管制小会議室(磯城の場合・1)
顔合わせ終了後、オペレーター班は別途話があると言って、管制小会議室に連れ出した。三輪にも関連があるため一緒に連れて来たが、三郷は、半分とばっちりを食ったように、久度に腕を引っ張られて連行されていた。
会議室に着くと、まずは彼らを座らせてから、チビたちに飲み物を渡す。三郷が目を白黒させて動揺しているが、軽く無視された。
磯城は、陸の向かいの壁に背を預けて立つと、外部協力者の様子を用心深く観察する。
久度からは、一切口出しするな、と言われている。葛城からは、全員の様子を観察しておいてほしい、と頼まれた。
…あいつら、一体、何をやらかす気だ…?
半分、蚊帳の外の磯城は、今後を考えると胃が痛くなりそうだった。
「では、生駒君の問題から片付けようか」
葛城が口火を切る。
「生駒君に、正式にパートナーが決まった。月面第二の操縦士だ。なので、この時点をもって、オペレーター班長に就任してもらう。元々、パートナーが決まれば班長を任せる事になっていたんだが、予想以上に難航したんでね、報告が遅れてすまなかった」
葛城は陸の側に立って、顔を覗き込んだ。陸は不服そうだが、決まった事なら仕方ない、と考えているのだろう。渋々、頷いている。葛城は、ぽんと陸の頭を撫でると、今度は外部協力者に向き直る。
「そういう訳だから、今後は生駒君の指示に従ってもらう。辞令は実験開始間際になるだろうが、すでにキャプテンの任命は受けている。何か異存は?」
「いえ、ありません」
葛城の問いに即答したのは香芝だ。表情にも、迷いや疑問は一切浮かんでいない。
「ずいぶんはっきり答えるね。年下の、それも子供の班長なんて、普通は嫌がるものだろう?」
これは、葛城の意地の悪い質問だ。しかし、香芝は全く動じない。
「年齢は関係ありません。彼の方が私たちより、プロジェクトに関する知識も理解度も深い。班長に任命されるだけの実力があるのなら、指示に従うのは当然です」
きっぱり言い切った彼女に、陸の方が恥ずかしそうに俯いた。
葛城はひとつ頷くと、他の3人を見回し、
「君らの意見も聞こうか」
と尋ねる。葛城と最初に目が合った宇陀が、肩を竦めた。
「香芝と同じ意見です。まぁ、整備班長もですが、その年齢でプロジェクト責任者の1人というのには、驚きましたが」
宇陀は、相変わらず鷹揚な態度だが、嫌な感じはしない。陸に向ける視線は、良い意味での興味か好奇心だ。
宇陀の意見に頷く平群は、この件にあまり違和感を感じていない。
「あー、俺は、ステーションが実力主義で、年下の班長なんてザラだって知ってたんで、別に何とも。あんまりにも幼いんで、びっくりしましたけど」
最初から見当がついていたらしい。どうやら平群は、ステーションの内情に詳しいようだ。
葛城が、最後の1人に目線を向ける。京終は、きょとんと瞬きを繰り返して、両手を組み合わせた。
「年下の班長さんたちって、可愛いですよねー」
瞳が、というか、顔がキラキラと輝いている。間違いなく本心だ。
他の3人が頭を抱えた。扉付近に立つ久度をちらりと見ると、同じように頭を抱えている。言われた本人たちは、恥ずかしそうに顔を赤らめていたし、引き攣り笑いを浮かべた葛城は、そうか、と呟くので精一杯のようだった。
磯城は、胃痛と共に頭痛まで引き起こしそうだ。
彼女は、予測不可能だ…。
葛城は咳払いをして、もう一度、陸と目を合わせる。
「生駒君、彼らの事は君に任せる。実験に必要だと思う情報や技術は、君の裁量で教えてやってくれ。いちいち管制士の許可は取らなくていい。それから、君のパートナーだが、実は、まだ月面第二から動かせない。オペレーターの予備人員と共に、実験場で合流する」
「予備人員、ですか?」
「ほら、君のパートナー候補の操縦士が、もう1人いただろう? 彼も参加が決まった」
はぁ、と気のない返事をしながら、陸は首を傾げる。
そう言えば、葛城はパートナーが決まったとは言ったが、どちらの候補に決まったとは言っていない。陸が混乱するのも頷ける。
葛城は、陸の困惑に気付かず、話を進めた。
「手間だが、彼らの面倒も見てくれると助かる」
小さく頷く陸の頭を撫でて、葛城は、その隣に座る三輪に目を向けた。
「予備人員の補充に伴い、ガーゴイルがもう1機、実験場に直接搬入される。専属機だ、哲也。調整を頼む。かなり無茶を言われるかも知れないが、全部蹴って、おまえの思う通りに調整してくれ」
葛城の言葉に、三輪が怪訝な顔をする。
説明を求めてじっと葛城を凝視するが、説明が得られないと分かると、今度は、久度と磯城に視線を向けた。2人同時に頷くと、彼は小さく、分かりました、と答えた。
三輪の返事を見届けて、葛城は話を切り上げる。継いで声を発したのは、久度だ。
「では、次は君らの話だ」
…この話、チビたちや三郷に聞かせていいのか…?
磯城は表情に出さずに、久度に問い掛ける。先にチビたちを居住区に返した方が良いのでは、と心配したが、久度の考えは違うらしい。
これから久度がする話は、外に漏れるのは、非常によろしくないのだが。
扉付近に立った久度が、一旦言葉を切ったあと、香芝たちに無言で視線を据える。
「…何か、言う事は?」
低い囁きが、室内の温度を一気に下げる。
ふと、宇陀が目を逸らした。平群はバツが悪そうに視線を泳がせる。京終は小さくなって俯いた。だが、香芝はまっすぐ久度を見返している。
「前職について、何も言及されていなかったので、申し送りをしなかっただけです。それが何か?」
堂々と言い切る彼女に、葛城が感嘆の眼差しを向ける。
久度相手に、良い度胸だ。
磯城も感心したが、同時に哀れにも思った。
久度なら、これくらいは折り込み済みだ。案の定、久度は平然と香芝に言い放つ。
「なら、ここで言及させてもらおうか」
香芝が、声を詰まらせた。
「別に責めている訳じゃない。こちらの落ち度でもある」
久度の言い分に、一瞬、4人の気が弛むが。
「何か問題は? 香芝大佐」
続いた言葉に、一気に凍りついた。名指しされて観念したのか、香芝は諦め口調で、ありません、と答える。
「では、前職の最終配属と階級を、申し送りしてもらおう」
「…所属と任地は?」
「必要ない。経歴も不要だ」
久度の言葉に、彼らは、不思議そうに顔を見合わせる。
それはそうだろう、と磯城は思う。前職の事を尋ねたのに、ずいぶん中途半端な尋ね方だ。
それでも、香芝は久度の指示に従った。
「香芝 麻有、災害救助連隊第三小隊所属、階級は大佐です」
素直に香芝が口を開いたので、宇陀もすんなり答える。
「宇陀 直藤、同じく第三小隊所属、階級は大尉です」
平群は溜め息を吐いて、姿勢を正した。
「平群 和明、特殊任務部隊災害救助小隊所属、大尉です」
「…京終 都城、特殊任務部隊災害救助小隊長、階級は中佐です…」
平群とは対象的に、京終は、久度を上目遣いに見ながら、ぼそっと呟く。
磯城と葛城は、驚いて京終を凝視した。思った以上に階級が高い。
同じように、陸と三輪も、驚いて目を瞬かせている。
「軍人さんだったんですか」
陸が珍しそうに問うと、宇陀が苦笑しながら頷いた。
「もう辞めたけどね」
へぇ、と感心する陸の横で、三輪が、黙ってましょう、と口許に指を当てる。
久度は、彼らの前歴を無表情で聞き留め、彼らの元に歩み寄った。無表情だが、久度の放つ威圧感は半端ない。久度が机に手を付いて、指を、とん、と当てた瞬間、彼らの顔が凍りついた。
「さて、事を荒立てるつもりは無いので、この話は口外しない。キャプテンにも報告しない。なので、君らも今後一切、この話題を口にするな。特に、君は要注意だ、京終中佐」
わざわざ名を呼ばれて、京終がびくりと身を竦ませる。涙目で、コクコクとすごい勢いで頷いた。それを見届けて、久度はチビたちに振り返る。
「おまえたちもだ。誰にも喋るな、内緒だぞ」
そっと人差し指を口許に当てて、口調と表情を和らげた久度が、諭すように言い含める。素直に2人が頷くと、久度はチビたちの頭を軽く撫でて、今度は三郷に目を向けた。
「三郷一級整備士」
久度が名を呼んだ途端。
「はいっ、平群とは、母親同士が姉妹の従兄弟ですっ。プロジェクトに参加する事は知りませんでしたっ!」
三郷は勢い良く返事して、問われてもいない事を、先に答える。
「…いや、まだ何も尋ねていないが…」
久度が困惑気味に言うと、三郷は、ぽかんと間の抜けた表情で瞬きを繰り返す。
「…まあ、訊きたい事は先に答えてくれたので、これ以上、君に訊く事は無い。三郷君、面倒だが、当面の間、彼らの世話を頼む」
久度から特に何も言及されないと分かって、三郷の表情が安堵に弛む。が、すぐに気を引き締め直して、はい、と威勢のいい返事をした。