整備場(陸の場合)
結局、陸は、管制士の口添えを頼めなかった。
一旦は自室に戻ろうと思ったが、やはり、このまま引き下がれない。もう一度、三輪と話し合うために、整備場に向かった。
搭乗許可が下りなくていい。せめて、納得できる理由を示して欲しい。
整備場に着くと、自分のガーゴイルの前で、三輪が三郷と話し込んでいるのが見えた。話し声は聞こえなかったが、深刻な話をしているのは分かった。
何となく声を掛けづらくて、陸は、この場を立ち去ろうとして。
「…でも、僕と同じ目に遭わせたくないので…」
三輪の自嘲気味な呟きが、陸の耳に届いた。
一気に興味を引かれた。淡々と感情の伺えない話し方をする三輪が、弱々しい呟きを漏らすなんて、予想外だ。
早く離れなきゃ、と思いながらも、陸は聞き耳を立てる。
「まだ、あン時の事…」
思い詰めた三郷の言葉に、三輪は 静かに返す。
「大丈夫、僕は、もう諦めがついてます。でも、生駒君はまだ間に合う。何とかしてあげたいでしょ?」
俺の事、話してる?
自分の名前が出てきて、陸は驚いた。それも、柔らかい口調で、まるで心配してるみたいだ。
三郷は一つ、溜め息を吐いてから、
「だったら尚更、誤解だけは解いとけ。生駒の為にも」
諭すように言って、三輪の頭を撫でた。それに答えようとした三輪が、ふと視線を逸らした時。
陸としっかり目が合った。
やばい、と思った。偶然とはいえ、盗み聞きしてたのがバレた。
陸は、逃げると謝るを同時にしようと奇妙な行動を取って、バツが悪そうに頭を掻いた。
三輪は、2、3度、瞬きをして。そっと顔を背ける。口許を手で覆って、困ったような表情を浮かべていた。
三郷が、やっと陸の存在に気付いて、勢い良く振り返る。
陸が、すみません、と謝ると、三輪は首を横に振った。なぜか、陸より気不味そうだった。
「…あー、丁度いい。おまえら、ちゃんと話し合え」
三郷はガシガシ頭を掻くと、2人を整備場の端に連れて行く。そのままドリンクを取りに、管理室に向かった。
お互いに気不味くて声を掛けるのを躊躇っていたが、三輪がこちらを気にしているのが分かって、陸は思い切って話しかけてみた。
「…あの、すみません、立ち聞きするつもり、無かったんだけど…」
陸が謝ると、三輪は俯いたまま、ふるふると首を振った。
「生駒君が謝るような事は、何もしてないでしょ? それより、僕の方が謝らないよいけない。仕方ないとはいえ、君に酷い態度を取った」
「あ、いえ、本当の事だから…」
申し訳なさそうな三輪に、陸は苦笑いを浮かべて答える。どうやら三輪は、ずっと陸の事を気に掛けてくれていたらしい。
案外、話の通じる人かも。
そう思うと、急に三輪に興味が出てきた。
「あの、三輪さん、ちょっと質問いいですか?」
「はい、どうぞ」
顔を上げて真っ直ぐ陸を見る三輪に、
「年齢いくつですか?」
人懐こい笑みを浮かべて聞いた。
三輪は瞬きを繰り返して、不思議そうに小首を傾げる。
「最初の質問が、それですか?」
「ほら、ステーションって、俺と 同年代って見かけないでしょ? 友だちも年上ばっかだから、気になって…」
そう言って頭を掻く陸に、三輪はおっとり笑いかけた。見ている方が和むような、優しい笑顔だ。
「君と同じ年齢ですよ。17です」
三輪の答えに、やっぱり、と陸が喜ぶ。
「友だちになりませんか?」
その一言が、陸の口からすんなり出てきた。
「…いいんですか?」
「はい、もちろん」
戸惑い気味の三輪に陸が即答すると、彼は、はにかんで提案した。
「じゃあ、敬語は止めて下さい」
「三輪さんも敬語使ってる」
「…あー、僕のは、なかなか癖が直らなくて…」
「じゃ、敬語は止める。三輪さん、タメ口難しいなら、俺の事、陸って呼んで」
人懐こく笑う陸につられて、三輪も小さく頷いて、嬉しそうに笑う。
丁度その時、ドリンクボトルを3本抱えた三郷が、管理室から戻ってきた。
「お、いつの間に仲良くなってんだ?」
言いながら、陸と三輪にボトルを投げて寄越す。受け取った三輪が、ついさっきです、と答えると、とにかく座れ、と手で指示された。
「で、どこまで話した?」
三郷は、ボトルの飲み物を一口飲んで、三輪に聞いた。
「…いえ、まだ何も…」
「はぁっ?! じゃあ、何話してたんだ?」
「……」
驚いて声を上げた三郷に、陸と三輪は視線を泳がせる。三郷は慌てて、
「あ、いや、仲良くなんのは良い事だ、責めちゃいねぇ。普通に驚いただけだ」
そう弁解した。
「…えっと、何か、あったんですか…?」
おずおずと陸が尋ねると、三郷は頭を抱える。
「…話し合えっつったのは、その事なんだが…」
呆れたようにぼやかれてしまった。
「……?」
首を捻る陸に、三輪はぽつんと呟く。
「…僕が、搭乗許可を出さない理由…」
「…あっ、そう、それ聞きに来たんだった」
ポンと手を打って陸は笑う。すっかり目的を忘れていた。
隣で三郷が、バカか、と呆れていたが、構わず三輪に、どうして、と訊いた。
三輪は、ゆっくり話し出す。
「…実は、ガーゴイルと一緒に経歴書が届いていたので、生駒君の単独搭乗は知ってたんです。調整数値を見て、その理由も理解できました」
ふと、三輪が目を伏せた。表情に陰が混じる。
同じなんです、と囁いた声音が、苦痛を伴っていた。
「僕も、ガーゴイルの操縦士でした。君と同じ理由で単独搭乗しか出来なくて、それでも無理して搭乗を続けた結果、機体は再起不能で廃棄、僕は、操縦士としては致命的な後遺症を負ってしまった」
きっと、思い出すのも辛いのだろう。俯き加減の顔を見れば分かる。それでも、陸に打ち明けてくれたのは、多分、三輪の優しさだ。
初対面で、わざわざ陸にガーゴイルの特徴を聞いてきたのは、単独搭乗する機体じゃないと、注意を促す為だ。
搭乗許可を出さなかったのも、陸の言い分を聞かなかったのも、無理を続けた未来の結果を知っていたから。
ー僕と同じ目に遭わせたくないのでー
この一言が、三輪の根底にある理由だ。
それを理解すれば、無理に自分の言い分を通す気になれない。納得してまえば、三輪の指示に従おうと思えた。
ー生駒君はまだ間に合うー
ー何とかしてあげたいでしょ?ー
呟きに似た言葉が、急に陸の中で重みを増した。
一見、横暴に見える態度も、きつい言葉も、全部、陸を守る為だった。
「…ずっと、心配してくれてた…?」
無意識に、問い掛けが零れた。三輪は、苦笑のまま、頷く。
「ごめんなさい、僕には、他に手段が無かったんです」
陸は、呆然と三輪を見つめた。
一言でも、三輪に何かを伝えたいのに、言葉が出てこない。嬉しいやら、感謝やら、同情に似た感情やら、訳の分からない感情まで、入り乱れている。
しばらくして、ようやっと陸の口から出てきたのは、
「…なるほど…」
実に間抜けな言葉だった。
三輪と三郷は、きょとんとして陸を見る。次の瞬間、面白そうに吹き出した。
「おまえ、お人好しだな。天然って、よく言われるだろ」
笑いながら、三郷が陸の頭をくしゃくしゃと撫でる。陸は、むぅ、と口を尖らせた。
「…天然は余計です…」
陸の抗議に、悪い、と三郷は謝る。
「でも、ありがとな。テツの言った事、分かってくれて。コイツ、結論しか言わねぇから、すぐ誤解されンだよ」
苦笑いの三郷に、陸は即答で同意した。
「あ、それ分かります。初っ端であれやられると、勘違いします。でも、ちゃんと理由聞けば、相手の事、一番に考えて言ってくれてるのも分かります」
言って、陸は満面の笑みを浮かべる。
「三輪さん、良い人ですよねぇ」
陸の言葉に、2人は数秒、固まって。
首を傾げる陸を横目に、三郷が爆笑する。三輪は、口許を手で覆って、顔を真っ赤にして俯いた。
苦しそうに身を折って、息継ぎしながら爆笑する三郷に、笑い過ぎだ、と陸は思ったが、彼の事は放っておいて、三輪に向き直る。
「三輪さん、俺、パートナー決まるまで、ガーゴイルには乗らない。でも、仕事の都合上、どうしても必要な時があると思う。その時は、三輪さんが判断して。三輪さんがGOサイン出した時だけ乗るから」
陸の宣言に、三輪は、まだ赤い顔を上げた。瞬きをして曖昧に頷いて、大慌てで返事する。
「……あ、はい」
それを満足気に眺めて、それから、と陸は付け足した。
「生駒君、じゃないよ。陸、だよ」