


彼は、磯城の側に歩み寄る。まぁな、と磯城が答えると、葛城はニヤリと笑った。


「整備場に行ってたんだって?」


「…どこで、それを…」


「噂になってたぞ。管制士が、わざわざ整備士にケンカを売りに行ってたって」


葛城の言い分に、磯城は顔を(しか)める。大いなる誤解、とは言わないが、事実じゃない。


「別に、ケンカは売っていない。ちょっと個人的に、話をしてきただけだ」


反論する磯城の声は、苦々しい。葛城は楽しそうに笑い声を立てて、どうだった、と肩を叩く。


「俺の自慢の子だ。おまえのお眼鏡に適ったか?」


言われて、整備場で会った整備技師を思い出す。


初見では、年齢相応の、あどけなさの残る少年で、大人しそうに見えた。だが、こちらが彼を試していると気付くと、静かに用心深くこちらを伺い、逆に試された。とんだ食わせ者かと思ったが、こちらが切実に心情を訴えれば、途端に表情が和らいだ。

本来の彼は、温和で優しい性格なのだろう。おっとりした笑顔と口調が、印象的だった。


「ああ。なかなか手強い。試すつもりが、こちらが試された。食わせ者だが良い子だ、おまえと違ってな」


最後の一言に軽く嫌味を込めたが、葛城には通じなかった。逆に、嬉しそうに顔を輝かせる。


「だろう? だから可愛いんだ」


こいつ、親バカだ。


磯城も、自分で大概だと思っているが、絶対、葛城ほどではないはずだ。

思ったことが、無意識に声に出ていたのだろう。葛城が渋い顔をする。


「おまえ、人の事、言えると思うなよ、衡平(こうへい)


「おまえほどじゃない、彼方」


言い合って、互いに睨み合う。

その時、会議室の扉が開いた。


「何だ、おまえたち、また養い子自慢で張り合ってたのか?」


身も蓋もない言葉と共に、管制士が1人、入って来た。こちらも幼馴染の、久度(くど)奏志郎(そうしろう)だ。


「遅い、奏志郎。呼び出しの張本人のくせに」


「悪いな衡平。整備士にケンカを売りに行けるほど、暇じゃないんだ、俺は」


辛辣に言い返され、磯城は顔を顰める。隣で葛城が爆笑した。


「養い子がケンカに勝ったからといって、笑ってる場合じゃないぞ、彼方。最近、顔を見せにも来ないそうだな。愛想を尽かされたんじゃないのか?」


容赦ない言い様に、葛城の爆笑がぴたりと止まる。


「…おまえ、本当にイヤな奴だな…」


葛城と磯城が、声を揃えて抗議する。久度は、それはすまない、としれっと返した。

磯城は眉根を寄せて、


「おまえだって、人の事は言えないだろう。手が掛かるだの言って、本当は、養い子2人を可愛いがっているんじゃないか?」


そう言うと、久度も言い返す。


「俺は、恋人自慢を惚気(のろけ)た事はあるが、親バカを自慢した事はない。あれは……じゃじゃ馬だ……」


最後に付け加えられた呟きに、久度の苦労が滲み出ていた。


「…そんなに、か…?」


「…おまえが手を焼いているのか?」


磯城と葛城が、同時に喋る。久度は、返事もせずに顔を逸らした。


「…疾矢(はや)には懐いてるし、櫟本(いちのもと)の言う事は訊くが、チビ共、俺には未だに近寄らん…」


どこか虚ろな目線が、憐れだった。

本当は、久度も養い子に懐かれたいのだろう。口ではああ言うが、やはり可愛いのだ。

磯城が、反抗期だと思えばいい、と慰めの助言をすると、久度に思い切り睨まれた。


「で、お互いの養い子自慢をするために、ここに呼び出した訳じゃないだろう? 奏志郎に、そんな余裕は無いはずだ」


葛城が、腕組みしながら壁に寄りかかる。眼差しが、真剣味を帯びていた。

久度は軽く頷くと、苦々しい表情を浮かべる。この顔をする時は、大抵、嬉しくない話題が飛び出す。


「カブテックと篠亜(しのあ)重工が、動き出した」


久度の、要点も概要もすっ飛ばした結論に、2人は顔を見合わせる。


「…どういう事だ?」


磯城が、訳が分からないと訴えると、久度は、顔を顰めたまま、


「ハイブリッドの情報が漏れた」


と、付け加えた。


「ちょっと待て、何で漏れるんだ。ハイブリッドの事は一切、表立った会話はしてないだろう」


狼狽(うろた)える葛城を、落ち着け、と磯城が(いさ)める。

久度が、結論だけで会話を終わらせようとするのは、いつもの事だ。


「奏志郎も、順を追って説明してくれ。状況が飲み込めん」


頭を抱えて頼むと、久度は素直に、悪かった、と呟いた。


「今回、立ち上げたプロジェクトに、ハイブリッドが投入される事を、何処かで嗅ぎつけたようだ。俺たちの間で使っていた隠語がバレた」


「それを知ってるのは、一部の管制士だけだろう? だったら、ここの会話も筒抜けじゃないのか?」


「それは心配ない、彼方。どうやら、通信回線を使った会話だけらしい。どの範囲の情報が漏れたか分からんが、それらしい事を匂わされた。かなり正確に伝わっていると思った方が良い」


久度の話を聞いた途端、頭痛がしてきた。磯城は頭を抱えたまま、重い溜め息を吐く。


「…で? 向こうは何と言ってきた?」


半ば予想が付いたが、一応、磯城が訊くと、


「資材と技術、人員の提供を申し出てきた」


思った通りの答えが帰ってきた。


「一応断ったが、聞き入れなかった。何としてもプロジェクトに割り込む気だ」


元々、ハイブリッドを動かす事にしたのは、もっと深刻な危機を回避する為だ。それが、なぜ、面倒が増えるのか。


「…また、厄介な…」


溜め息混じりの磯城の横で、葛城が、興味本位で訪ねる。


「それで、何と答えた?」


「今回のプロジェクトは、非常に繊細な実験環境下で行う。完全に制御できない外的要因が、そのままプロジェクトの破綻に繋がる、と言ってやった。どうしても協力したいなら、こちらの指示する人材を連れて来い、とな」


久度の言い分を聞いた葛城は、呆れ顔だ。

久度は元々、転んでもタダでは起きない。何かしら、本人以外が得しない事を、やらかすのだ。

嫌な予感がした。


「その人材とは?」


念のため、磯城が問うと。


「高難度の操縦レベルのガーゴイルオペレーターを、各社一組。少数精鋭で人員を組んでいるから、これ以上は邪魔だ、と言っておいた」


予想通りの答えが返ってきた。

確かに、今回のプロジェクトに見合うオペレーターを、ステーションで探すのは至難の技だ。未だに、陸以外のオペレーターがいないのが、その証拠だ。だから、外部から調達、というのも頷ける。

だが、久度の提案は、別の危険を孕んでいるのだ。


気付いているのか、いないのか。


磯城の頭痛は、治まりそうにない。


「奏志郎、おまえの指示する人材だと、軍が出張ってくるぞ?」


「…ああ、あの2社、そう言えば、敵対関係の軍傘下企業だったっけ?」


呑気な葛城の発言に、磯城はイライラと言い返す。


「あのな、彼方。こちらは、戦争の火種に成りかねないモノを、みすみす渡す気は無いんだよ」


「馬鹿にするなよ、衡平。それくらい、俺だって分かる。今更ジタバタしても仕方がないんだ。上手く収める方法を、探すしかないだろう?」


「彼方の言う通りだ、衡平。だが、彼方の言うような後手に回るつもりは無い。いずれ軍が出張ってくるなら、こちらの都合の良い条件で引っ張り出した方が、良いだろう?」


ニヤリと久度が笑う。

転んでもタダでは起きない、どころではない。軍まで最大限、利用するつもりだ。

磯城と葛城は、呆然と久度を凝視した。


「だから『高難度の操縦レベルのガーゴイルオペレーター』なんだ」


「…それって、まさか…」


思い当たる節があるのか、葛城が言葉を濁す。


「その『まさか』だ。軍事利用の禁止されているガーゴイルを、軍で唯一、保有できる部隊。引っ張り出すのは、災害救助部隊だ」


そうきたか。


久度の思い通りにさせれば、最良の結果を導き出すのは、簡単だ。簡単だが…。


如何せん、良心の呵責が、半端ない。


磯城は、両手で頭を抱えたくなるのを必死で抑えて、反論を試みる。


「…本当に、彼らが出てくると思うか?」


「ああ、間違いなく。こちらの条件を満たそうと思えば、部隊の中でも熟練者が選ばれる。あの部隊の熟練者は、戦争を嫌う者の集まりだ。誘導さえ失敗しなければ、こちらの味方に付く」


「そんなに上手くいくか?」


(いぶか)し気に眉を顰める磯城の心配にも、久度は、あっさりしたものだ。当然のように、さらっと流した。


「失敗したところで問題ない。いくらハイブリッドの情報が漏れようが、あれのデータを見つけるのは不可能だ。まして、真実に辿り着くなど、あり得ない」


「…それは、そうだが…」


「あれのデータを持っているのは、ハイブリッド計画に参加した研究者たちの、一部の遺族だけだ。真実は、俺たちしか知らない」


確かに、久度の言う通りだ。今更、あの遺族たちが、口を開くとは思えない。


それでも。


「その遺族が、裏切る可能性は…?」


磯城の質問は意地の悪いものだ。自覚はしている。


「あると思うのか? 衡平」


久度に、当たり前のように返されて、磯城は首を振った。


「…いや、愚問だった。すまない」


素直に謝ると、それまで黙っていた葛城が、


「衡平は、相変わらず心配性だ」


と笑う。


「とは言え、これ以上の情報が漏れるのは、有り難くないな。どこから核心に近づくか分からない」


葛城の言葉に、久度は頷く。


「実験場は完全隔離されている。あちらに移れば、情報が漏れることは無い。それまでは大人しくしておく。彼方、念の為、それとなく情報操作はしておいてくれ」


事も無さ気に言われて、葛城が盛大に顔を顰めた。


「…また、厄介な仕事を…」


毒づきながら、それでもやるしかないのは、葛城が一番よく知っている。

文句しか出てこない葛城を横目に、磯城は久度に訊ねた。


「…私は、どうすればいい?」


久度は、ぽん、と磯城の肩を叩くと、


「とりあえずは、チビ共と遊んでおけ」


言い放った。


子守か。


しばらくは、磯城の頭痛の種は、消えそうになかった。




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