管制小会議室(磯城の場合・2)
陸たちを追い出して、大量の資料とデータを部屋に持ち込んで、管制士の3人は残業をしていた。
葛城と磯城は衛星軌道ステーションに詰めているのでまだ良いが、久度は月面第二ステーションが本拠地だ。おまけに、稼働中のプロジェクトも抱えている。彼がこちらに居られる時間は、ごく僅かだ。
久度の居る内に擦り合わせておかなければならない仕事や、彼にしかできない仕事は山ほどある。今日は徹夜になりそうだ。
「…で、奏志郎、あの部外者たちは、おまえの思惑通りだったか?」
各班の名簿とシフト管理表を見比べながら磯城が尋ねると、久度は素っ気なく、ああ、と答える。
「フィエナ連合軍の災害救助連隊第三小隊と、SEA軍の特殊任務部隊災害救助小隊。どちらも、数ある災害救助部隊の中でも、最高峰の部隊だ。その士官なら、思惑以上だな」
素っ気ない口調だが、予想以上の大物が釣れて喜んでいるようだ。面倒臭い資料に目を通しているのに、久度はうっすら笑みを浮かべている。
「こちらの思惑通りに動いてくれそうか?」
重ねて尋ねると、
「ああ、問題ない、衡平。こちらの脅しが効いてる限り、大人しく良い駒になってくれるだろう。思わぬボロを出してくれたおかげで、非常に初手が打ち易かった。京終中佐には感謝だな」
上機嫌な返答が返ってくる。最後の一言を聞き留めた葛城が、不審そうに顔を歪めた。
「…それ、褒めてるのか、貶してるのか?」
「褒めてるつもりだが?」
どうやら本心らしい久度に、葛城が、本気か、と聞き直している。完全に不信感丸出しだ。心外だと云わんばかりに葛城を睨めつける久度に、磯城が問う。
「…上手く、いくだろうか…?」
「大丈夫だ、衡平。上手くいく。もし上手くいかなくても、何とかするしかない」
久度の言に乗っかって、葛城が混ぜ返す。
「そうだぞ、衡平、やるしかないんだ。先の事ばかり心配してると、その内ハゲるぞ」
「うるさい、彼方。おまえはもう少し、物事を慎重に考えろ。脳は使わないと、すぐに劣化するんだぞ」
売り言葉に買い言葉で磯城が言い返した。お互いに、眉間に皺を寄せて睨み合う。
「…おまえたちは…。本当に、仲が良いのか悪いのか、よく分からん」
呆れて投げ遣りに言われて、2人は揃って久度に振り向く。
「余計なお世話だっ」
久度に言い放った言葉は、2人一緒だった。
「それより、チビたちにあの4人の素姓を教えて良かったのか?」
自分が感じていた疑問を、葛城が口にする。
久度は手に持っていた書類にサインを書き込むと、次の書類を取り上げた。
「構わない。最初からそのつもりだった」
「どういう事だ?」
「チビたちに警戒心でも持たせる気か?」
磯城が真意を問う。隣で葛城も同時に喋る。お互いに顔を見合わせ、むっと顔を顰めた。
久度は、2人を横目で見てから、書類を手に、呆れた吐息を吐いた。
「警戒の有無はチビ共が勝手に判断する。こちらから、どうこう言う必要は無い。特に警戒心の強い生駒は、人を観る目が鋭い。誤魔化しが効かん。情けない話だが、奴らの為人を知るには、生駒の目が頼りだ」
久度の真意に、なるほど、と磯城は納得した。だが、心境は複雑だ。
久度にそこまで言わせる陸を、自慢すれば良いのか、憐れめば良いのか。
「…陸を、判断基準に使うな…」
磯城は、辛うじて保護者として抗議しておいたが、久度は、火急時だ許せ、としれっと返す。
「哲也に教えたのは?」
葛城が聞くと、
「三輪は、ガーゴイルの調整データを見れば一発で気付く。事を荒立てはしないだろうが、そこから情報が漏れるのは防ぎたかった」
久度は簡潔に答えた。なるほどな、と葛城も納得した。
ふと、久度が書類から目を離し、端末に届いたメールの差出人を確認している。
「まあ、これで、最大の難関は抜けた訳だ」
葛城がほっと一息吐いて、大きく伸びをする。しかし、久度はメールを読み返したまま、返事しない。どうしたのかと、磯城が久度を見やると。
「……特大の、難関が……」
と呟くのが聞こえた。
「…どうした…?」
心配して磯城が尋ねると、少し青ざめた顔でメールを見ていた久度が、口を手で覆う。
「……チビが、首輪を着ける気か、と、暴れた、と……もう1匹も、引き篭って、出て来ない、と…疾矢が……」
呆然と呟かれた言葉には、いつもの覇気が無い。
「……あいつら…じゃじゃ馬だ……」
久度の洩らした愚痴は、同情に値するものだった。




