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閉じた未来の、その先へ  作者: はなび
プロジェクト開始2ヶ月前
8/32

整備場



(りく)の機体の最終調整は、無事に終わった。リミッターを掛けたおかげで、機体も陸も状態が安定したので、キャプテンから協力要請があった時だけ、哲也(てつや)は陸に搭乗許可を出した。その度に、目を輝かせて機体に乗り込むから、やはりガーゴイルに乗るのが好きなんだな、と哲也は思った。


陸は相変わらず、ほぼ日参で整備場に顔を出す。整備の仕事もしっかり覚えていて、いつの間にか、三郷(さんごう)の助手になっている。事情を知らない他のプロジェクトメンバーが、完全に陸を整備士と間違えていたが、これは本人には内緒の話だ。

三郷も、そんな陸が可愛いのか、バカだ、と口癖のように言う割に、ずいぶんと世話を焼いている。陸も三郷に懐いているから、端からみれば、本物の仲の良い兄弟のようだ。


陸は、担当の管制士を介して、こまめにパートナー探しをしている。陸の体質を考えると、簡単ではないと思うが、早く見付かれば良いと思う。

今日も、パートナー候補が見つかったと、管制室から呼び出しがあった。就業まであと1時間を切っていたから、今日は整備場には戻って来ないだろう。




プロジェクトは、まだ稼働しない。

かなり大掛かりなプロジェクトで、重要度も高く、高難度の実験を長期に渡って行うそうだ。高レベルの実力を持つ人員でないと実験が成功しないから、人材集めは慎重にしていると聴いた。そのため、重要なポジションの人材が招集しきれていないらしい。

哲也が班長を務める整備班は、早々に人材が揃ったが、O-Pオペレーター班は班長どころか、陸しかいない状態だ。他の班でも、やっと7割方、集まったそうだ。


待機中の哲也たちは、プロジェクト開始まで、他のプロジェクトチームの手伝いをしている。

今も、手伝いで任されたO-Pの調整をしながら、今度の陸のパートナー探しは上手くいくかな、と考えていた。

哲也がコクピットの中で、手元の端末のモニターを見ながら調整数値の確認をしていると、下から三郷の声が聞こえた。


「おい、テツ、お客!」


またか、と哲也は溜め息を吐く。返事をせずにいると、


「テツ、聞こえてねぇのか!?」


怒鳴り声が聞こえた。きっと下では、三郷が思い切り顔を(しかめ)ているだろう。


めんどくさいな…。


哲也のそんな声が聞こえたのか、三郷が呼び方を変えて、さらに怒鳴った。


「お客だ、三輪(みわ)技師長!!」


「その呼び方、止めて下さい」


思わず答えて、哲也はO-Pのコクピットから、ひょこっと顔を出す。


「聞こえてますって、三郷さん。いつものお客さんなら、追い返しておいて下さい」


「いや、違うって。それが、その…」


珍しく三郷が言い淀む。ちらりと横を見ると、隣の人物が言葉を引き継いだ。


「君が、三輪整備技師だね。すまないが、ちょっと降りてきてもらえるだろうか?」


「…あ、はい」


哲也は一旦コクピットに引っ込むと、手早く確認を終わらせる。

三郷の隣に居たのは、管制士だ。それも、顔を合わせた事が無い。

哲也がコクピットから降りると、管制士は、人の良い笑みを浮かべて自己紹介を始めた。


「仕事中にすまないね。私は磯城(しき)衡平(こうへい)。見ての通り、管制士だ」


初めまして、と右手を出されて、哲也は、おずおずと自分の右手を差し出す。


「初めまして。整備技師の三輪哲也です。何かご用でしょうか?」


「用というほどでも無い。君と話がしてみたかっただけだ。少し時間をもらえるかい?」


磯城の要望に哲也が頷いて答えると、彼は、あちらに行こう、と整備場の隅を指差した。


「俺は、居ない方が良いですよね?」


三郷が確認する。すでに逃げ腰で、そろりそろりと後退していた。


「いや、君も居てくれ」


磯城は三郷を制すると、整備場の隅に移動する。


元々、管制士と整備士は、ほとんど接点が無い。同じプロジェクトに属していても、顔を合わせるのも稀なのに、別のプロジェクトとなると、話をすることなど皆無だ。

第一、管制士が整備場に足を運ぶこと自体、滅多にないのだ。

用事がある時は管制室から呼び出しが掛かるし、彼らがここに来るのは、緊急時か、余程の理由が有る場合のみだ。


2人は、磯城の後を追いながら、小声でやり取りする。


「…テツ、おまえ、今度は何をやらかした…?」


哲也は、三郷の疑問に首を捻りながら、前を歩く磯城を見た。


「…さあ? 見当が有り過ぎて、予測がつきません…」


その声に反応して、磯城が振り向いた。


「ああ、君とはプライベートの話をしに来ただけだ。そんなに身構えなくていい」


磯城は、相変わらず人の良い笑みを浮かべているが、その言葉をどこまで信じていいか、判断に迷う。素直に信じてうっかりすると、挙げ足を取られそうだ。




整備場の隅に着くと、哲也は磯城を上目遣いに見やる。


「あの、お話って…」


生駒(いこま)陸の事だ」


磯城はあっさり告げた。

三郷と哲也は、互いの顔を見合わせる。

陸の、今の担当管制士は、別の人物だ。彼の経歴を思い出しても、磯城という管制士と関わった記録は無い。

(しき)りに首を傾げる哲也に、磯城は種明かしをする。


「私は、陸の後見人だ。まだ一緒に仕事をした事は無いが、あの子がステーションに勤め出した時から、ずっと面倒を見ている」


それを聞いて、ああ、と納得した。

一応、未成年の自分に管制士の後見人がいるのだ。同年の陸にもいて当然だ。

そのまま話を促すと、磯城は、実は、と続けた。


「ここに転属して来た当初、陸からガーゴイルの事で相談を受けてな。かなり深刻な様子だったが、それ以降、全く相談に来なくなった。その内、顔を見せにも来なくなったので、陸を捕まえて事情を聞くと、整備士に友だちが出来た、と言う。それも、最初に手痛い目に遭わされた相手だと言うじゃないか。で、色々聞いて回る内に、君に懐いて整備場通いを続けていると知った。びっくりしたよ。どんな魔法を使ったのか、と」


「…陸が、テツの事、気に入っただけじゃないっすか?」


三郷が、眉を(ひそ)めて聞く。


「陸は、人懐こくて友人も多い。だが、本来は非常に警戒心の強い子だ。他人とは必ず距離を置いて付き合う。こんなに懐いたりしない」


磯城の答えに、2人して、えっ、と声を上げる。

普段、2人に接している陸を見る限りでは、そんな風には見えない。


「だから、どんな魔法を使ったのか、と言ったんだ」


磯城が、困ったように溜め息を吐く。


ああ、なるほど。


哲也も溜め息を吐きたくなった。

どうやら磯城は、哲也が陸の友人にふさわしいか、品定めに来たらしい。


「三輪君、君は、自分がどのように噂されているか、知っているかい?」


磯城の質問に、予想が確信に変わる。

哲也が答えずにいると、彼は質問を続けた。


「それとも、噂は本当の事なのかな?」


意地の悪い質問だ。


三郷の気に障ったのか、顔を顰めて言い返そうとするのを、哲也は視線で留める。

哲也は、まっすぐに磯城を見据えると、用心深く相手を探った。


「噂など、どうでもいい事です。僕は、僕のするべき仕事をするだけだ。噂に惑わされたいなら、勝手に惑わされていればいい」


淡々と言い放つ。言外に、あなたもです、と含ませると、磯城は唖然と哲也を凝視して、そのあと声を立てて笑い出した。


「…いや、参った。君を試すつもりが、こちらが試されるとは。君は手強い」


先ほどよりも砕けた笑顔を哲也に向けて、磯城は、すまなかった、と謝った。

哲也は、にこりと微笑んで首を振る。笑顔を浮かべているが、用心深く相手を見据える目は変わらない。

隣で、三郷がそわそわした。


「他に用件はありますか? 無いようでしたら、仕事に戻りますが」


「ああ、ここからが本題なんだ。陸のガーゴイルを、チューンダウンしたそうだね。陸の担当管制士から聞いたんだが、彼は理由を知らなかった。陸にも尋ねてみたが、君を信頼しているからこれで良い、としか言わない。で、君に直接、尋ねた方が早いと判断してね」


「…それを尋ねる理由は?」


探るように哲也が訊くと、磯城は当たり前のように、


「自分の養い子の事だ。あの子に害が無いか知りたいと思うのは、当然だろう?」


そう言い、陸は嫌がるが、と付け加えて苦笑する。

磯城に、先ほどの探るような気配は感じられない。まっすぐにこちらを見る視線も、声音にも、偽りは無いように思える。


きっと、陸の事、本気で心配してるんだな…。


哲也は、ふと、表情を緩めた。


「チューンダウンと言っても、リンク率の上昇速度を制限するためのリミッターを掛けただけです。確かに、機体の反応は若干鈍くなりましたが、オペレーターが思うほど、実際の動作との誤差はありません」


おっとり笑って説明すると、磯城は首を傾げる。


「なぜ、リンク率の上昇速度を、制限する必要が?」


「あまり知られてないですが、リンク率の上昇速度が基準値より大幅にずれると、弊害が出てくるんです。陸の場合、上昇速度が異常に速いので、基準値の誤差範囲に収まるように、リミッターを掛けました」


「なるほど。その弊害は、危険なんだね?」


「はい。脳への負荷が格段に跳ね上がります」


磯城は深刻な顔で、一つ頷く。


「搭乗制限もしているようだが、それも理由のある事だね?」


「ええ。陸に掛かる負荷を、少しでも減らすための措置です。リミッターを掛ける事で脳への負荷を減らし、搭乗制限で回復期間を設ける。これだけでも、状態がずいぶん変わります。実際、月面に居た時より、今の方が体調が良いはずです」


丁寧に説明すると、磯城は、確かに、と頷いた。哲也は、溜め息を吐いて、言葉の続きを口にする。


「最も、単独搭乗を続ける限り、過剰な負荷は無くなりませんが…」


「ガーゴイルの単独搭乗は、何が駄目なんだろう? 私は素人なので、普通に搭乗するよりも過度の負荷が掛かる、としか分からないが」


首を捻りなが、疑問を述べる磯城に、哲也はおっとり笑う。


「ほぼ、その通りです」


これは三郷さんの受け売りですが、と前置きして、哲也は説明する。


「ガーゴイルは、繊細な動作と多彩な機能が特徴の機種です。その分、扱いが難しくなります。能力値の高いオペレーター2人で動かさないと、まともに動きません。扱いが難しい分、負荷も強い。元々が、それほど負荷の強い機種なのに、単独搭乗時に掛かる負荷が、どれほど跳ね上がるか想像がつかないんです」


困ったように笑って、哲也は目を伏せる。


「…陸の能力値の高さも、困りものですよね。出来るから、って危険も認識しないで単独搭乗なんて、取り返しのつかない事になって、後悔しても遅いのに。僕が止めてなかったら、と思うと、ゾッとします」


思わず、本音が漏れた。それに磯城が同意する。


「まったく、君の言う通りだ。君は、陸にその話をしたのかい?」


「はい。その結果がどうなるかも含めて、全部」


苦笑の哲也に、磯城は何度も頷く。そして、何かを納得したように、なるほどな、と呟いた。


「道理で、陸が懐く訳だ」


しきりに頷く磯城に、哲也と三郷は、不思議そうに彼を見た。

ふと目が合って、磯城は表情を綻ばせる。


「ところで、三輪君は、陸の担当管制士を知っているかい? 君には、馴染みの深い人物だと思うが」


突然の話題転換に、哲也は戸惑った。三郷が隣で、心底嫌そうな、苦い顔をする。


「…あの、葛城(かつらぎ)さんが、何か…?」


おずおずと尋ねると、磯城は、哲也に優しい眼差しを向けて、穏やかに話し出した。


「葛城は、君の後見人だね? 君の事は、彼から聞いた。境遇も立場も、陸とよく似ていると。だが、似ているだけでは、陸がそこまで気を許すとは思えない。会ってみれば、その理由が解るだろうか、と思ってな」


それが、ここに来たもう一つの理由だと、磯城は微笑む。


そういうことか。


磯城から理由を聞いて納得した。

わざわざ哲也を試したのも、ガーゴイルについて、説明を求めたのも、全部、根っこは同じ。


本当に、陸が可愛いんだ。


「お解りになりましたか?」


哲也がおっとり笑って尋ねると、磯城は満足気に頷いた。


「ああ、よく解ったよ。これからも、陸の事をよろしく頼む。良い友だちでいてやってくれ」


そう頼まれて、哲也もお辞儀した。


「僕の方こそ、陸に愛想を尽かされないよう、努力します」


哲也の一言に、磯城が声を立てて笑う。視界の端で、事の成り行きを見守っていた三郷が、大仰な溜め息を吐いていた。

磯城は、ふわりと哲也の頭を撫でて、


「三輪君、仕事の手を止めて、すまなかったね。私はこれで失礼しよう」


言いながら、踵を返す。

その後ろ姿を三郷と見送って、2人して肩の力を抜いた時。

ふと、磯城が振り返った。


「ああ、そうそう。言い忘れていたが、今関わっているプロジェクトに目処が立てば、私もそちらに参加する事になったんだ。今度は挨拶に来るから、その時はよろしく」


ひらひらと手を振りながら去って行く磯城の後ろ姿を、呆然と眺めて。


「……はぁああああっ!!?」


三郷の絶叫が、整備場に木霊した。




・管制士→制服なので、一目で分かります。

・他→基本、私服。

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