整備場(麻有の場合・1)
一晩明けて、通常勤務の人員が動き出す時間に、三郷が個室まで迎えに来てくれた。整備場に行く前に食堂に案内されて、朝食を摂りながら、各自に手渡された職員用のIDパスの使い方を教わった。
整備場は、資材運搬用ターミナルに隣接する格納庫の奥にあるという。格納庫にはパスがあれば自由に出入りできるので、他に困った事があれば、管理人に聞くといいと教えられた。
格納庫はかなり広い。
複数の区画に別れていて、それぞれ20機前後のO-Pがハンガーに掛けられている。三郷の言では、このステーションには、現在稼働中や整備中を含めて400機以上のO-Pが所有されているらしい。稼働中や待機中のO-Pは格納庫で簡単に整備され、故障や再調整の必要な機体が格納庫に運ばれるそうだ。
格納庫を抜けて整備場に着くと、一番奥の真正面に、見慣れない仕様のガーゴイルがハンガーに掛かっていた。整備が終わっているのか、手を付けられている痕跡が無い。
「…あれは?」
麻有がガーゴイルを指差して尋ねると、
「ああ、ありゃ、陸の専属機だ。おまえらの班長の」
三郷があっさり答えてくれた。
「えっ、あの年齢で専属機?」
思わず、直藤が声を上げる。
「…俺らでも持ってなかったぞ」
呆然とする平群に、三郷はニヤリと笑う。
「テメーとは実力が違うんだよ、実力が」
「ンだとぅ?!」
ケラケラ笑う三郷に平群が突っ掛かりかけた時、背後から声が掛かった。
「おはようございます、三郷さん。あれ、昨日の人たちもいる。てっさんは?」
きょろきょろ周りを見回して、生駒が挨拶した。
「おう、オハヨ。テツなら、奥のどっかに居んじゃねぇか?」
「何か昨日、面倒な修理がどうのって言ってたような…」
小首を傾げる生駒に、三郷は顔を顰める。
「…なに面倒押し付けられてンだ、あのバカ」
苦々しくぼやいて、三郷は整備場の奥に飛んで行ってしまった。取り残された生駒と麻有たちは、呆然と三郷を見送って。
振り向いた生駒が丁寧にお辞儀をして挨拶した。
「おはようございます。今日の予定は決まってますか?」
「おはようございます。いえ、特には。後で三郷整備士が、施設の案内をしてくれるそうですが」
麻有も丁寧に挨拶を返すと、生駒は恥ずかしそうに頭を掻く。
「あの、敬語は止めて下さい。俺の方が年下なんだし」
「年齢は関係ありませんよ。班長に礼を尽くすのは、当然でしょう?」
ほんのり微笑みながら麻有が言うと、生駒は真っ赤になって、両手と首をぶんぶんと振った。
「あの、班長の仕事はちゃんとしますけど、俺、そういうのは、ちょっと…」
困ったように生駒が呟く。苦笑いで言い訳を探す仕草が可愛い。
麻有はくすくす笑うと、妥協案を出した。
「では、お互いに敬語は止めよう。それでいいかな?」
麻有の申し出に、生駒はほっと息を吐く。じゃあそれで、と笑う笑顔は、年相応の少年のものだ。
成り行きを見守っていた京終が、瞳をきらきらさせて嬉しそうにしている。
あ、と思って、麻有が止める前に。
「班長さん、可愛いー」
京終は、生駒に抱き付いていた。
班長ヤメテー、と嫌がる割に、生駒は京終とじゃれている。人懐こい性格のようだ。
そのままじゃれ合いながら、三郷の消えた方向に向かう2人を、麻有たちも追いかける。ふと平群を見やれば、頭を抱えて盛大に溜め息を吐いていた。
三郷は、整備場の少し外れた所で、目の前のO-Pの事を、他の整備士と話し合っていた。
目の前のO-Pは、外部装甲の至る所が焦げている。酷い部分は装甲が捲れて、傷付いた本体部分が見えていた。
麻有たちが、お互いに顔を見合わせて、三郷を見ると。
麻有たちに気付いた三郷が、ちょっと待ってな、と手振りで指示してくる。
「…で、他の整備技師には当たってみたか?」
手に持った端末を見ながら、三郷が聞く。答えは分かっているが一応、という感じだ。
「ああ、当たってみたが、全員に匙を投げられたよ」
溜め息混じりに言われて、だろうな、と顔を顰める。
「…あー、こりゃ、テツじゃなきゃ手に負えねぇなぁ…」
「すまんな、三郷。あとで、三輪技師長にも、謝ってたと伝えてくれ」
申し訳なさそうにこの場を後にする整備士に手を振って、三郷はO-Pに向き直った。
「おい、テツ、お客!」
三郷の大声に、周りの整備士が一斉に振り返る。
「テツ、聞こえてねぇのか!?」
三郷は、周りの整備士に構わず怒鳴った。だが、三輪は出てこない。隣で生駒が、苦笑いを浮かべていた。
三郷は思い切り顔を顰めて、呼び方を変えてさらに怒鳴る。
「お客だ、三輪技師長!!」
「その呼び方、止めて下さい」
通る声で応えて、三輪がO-Pのコクピットからひょこっと顔を出した。
「聞こえてますって、三郷さん。いつものお客さんなら、追い返しておいて下さい」
「いや、違うって。昨日の連中、連れてきたから」
三郷はそう言って、麻有たちを指差す。三輪は、ああ、と納得した顔で一旦コクピットに引っ込んだ。すぐにファイル片手に降りてきて、三郷の目の前に立つ。すかさず、生駒が声を掛けた。
「おはよ、てっさん」
「おはようございます、陸」
笑顔の生駒の挨拶に、三輪は穏やかに笑って挨拶を返す。そして、三郷を見上げてファイルを手渡すと、変わりに端末を受け取った。
「三郷さん、彼らにあの事は?」
「いや、まだ言ってねぇ」
短い会話を交わしたあと、三輪は麻有たちの方を向いた。おはようございます、と柔かに挨拶する。麻有たちも挨拶を返す前に、
「2、3、質問いいですか? 答えられる範囲で結構です」
三輪に遮られる。
4人は、不思議そうに顔を見合わせて頷いた。
「昨日、あなた方の前職について、陸と一緒に聞かされたのを不思議に思ってたんですが、今朝届いたガーゴイルの調整数値を見て、理由が分かりました。それを踏まえた上で、お聞きします」
三輪は、手にした端末にデータを呼び出すと、とん、とモニターを指で叩く。
「この調整数値は、間違いないですか?」
言われて、麻有たちは一斉にモニターを覗き込む。確認したが、間違いない。
「はい、合ってます」
「この数値で調整するよう指示が出てますが、各々の本社の指示ですか?」
質問の意図が全く読めないが、麻有たちは、素直に答えた。
「…いいえ…」
4人揃って首を振ると、三輪の周りの空気が冷たくなった…気がする。彼は相変わらず柔かに笑っているが、何故か空気が重い。
三郷が、気の毒そうに、そっと顔を逸らした。生駒も苦笑いだ。
三輪は、そうですか、と呟くと、淡々とした声で、
「残念ながら、搭乗許可は出せません」
そう宣言した。
三輪の柔和な笑顔は変わらなかったが、目は笑っていなかった。




