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閉じた未来の、その先へ  作者: はなび
転属1ヶ月後
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整備場(陸の場合・1



(りく)が衛星ステーションに来てから、1ヶ月経った。キャプテンから言い渡された搭乗禁止期間は昨日で終わったが、今のところ搭乗予定は無い。パートナーも、まだ見つかっていない。

最も、プロジェクト自体が、まだ人員集めの段階のため、始動するまでには時間が掛かるそうだ。

陸は、気長にパートナー探しをすることにした。


今の陸には仕事が割り振られていないため、暇を持て余している。その関係もあって、日参で整備の仕事を手伝いに行っているうち、事情を知らない他のプロジェクトの人たちに、新規の整備士と間違えられた。その度に三郷(さんごう)に爆笑されたが、いい加減、慣れた。




三郷は口は悪いが、お兄ちゃん気質で面倒見が良い。陸が整備場に通うようになってすぐ、お古だが、と工具箱を譲ってくれた。


三輪(みわ)とは、彼がガーゴイルの操縦士になる前からの付き合いだそうだ。三輪が操縦士を辞めるきっかけになったプロジェクトにも、整備士として参加したと言っていた。


そのプロジェクトは、小規模で重要性も低かった。でも、担当の管制士が功を焦って、三輪に無理をさせたそうだ。

徐々に体調を崩す三輪を心配して、三郷が管制士に何度も訴えたが聞き入れてもらえず、結局、プロジェクト終了まで黙って見ているしかできなかったらしい。

プロジェクトは成功したが、三輪が払った代償は大きかった。


ー当時のテツ()てた時は、立ち直れるとは思えんかったよー


溜め息を零した三郷の表情は、苦々しいものだった。未だに、三輪の無理を止められなかった事を、後悔しているのだろう。




三輪は、相変わらず、淡々と仕事をしている。

仲良くなって間もなく、三輪に名前を呼んで欲しいと頼まれたが、陸は彼を尊敬していたので呼び捨てには出来ず、『てっさん』と呼んだ。初めは気恥ずかしそうにしていた三輪も、この頃は慣れたのか、『てっさん』と呼ぶと普通に返事してくれる。


三輪は、オペレーターや管制士、整備士の間では有名人だ。

愛想が良く、いつも笑顔で物腰も柔らかいが、機嫌を損ねるととんでもない仕返しをされる、と噂されている。畏れられているのだ。それなのに、初対面で散々な目に遭ったはずの陸が、三輪を慕って整備場通いを続けているので、いつも周りから不思議がられた。


陸は最近、機嫌が良い時とそうでない時の、三輪の笑顔の見分けがつくようになった。

三輪は、陸が何を言っても怒らないが、時折やって来る『お客』には辛辣だった。笑顔は相変わらずだが、容赦が無い。


ーここでは彼らが一番エライからねー


陸の担当管制士が、初日に言っていた事の意味が、よく分かった。


基本、三輪は気性が穏やかだ。喋り方も笑顔もおっとりしていて、性格も優しい。それが、仕事になると一切の妥協の無い言動を取るものだから、普段の付き合いのない人たちからは、冷たい人だと思われている。


勿体(もったい)ない。


陸は、正直にそう思う。




今日も、陸は工具箱片手に整備場にやって来た。

整備場奥の真正面、整備士たちから『特等席』と呼ばれる場所に、外部装甲を途中まで着けた陸のガーゴイルが鎮座している。三郷が、装甲をチェックしながら取り付けているのが見えた。


「三郷さん」


陸が近くまで寄って声を掛けると、三郷は手を上げて応えた。


「おう、来たか」


「はい、来ました。手伝いは?」


「要るに決まってんだろ」


三郷が堂々と胸を張る。

陸は、はいはい、と返し、工具箱を広げた。途端に、コクピットから、三輪がひょこっと顔を出す。


「陸? 来てたんですか?」


「今来たとこ。調整どう?」


「随分良いです。今日中に最終調整できそうですから、後で乗ってもらっていいですか?」


三輪は言うと、一旦コクピットに戻って、すぐにファイル片手に降りてきた。


「三郷さん、内部装甲と外部装甲はどうですか?」


「問題ねぇな。今度のプロジェクト用に、本体関節部の強化はしといた方が良いかもな」


三郷は、三輪のファイルを覗きながら、所々の数値を指し示す。


「反応が悪くなりますね」


「そこら辺は、賢司(けんじ)任せだ。奴が月面から帰って来てから、詰めりゃいい」


三郷の言葉に、そうですね、と三輪は答えて、示された数値にチェックを入れる。


「では、休憩にしましょうか」


ファイルを閉じながら、三輪はおっとり笑った。




「へぇー、ガーゴイルって、そんなに難しい機体だったんだ」


陸は、自分が乗ってる機体の事なのに、初心者のように感心した声を上げた。

三郷が、バカだろ、と呆れている隣で、三輪がフォローを入れてくれる。


「仕方ないです。陸はガーゴイル以外の機種に、乗ったことがありませんから。分かり辛いと思いますが、ガーゴイルは非常に扱いにくい機種なんです。操縦士の能力値が高くないと真面に動かすことも出来ないし、航法士が機体の誘導をしないと動きません。負荷も強いですから、基本は単独搭乗の無い機種です」


陸は、三輪の説明に目を丸くする。


「えっ? でも俺、単独搭乗してるけど…」


「陸は、航法士の資格も持ってるでしょ? 無意識に、機体の誘導と操縦を(こな)してるんです」


それを聞いて、陸は初めて、自分が異常な事をしていると知った。驚いている陸を呆れ気味に見やりながら、三郷が続ける。


「ガーゴイルはな、繊細な動作と多彩な機能が特徴だ。その分、機体にもオペレーターにも、他の機種の数倍の負荷が掛かる。もちろん、オペレーターのちょっとした体調不良だけでも、負荷が跳ね上がンだ。本来がそんだけ負荷の強ぇ機種なのに、単独搭乗なんて、どんだけ負荷が掛かるか想像つかねぇ」


潰されて当然だ、と苦々しく呟いた。

三郷の言葉に、陸はぞっとした。

まさか、単独搭乗がそんなに危険な事だと思ってなかったのだ。


「…そりゃ、てっさんが必死で俺のこと、止める訳だ…」


今更ながら、三輪の判断に感謝しか出てこない。


…いや、待てよ…?


三郷の、バカだな、の一言はスルーして、ふと、陸は気付いた事を口にする。


「……。てっさんも、確か、単独搭乗してた、よな…?」


「……? はい、してましたね」


「…航法士の資格、持ってる、よな?」


「持ってますね。陸の経歴書が回ってきた時、もしかして、と思って適性検査受けたんですが、駄目でした…」


言いながら肩を落とす三輪に、陸は思わず顔を綻ばせる。

三輪の優しさが、素直に嬉しい。


きっと、陸の経歴を知って、少しでも危険から回避できるなら、パートナーに名乗り出るつもりだったのだろう。それが無理だったから、仕方なく搭乗不可を出したのだ。


満面の笑みを浮かべた陸を、三郷が気味悪そうに横目で見ている。三輪は、陸の上機嫌の理由の見当がつかないのだろう。不思議そうに小首を傾げていた。


「やっぱ、てっさんって良い人だなぁ」


それを聞いた途端に。

三輪は口許を覆って俯く。見る間に顔が真っ赤になった。

ぼやきに近い三郷の、本当バカだ、の一言は、気にならなかった。



・陸の『てっさん』呼びについて。

『哲也さん』→何か仰々しい。

『てつさん』→ちょっと呼びにくい。

イントネーションは『さ』ではなく『て』に一番力が入ります。


……『さ』だと関西弁になっちゃうorz

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