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閉じた未来の、その先へ  作者: はなび
転属3日目
4/32

整備場(陸の場合)



結局、(りく)は、管制士の口添えを頼めなかった。

一旦は自室に戻ろうと思ったが、やはり、このまま引き下がれない。もう一度、三輪(みわ)と話し合うために、整備場に向かった。


搭乗許可が下りなくていい。せめて、納得できる理由を示して欲しい。


整備場に着くと、自分のガーゴイルの前で、三輪が三郷(さんごう)と話し込んでいるのが見えた。話し声は聞こえなかったが、深刻な話をしているのは分かった。

何となく声を掛けづらくて、陸は、この場を立ち去ろうとして。


「…でも、僕と同じ目に遭わせたくないので…」


三輪の自嘲気味な呟きが、陸の耳に届いた。

一気に興味を引かれた。淡々と感情の伺えない話し方をする三輪が、弱々しい呟きを漏らすなんて、予想外だ。

早く離れなきゃ、と思いながらも、陸は聞き耳を立てる。


「まだ、あン時の事…」


思い詰めた三郷の言葉に、三輪は 静かに返す。


「大丈夫、僕は、もう諦めがついてます。でも、生駒(いこま)君はまだ間に合う。何とかしてあげたいでしょ?」


俺の事、話してる?


自分の名前が出てきて、陸は驚いた。それも、柔らかい口調で、まるで心配してるみたいだ。

三郷は一つ、溜め息を吐いてから、


「だったら尚更、誤解だけは解いとけ。生駒の為にも」


諭すように言って、三輪の頭を撫でた。それに答えようとした三輪が、ふと視線を逸らした時。

陸としっかり目が合った。

やばい、と思った。偶然とはいえ、盗み聞きしてたのがバレた。

陸は、逃げると謝るを同時にしようと奇妙な行動を取って、バツが悪そうに頭を掻いた。

三輪は、2、3度、瞬きをして。そっと顔を背ける。口許を手で覆って、困ったような表情を浮かべていた。

三郷が、やっと陸の存在に気付いて、勢い良く振り返る。

陸が、すみません、と謝ると、三輪は首を横に振った。なぜか、陸より気不味そうだった。


「…あー、丁度いい。おまえら、ちゃんと話し合え」


三郷はガシガシ頭を掻くと、2人を整備場の端に連れて行く。そのままドリンクを取りに、管理室に向かった。


お互いに気不味くて声を掛けるのを躊躇(ためら)っていたが、三輪がこちらを気にしているのが分かって、陸は思い切って話しかけてみた。


「…あの、すみません、立ち聞きするつもり、無かったんだけど…」


陸が謝ると、三輪は俯いたまま、ふるふると首を振った。


「生駒君が謝るような事は、何もしてないでしょ? それより、僕の方が謝らないよいけない。仕方ないとはいえ、君に酷い態度を取った」


「あ、いえ、本当の事だから…」


申し訳なさそうな三輪に、陸は苦笑いを浮かべて答える。どうやら三輪は、ずっと陸の事を気に掛けてくれていたらしい。


案外、話の通じる人かも。


そう思うと、急に三輪に興味が出てきた。


「あの、三輪さん、ちょっと質問いいですか?」


「はい、どうぞ」


顔を上げて真っ直ぐ陸を見る三輪に、


年齢(とし)いくつですか?」


人懐こい笑みを浮かべて聞いた。

三輪は瞬きを繰り返して、不思議そうに小首を傾げる。


「最初の質問が、それですか?」


「ほら、ステーションって、俺と 同年代って見かけないでしょ? 友だちも年上ばっかだから、気になって…」


そう言って頭を掻く陸に、三輪はおっとり笑いかけた。見ている方が和むような、優しい笑顔だ。


「君と同じ年齢ですよ。17です」


三輪の答えに、やっぱり、と陸が喜ぶ。


「友だちになりませんか?」


その一言が、陸の口からすんなり出てきた。


「…いいんですか?」


「はい、もちろん」


戸惑い気味の三輪に陸が即答すると、彼は、はにかんで提案した。


「じゃあ、敬語は止めて下さい」


「三輪さんも敬語使ってる」


「…あー、僕のは、なかなか癖が直らなくて…」


「じゃ、敬語は止める。三輪さん、タメ口難しいなら、俺の事、陸って呼んで」


人懐こく笑う陸につられて、三輪も小さく頷いて、嬉しそうに笑う。

丁度その時、ドリンクボトルを3本抱えた三郷が、管理室から戻ってきた。


「お、いつの間に仲良くなってんだ?」


言いながら、陸と三輪にボトルを投げて寄越す。受け取った三輪が、ついさっきです、と答えると、とにかく座れ、と手で指示された。


「で、どこまで話した?」


三郷は、ボトルの飲み物を一口飲んで、三輪に聞いた。


「…いえ、まだ何も…」


「はぁっ?! じゃあ、何話してたんだ?」


「……」


驚いて声を上げた三郷に、陸と三輪は視線を泳がせる。三郷は慌てて、


「あ、いや、仲良くなんのは良い事だ、責めちゃいねぇ。普通に驚いただけだ」


そう弁解した。


「…えっと、何か、あったんですか…?」


おずおずと陸が尋ねると、三郷は頭を抱える。


「…話し合えっつったのは、その事なんだが…」


呆れたようにぼやかれてしまった。


「……?」


首を捻る陸に、三輪はぽつんと呟く。


「…僕が、搭乗許可を出さない理由…」


「…あっ、そう、それ聞きに来たんだった」


ポンと手を打って陸は笑う。すっかり目的を忘れていた。

隣で三郷が、バカか、と呆れていたが、構わず三輪に、どうして、と訊いた。

三輪は、ゆっくり話し出す。


「…実は、ガーゴイルと一緒に経歴書が届いていたので、生駒君の単独搭乗は知ってたんです。調整数値を見て、その理由も理解できました」


ふと、三輪が目を伏せた。表情に陰が混じる。

同じなんです、と囁いた声音が、苦痛を伴っていた。


「僕も、ガーゴイルの操縦士でした。君と同じ理由で単独搭乗しか出来なくて、それでも無理して搭乗を続けた結果、機体は再起不能で廃棄、僕は、操縦士としては致命的な後遺症を負ってしまった」


きっと、思い出すのも辛いのだろう。俯き加減の顔を見れば分かる。それでも、陸に打ち明けてくれたのは、多分、三輪の優しさだ。


初対面で、わざわざ陸にガーゴイルの特徴を聞いてきたのは、単独搭乗する機体じゃないと、注意を促す為だ。

搭乗許可を出さなかったのも、陸の言い分を聞かなかったのも、無理を続けた未来(さき)の結果を知っていたから。


ー僕と同じ目に遭わせたくないのでー


この一言が、三輪の根底にある理由だ。

それを理解すれば、無理に自分の言い分を通す気になれない。納得してまえば、三輪の指示に従おうと思えた。


ー生駒君はまだ間に合うー


ー何とかしてあげたいでしょ?ー


呟きに似た言葉が、急に陸の中で重みを増した。

一見、横暴に見える態度も、きつい言葉も、全部、陸を守る為だった。


「…ずっと、心配してくれてた…?」


無意識に、問い掛けが零れた。三輪は、苦笑のまま、頷く。


「ごめんなさい、僕には、他に手段が無かったんです」


陸は、呆然と三輪を見つめた。

一言でも、三輪に何かを伝えたいのに、言葉が出てこない。嬉しいやら、感謝やら、同情に似た感情やら、訳の分からない感情まで、入り乱れている。

しばらくして、ようやっと陸の口から出てきたのは、


「…なるほど…」


実に間抜けな言葉だった。

三輪と三郷は、きょとんとして陸を見る。次の瞬間、面白そうに吹き出した。


「おまえ、お人好しだな。天然って、よく言われるだろ」


笑いながら、三郷が陸の頭をくしゃくしゃと撫でる。陸は、むぅ、と口を尖らせた。


「…天然は余計です…」


陸の抗議に、悪い、と三郷は謝る。


「でも、ありがとな。テツの言った事、分かってくれて。コイツ、結論しか言わねぇから、すぐ誤解されンだよ」


苦笑いの三郷に、陸は即答で同意した。


「あ、それ分かります。初っ端であれやられると、勘違いします。でも、ちゃんと理由聞けば、相手の事、一番に考えて言ってくれてるのも分かります」


言って、陸は満面の笑みを浮かべる。


「三輪さん、良い人ですよねぇ」


陸の言葉に、2人は数秒、固まって。

首を傾げる陸を横目に、三郷が爆笑する。三輪は、口許を手で覆って、顔を真っ赤にして俯いた。

苦しそうに身を折って、息継ぎしながら爆笑する三郷に、笑い過ぎだ、と陸は思ったが、彼の事は放っておいて、三輪に向き直る。


「三輪さん、俺、パートナー決まるまで、ガーゴイルには乗らない。でも、仕事の都合上、どうしても必要な時があると思う。その時は、三輪さんが判断して。三輪さんがGOサイン出した時だけ乗るから」


陸の宣言に、三輪は、まだ赤い顔を上げた。瞬きをして曖昧に頷いて、大慌てで返事する。


「……あ、はい」


それを満足気に眺めて、それから、と陸は付け足した。


「生駒君、じゃないよ。陸、だよ」



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