ラウンジ
就業時間まで後2時間、夕方の休憩に、麻有たちはラウンジに案内された。
彼ら整備士が整備や修理を担当するのは、何もO-Pだけではない。実験機材や通常業務に関連する機材、星間飛行船や搬送船だけでなく、時折持ち込まれる個人所有の家電製品まで、纏めて面倒を見ている状態だ。ステーション内で人員は整備士が一番多いが、一番人手不足なのも整備士だった。
昼から施設の案内の予定が、あまりの整備士たちの忙しさに、つい手伝いを優先してしまい、結局どこにも行けなかった。三郷が申し訳なさそうにしていたが、奇妙な充足感があって、それも楽しかった。
案内されたラウンジは格納庫の近くにあって、半球状のガラスの展望台が名物だそうだ。生駒はここがお気に入りで、よく窓際の席に座って、青く光る地球の姿を飽きもせず眺めていると三輪が言っていた。
平群は着いた早々、喫煙ルームの場所を三郷に尋ね、2人揃ってガラスで区切られた区画に行ってしまった。
「直藤は行かなくていいの?」
麻有が聞くと、直藤は、後で、と答えた。
目の前では、京終と小さな班長2人が、楽しそうに話している。
「…でね、ここ来て初めて台風の目見たの。凄かったよ」
「えーっ、私も見たいー」
大はしゃぎの生駒と京終の会話に、三輪がおっとり参加する。
「今は時期外れですね。半年後には見れますよ」
すっかり子供たちと仲良くなっている京終に、麻有は感心してしまう。同じ事を思っていたのか、
「都城ちゃん、本当、子供と仲良くなるの上手いねぇ」
直藤が頬杖をつきながら、のんびり呟いた。
「彼女、いつも一番に現地の人と仲良くなるよなぁ」
凄いねぇ、と京終を褒める直藤に、麻有が冷たい目線を送る。
「…どうせ私は愛想無いから。いつも敬遠しかされないしね」
ふい、とそっぽを向くと、途端に直藤がご機嫌を取り始めた。
「いや、違うって、都城ちゃんの長所褒めただけでしょ。麻有の良い所は別にあるんだから、ヤキモチ焼かないで」
ね、機嫌直して。
直藤は懇願しながら、情けない顔で抱き付いてくる。麻有は不機嫌そうな顔をしたまま、でも、直藤の手を振り払わなかった。
しばらくそうやって甘えたあと、直藤が上目遣いに麻有を見る。
「ところでさ、いつになったら自由に喋っていいの? 俺、息が詰まりそう」
「……。ああ、忘れてた。久度管制士の言付けが守れるなら、ご随意にどうぞ」
本気ですっかり忘れてた麻有に、直藤が、忘れんなよ、と文句を言ったが、気にも止めない。
直藤は、やっと麻有から手を離すと、
「麻有の許可が下りたんで、ちょっとあっち行ってくる」
と喫煙ルームに向かった。
目の前では相変わらず、麻有たちのやり取りにも気付かず、3人が楽しそうに喋っている。
実質的に喋っているのは生駒と京終の2人だが、おっとり笑いながら2人の会話を聞いている三輪が、時折楽しそうに合いの手を入れていた。先ほどまでは地球の話で盛り上がっていたのに、すでに違う話題に飛んでいる。
「…でね、これが意外に美味しかったの」
「嘘だぁ」
京終の自慢気な口振りに、生駒が疑いの声を上げる。
いつの間に、食べ物の話題になったのか…。
麻有が何気に会話を聞いていると。
「本当だって。麻有さんが作ってくれたの、すごく美味しかったんだから」
自分の名前が出てきて、麻有は瞬きを繰り返す。いきなり何だろう、と思っていると、生駒が勢い良く麻有の方に振り向いた。
「ねえ、香芝さん、トマトでアイス作れるの? 美味しいって本当?」
目をキラキラさせて聞いてくる。一瞬、何の事か分からず固まったあと、ああ、と思い出した。
任務中、仕事が嫌だと泣き出す京終を宥めるために、内緒で何度か作った事があった代物だ。
「…トマトのシャーベットね」
まだ覚えていたのか…。
麻有は溜め息を吐く。
生駒の隣で、三輪がそっと顔を背けるのが見えた。浮かない表情だ。
「もしかして、三輪君、トマトが苦手なのかい?」
麻有が尋ねると、三輪は視線を彷徨わせる。
「てっさんね、トマト嫌いなんだって。出されたら食べてるけど、半分丸呑みしてる」
横から生駒が答えた。ほんのり顔を赤らめて、陸、と小さく抗議する三輪の声は、生駒には聞こえてないようだ。
「トマト味の食べ物は平気なのに。面白いよねぇ」
「…あの食感が駄目なんです…」
小声で言い訳する三輪は、小型犬みたいで可愛らしい。整備場にいる時と表情がまるで違う。
これが、本来の彼の姿なんだろうな。
そう思うと、親近感が湧いた。
麻有は、思わず、といった風に微笑むと、
「今度、作ってあげよう。きっと三輪君も食べられるよ」
細やかな約束をした。
◇チビたちのイメージ
・哲也→豆柴の仔犬
・陸→ゴールデンレトリバーの仔犬
じゃれてる姿がそっくりだから←平群談(笑)