ラウンジ(陸の場合)
香芝たちがステーションに来てから、1週間が過ぎた。
元軍人さんなのでお固い性格かと思ったが、みんな気さくで取っ付き易い人たちばかりだ。仕事を離れると、何かと陸と哲也を可愛がってくれる。
宇陀は、最初こそ寡黙で大人びた人かと思ったが、実際は好奇心旺盛でお喋り好きだ。人も良いので、自然と周りに人が集まる。時折、余計な事を言って香芝に睨まれているが、あまり気にしてない。
平群と三郷は、本当によく似ている。見た目は全く違うのに、言葉遣いや間の取り方、仕草がそっくりだ。2人とも口調が荒いので、いつもケンカしているように聞こえるが、よくよく聞いていると、意外に意気投合して盛り上がってたりする。
平群は、三郷に比べて若干、子供っぽい。たまに三郷に悪戯を仕掛けては、頭を叩かれているのを目にする。聞くと、三郷の方が1ヶ月お兄ちゃんなのだそうだ。
京終は、素直で裏表がなく純真で、絵に描いたようなお嬢様だ。本当に仕草や口調が愛らしい。陸より人懐っこくて、すぐに誰とでも仲良くなる。だが、意外にワイルドで、4人の中で一番男前なのも、実は京終だったりする。
京終と真逆なのが香芝だ。男言葉を使うし、険のある印象だったが、話してみると物腰がとても柔らかい。特に仕事から離れると顕著で、ちょっとした仕草や表情が可愛い人だ。雰囲気が哲也と似ている。
宇陀に求められて、陸は、簡単にそれぞれの印象を語った。
「へぇ、生駒君の俺たちの人物評って、そうなんだ」
言いながら、宇陀が頻りに感心している。
「でも宇陀さん、何でそんな事聞いたの?」
不思議に思って尋ねると、宇陀は三郷を指差した。
「彼がねこの前、それらしい事言ってたから」
「ンな事、言った覚えはねぇ」
三郷が、不服そうに顔を顰める。
「初めてラウンジ連れて来てくれた時、言ってたでしょ?」
「性格や感情読むの上手いとは言ったが、人物評できるなんざ言ってねぇ」
「言ってんじゃねぇか。その歳で耄碌してんじゃねぇぞ」
三郷の否定に、平群が混ぜっ返してケラケラ笑う。途端に、三郷に頭を叩かれていた。
陸は、宇陀に驕ってもらった紅茶を飲みながら、隣の哲也をちらりと見る。さっきからずっと、くすくすと笑っている。
その時、飲み物を買いに席を離れていた香芝と京終が戻ってきた。
「なになに、楽しそう。私も混ぜてー」
はしゃぐ京終の為に、少しずれて席を空けながら、陸は先ほどの会話を端的に話す。途端に、ぷう、と京終が頬を膨らませた。後ろで、香芝が噴き出す。
「…りっくん、ヒドい、私の事そんな風に思ってたんだ…って言うか、てっくん笑い過ぎー」
むくれる京終に、陸と哲也は謝る。その間も、哲也はずっと笑っていた。どうやら、笑いのツボに入ったらしい。
「いや、しかし、いざって時の都城ちゃんの行動力は、男顔負けだからねぇ」
宇陀が陸の人物評に賛同すると、京終が拗ねた表情で彼を見やる。
「直さん、それ、褒め言葉?」
「そりゃ、もちろん」
大仰に頷く宇陀に、ふうん、と返す京終の横で、今度は香芝がそっぽを向いた。
「…都城には優しいんだ…」
ぽつんと呟いた途端、宇陀が大慌てで香芝を宥め始めた。
「あっ、いや、違うからっ、浮気じゃないからっ、フェミニストなだけだからっ」
宇陀は、訳の分からない言い訳をする。ご機嫌直して、と香芝に抱きつくが、彼女は不機嫌そうにそっぽを向いたままだ。それでも宇陀の腕を振り払わないのだから、本気で嫌がってないのだろう。
これは、相手の気を引く為の行動だ。それも、お互いに分かっててやってる。
全く駆け引きにもなってない、奇妙な甘え方をするなぁ。
陸は感心する。
傍で見ていた平群が呆れ顔で、手振りで放っとけと合図した。
「ところで、崇やテツはどうなんだ?」
珍しく好奇心を覗かせて、平群が身を乗り出す。三郷が、思いっきり嫌そうな顔をした。
「三郷さんはね、本当、お兄ちゃん気質。年下見ると放っとけないの。面倒見良くて世話焼きで、少し過保護かな?」
「おー、当たってる」
平群が同意すると、すかさず頭に三郷の平手が飛んできた。
「…悪かったな、過保護で」
陸も軽く睨まれたが、怒ってるわけじゃないので気にしない。その証拠に、三郷の頬が若干、赤かった。
「で、てっさんは、良い人」
陸は続けて、満面の笑みを浮かべて言い切った。
平群と京終は、ぽかんと陸を見る。
三郷は、どうしようも無いバカだ、とぼやき。
哲也は、顔を真っ赤にして口許を手で覆い、恥ずかしそうに俯いた。
「…それだけ…?」
瞬きを繰り返す京終の問いに、
「本当、みんな誤解するの、勿体無いよねぇ」
陸は1人で納得して頷く。
「あ、いや、そりゃ否定しねぇが、初っ端でアレやられると誤解するわな、とか…。俺らも陸の入れ知恵なきゃ、誤解したまんまだったし…」
平群が困惑気味にごにょごにょ言うと、哲也は顔を赤くしたまま、すみません、と小さく謝った。
「別に謝る事じゃねぇから」
慌てた平群が、弁解しながら哲也の頭をわしゃわしゃと撫でる。面白がった京終も参加して、きゃっきゃとはしゃぎだした。
「そう言えば、僕と香芝さん、似てますか?」
ようやく彼らの手から逃れた哲也が、くしゃくしゃになった髪を戻しながら陸に聞いた。どこか申し訳なさそうな表情が、彼らしい。
色んな噂、本当に良いも悪いも含めて様々な噂の絶えない哲也だ。自分と似てる、と言われて香芝が迷惑じゃないかと心配なのだろう。
それこそ、要らない心配だよな。
陸はこっそり溜め息を吐く。
「そっくり。不器用なとこなんか、特に」
「えっ、2人共、不器用じゃないけど?」
陸の言葉に、京終が目を瞬かせる。
「不器用だよ。仕事になると融通効かないとことか、人付き合い苦手なとことか、思った事上手く言えないとことか」
指折り数えながら陸が指摘すると、哲也はそっと視線を泳がす。三郷がニヤリと笑うのも見えた。
「へぇ、良く観てるねぇ」
バツが悪そうに頬を赤らめている香芝に抱きついたまま、宇陀が目を瞠った。
「たった1週間で麻有の性格言い当てるなんて、初めてだ。三郷くんの言ってた事がよく分かったよ」
感心する宇陀に、陸は得意気に笑う。そして、目を細めて悪戯っ子のような表情を浮かべた。
「じゃ、ついでに、宇陀さんの人物評を、もう1つ」
陸は言いながら、ひたと宇陀を見据える。
「宇陀さん、本当に必要なら、どんな手段も使える冷徹な人。でしょ?」
陸の評価に、香芝たちの表情が凍る。
三郷が、険しい顔で宇陀を睨んだ。
哲也は、陸と宇陀を見比べて、困惑気味に陸の様子を観察している。
当の宇陀は、完全に表情が抜け落ちて瞬きすらできずに動きを止めてしまった。
宇陀の代わりに弁解しようと、香芝が口を開く。それを、陸が遮った。
「冷徹だけど冷酷じゃない。どうしようもない時に、真っ先に泥を被れる人ってだけ。根がお人好しで明るいし性格も分かり易いから、どんなに頑張っても、食えない策士にはなれないタイプだね」
軽い口調で告げると、陸を見つめていた全員が、ぽかんとする。
これで懲りたでしょ。
陸は、意味あり気に宇陀に笑う。
こちらを試した宇陀への意趣返しは、これくらいでいい。彼に、敵意や悪意がある訳じゃない。これに懲りたら、試すような事はしないだろう。
陸が全く警戒していないのを悟った哲也が、ほわりと表情を和らげた。香芝も、くすくす笑って陸に同意する。
「そうなんだ。本当に土壇場にならないと決断しないから、未だに私の尻に敷かれているんだけどね」
お茶目に言って、香芝が肩を竦める。あはは、と陸が楽しそうに笑った。
京終と平群が同時に、ほっと息を吐き。
宇陀は、情けない笑みをじわじわ顔に広げて。
「…参りました…」
陸に頭を下げた。