整備場(麻有の場合・2)
皆が屯している整備場の端に、麻有は三輪を連れてきた。
「てっさん、O-Pの修理は?」
開口一番に生駒が聞く。見た目からして酷い状態だと分かるので、心配していたようだ。
「大丈夫、何とかします」
三輪がほんのり微笑んで答えると、生駒は安心したのか、良かった、と胸を撫で下ろす。
三輪は、直藤たちに顔を向けると、小さく首を傾けた。
「香芝さんから、僕が搭乗を出さない理由の説明を請われたんですが、あなた方も聞きたいですか?」
その問いに3人揃って頷くと、三輪は瞬きをして。小さく息を吐いて、数秒思案したあと、おもむろに口を開いた。
「平群さんに質問です。ガーゴイルの単独搭乗は可能ですか?」
平群はきょとんとして答える。
「いや、無理だろ」
「一般常識的な答えですね。正解は可能です。オペレーターが操縦士と航法士の資格を持ち、機体の操縦と誘導を同時に行う技量があれば、可能なんです」
淡々と説明する三輪から、生駒がそっと目を逸らした。麻有は横目で不思議そうに眺めて、三輪に質問を返す。
「それは、理論上のことかい?」
いえ、と三輪は首を振る。ちらりと生駒を見やったが、彼は必死に三輪の視線から逃げていた。
「実際にできるんです。ただし、して良いか、と問われると、駄目、と答えますが。では、香芝さんに質問です。機体やパートナー選びに一番重要な適性は、何だと思いますか?」
問われて、麻有は首を傾げる。
適性、と言われても、大雑把にしか知らない。大概のオペレーターなら、皆そうだろう。
首を捻りながら、さあ、と答えると、三輪は予想していたのか、簡単に模範解答を示した。
「波形リンクです。これが合わないと、拒絶反応を起こします。個人差と例外はありますが、だいたい8パターンのどれかに当てはまります」
「…それが、搭乗不可と何の関係が…?」
直藤の質問を、それは追い追い、と受け流し、三輪は生駒に向き直る。
「最後の質問です。陸、リンク開始から始動状態に持って行くまで、どれくらい時間が掛かりますか?」
突然、質問を振られて、生駒は目を瞬かせる。
「…40秒前後、かな?」
生駒の答えに、三輪は穏やかに微笑んだ。
「ガーゴイルの特徴や性能、負荷については、良く知っていると思うので省きます。あの調整数値にどんな危険性が含まれているかは、認識されてないと思いますが」
「だから知りたい。どうしてダメなの?」
京終が、青空教室の生徒みたいに手を挙げて質問する。話の腰を折るな、と隣で平群が窘めていたが、聞いてない。三輪も気にしてないのか、淡々と答える。
「あれでは負荷が掛かり過ぎます。同じ機体性能を引き出すだけなら、もっと負荷の掛からない調整もできる。特に、リンク率上昇速度を弄る調整は命取りになる」
「えっ? その調整は皆してるだろう?」
「場合によりけり、です」
直藤の疑問に即答で切り返し、三輪は言葉を続ける。
「では、宇陀さんに聞きますが、リンク開始から始動状態までに掛かる時間の基準値は知ってますか?」
尋ねられて、直藤は考え込む。
驚いた。そんな事にも基準値があるとは思わなかった。
結局分からずに、直藤はお手上げのポーズを取る。
三輪は生駒に視線を向けた。すかさず生駒が、40秒前後、と答える。穏やかに笑って、三輪は頷いた。
ふと、生駒がかすかに顔を顰める。
「陸、僕が機体の最終調整を行った時までの、リンク開始から始動状態までに掛かった時間は?」
三輪に再度問われて、生駒は上目遣いに彼を見やる。次に振られる話題に気付いていたようで、表情が、やっぱり、と語っていた。
「…平均20前後、最速16秒…」
嫌々、という風に答えた生駒に、三輪は、違います、と訂正する。
「最速12秒です。これは速すぎなので、陸の機体にはリミッターを掛けた上で、陸自身もリンク率コントロールの訓練中です。通常、このように大幅に基準から外れた場合に、リンク率の上昇速度の調整を行います。この調整には、あまり知られていない弊害があるんです」
「…弊害…?」
麻有たちは、声を揃えて繰り返す。
そんな話、聞いた事ない。
互いに顔を見合わせる麻有たちに、三輪は頷いた。
「元々、40秒前後に基準値を設定しているのは、機体にも脳にも一番負荷の少ない状態でリンクするためです。リンクに時間が掛かり過ぎると、脳が息切れを起こす。逆に速すぎると、脳に余計な圧力が掛かり負荷が大きくなる」
三輪の説明に、ハイ、と京終が手を挙げた。
「理論は分かったけど、ちょっと難しいので理解できません」
確かに難しい話だが、何かちょっとズレている。
授業中の生徒そのままの京終を横目で見て、麻有は溜め息を吐いた。平群を見れば、頭を抱えて項垂れている。直藤も苦笑いだ。
三輪は気を悪くするでもなく、苦笑を浮かべて首を傾げる。
「…そうですね、例えば、ここに工具箱があるとします。工具箱をあそこのO-Pに当てるために投げたとして、押し出す程度に投げた時、届く程度に緩やかに投げた時、全速力で投げた時の、どれが一番、労力が少なく外部装甲を傷付けずに済みますか?」
生駒はくすくすと笑い、麻有は、あ、と声を上げる。
京終は少し考えて。
「…緩やかに投げた時、かな?」
と答えた。そして、麻有と同じように、あ、という顔をする。平群と直藤も、納得した顔をしていた。
「そういうことです。この調整の怖いところは、無闇にすると負荷に気付かず放置して処置が遅れ、回復が難しくなることです。下手をすれば、オペレーターとして、致命的な後遺症を残す事もある」
説明を受けて理解して納得すると、背筋がすっと冷えた。
知らなかったとはいえ、当たり前のように危険な事をしてたのか。
だとすれば、三輪が駄目出ししている他の調整も、何かしらの危険を孕んでいるはずだ。
麻有は居住まいを正すと、まっすぐ三輪を見つめた。
「よく解ったよ。君の言う事が正しい。私たちは、認識を改めないといけない。他の調整も、危険を孕んでいるんだね?」
麻有が尋ねると、三輪はおっとり笑って頷き、
「他の説明も聞きますか?」
先ほどまでとは違う、おっとりした口調で聞いた。
目を輝かせて、聞きたい、と言い出しそうな京終の口を、咄嗟に平群が塞ぐ。興味深々で好奇心丸出しの直藤は、麻有の目線で黙らせた。
三輪は、厄介な仕事を抱えているのだ。これ以上、麻有たちのために時間を割かせたくない。
修理待ちのO-Pの足元では、端末を手にした三郷が、三輪が帰って来るのを待っている。
「いや、大丈夫だ。仕事の手を止めてすまなかったね」
麻有が穏やかに笑って謝ると、三輪はおっとりした笑顔のまま、静かに首を振る。
「あなた方の前職を考えれば、あの荒い調整も肯けます。どうしても必要ですから。でも、長く続けられる人はいなかったでしょ? 保って10年が限界だ。違いますか?」
調整数値だけで、三輪は的確に使用状況を判断する。それに合わせた勤続年数まで言い当てるので、麻有は内心、驚いた。
その通りだ、と苦笑で答えると、三輪はおっとりした口調に心配を滲ませる。
「これからは前職とは違います。荒い調整は必要ない。今後は、機体と自分の事を第一に考えて下さい」
それだけ言うと、ちょこんとお辞儀をして、三輪は仕事に戻った。
三輪は本来、とても優しいのだ。常に相手の事を考えて動く。ただ、誤解され易い言動を取りがちなだけで…。
麻有が苦笑を漏らす横で、生駒が三輪に声を掛ける。
「てっさん、待って、俺も手伝うー」
生駒は三輪を追い掛けて、後ろからじゃれついた。はしゃぐ2人を三郷が手招きしている。
「…おーおー、仔犬共がじゃれとる」
微笑ましそうに平群が呟いた。
その時。
ふと、生駒が振り返る。
悪戯っ子のような笑みを浮かべて、満足そうに、意味あり気な視線を麻有たちに寄越した。
解ったでしょ?
そう言われてるみたいだ。同時に、試されていたのにも気付く。
「…とんでもない食わせ者だが、な」
「へ?」
「どういう事?」
「誰が?」
3人が一斉に麻有に聞いた。
「うちの班長だよ。小さな整備班長の真意を、私たちが正確に受け止められるか、試されていたようだ」
困ったように肩を竦める麻有に、えっ、と3人の声がハモる。
直藤が情けない顔で視線を泳がせ、京終は理解し切れないように瞬きを繰り返す。
「…そりゃ、また…」
難儀だ、と言いかけて口を噤んだ平群は、疲れた溜め息を零した。
「まあ、班長殿の合格点はもらえたようだから、問題は無いだろう」
言いながら、麻有の顔に自然に笑みが溢れる。
「食わせ者だが、不思議だな、彼らにはついて行ってみたいと素直に思うよ」
「じゃあ、手始めに整備でも手伝いますか」
麻有の率直な意見に、直藤が提案した。即座に京終が諸手を挙げる。
「それ、賛成」
すぐに彼らの後を追う京終を、平群が慌てて追い掛けた。
「おい、待て、ミヤ! このバカ!」
平群の制止も、京終は一向に聞いていない。
麻有は、直藤と顔を見合わせて笑ったあと、2人に続いた。