居住区(麻有の場合・1)
先頭で平群と三郷が口ゲンカを始め、それに生駒もいつの間にか参戦して、彼らは楽しげに騒ぎながら麻有の前を歩いている。パートナーの直藤は、好奇心丸出しで彼らを眺めているが、とりあえず麻有の言付け通りに大人しくしていた。
思った通り、というか、予想以上に久度は厄介だった。手も足も出せずに、完全に久度の掌で転がされた感がある。先行きを考えると、気が重くてマイナス思考に陥りそうだ。
「…あーっ、もうっ! …疲れた…」
自分の中の嫌な気持ちを追い払うように声を上げると、周りの視線が一斉に麻有に集まる。皆、驚いている。
「…あ、驚かせてすまないね。来て早々、あんな目に合うとは思わなかった。でも、何だか吹っ切れたよ」
麻有は苦笑を浮かべると、ふっと息を吐いた。先を歩く三郷が、気の毒そうに慰めてくれる。
「災難だったな」
「一応、覚悟はしていたけれど。ここの官制士は皆、あんな曲者揃いなのかい?」
「いや、あの3人は別格だ」
麻有の質問に、三郷は首を振る。
「久度さんはステーションでは有名人だな。月面第二から動くことは滅多にねぇが、あの人の容赦の無さは『恐怖政治』って畏れられてる。葛城さんは食わせ者だ。ヤツは本当に腹が読めねぇ。あの3人の中じゃ磯城さんが一番まともだが、あの人も、油断すると嵌められる」
三郷は、本人が居ないのをいいことに、好き放題に評価する。その三郷の袖を引いて、三輪が窘めているが、
「三郷さん、それは言い過ぎです。いくら本当の事でも…」
全くフォローになっていない。隣で生駒が、他人事のように爆笑していた。
完全に気が抜けた。
麻有は、肩を竦めて笑う。
「私たちは、とんでもない人たちに目を付けられた訳だ」
すげぇ有能だが、と付け加えて三郷も笑う。
「確かにとんでもねぇ連中だが、あの3人の誰かと仕事できるってのは、俺らステーション勤務の奴の憧れでもあンだ。だから、あんたらも胸張っていい。何だかんだ言って、結局プロジェクトから外されなかったろ?」
認められたんだ、と言った三郷は、どこか誇らしげだ。
何だかんだ言われていても、あの3人の官制士は、ステーション職員から尊敬を集めているのだろう。
「まぁ、前職が何だろうが、どこの会社に務めてようが、今は同じプロジェクトチームの仲間だ。仲良くしていこうや」
三郷は、子供みたいに屈託なく笑う。
これは、三郷の気遣いだ。
麻有たちが負担に思わないように、さり気なく元気付けようとしている。その気遣いが有難かった。
「そうだな。その通りだ」
麻有が頷く。
気負いが無くなって、麻有の表情が自然に柔らかくなると、京終の表情も変わる。
目を潤ませて嬉しそうに顔を綻ばせ、本気で抱き着きそうな勢いで駆け寄ってくる。
「香芝た…」
「その呼び方しないっ!」
麻有はぴしゃりと言い放って、京終の言動を止めた。
「久度官制士から、注意するよう言われたばかりだろう?」
「…だって…」
しゅんとしょげて、上目遣いに見上げてくる京終に、麻有は溜め息を吐く。
「癖になってるなら、名前で呼べばいいから。私も都城と呼ぶ。それで良いだろう?」
苦笑で提案すると、京終は顔を輝かせる。
「…おね…」
「その呼び方も駄目っ!」
彼女の言いかけの言葉を遮って、
「…お願いだから、それだけは止めて…」
麻有は、頭を抱えて懇願した。




