ターミナル控え室(哲也の場合・1)
哲也は、目の前でわいわい騒ぎ出した陸を、おっとり笑いながら眺めた。
磯城は、暇ができると、3、4日置きに整備場に顔を出した。哲也を大層、気に入ったらしい。お土産持参で、よく世間話をして行った。
でも、あれ、半分は、陸を揶揄いに来てるような…。
半分、ダシに使われているような気はするが、不思議と嫌な気にならないのが、磯城の人柄なのだろう。陸は、磯城の顔を見る度に文句を言うが、哲也は内心、磯城の来訪を心待ちにしていたりする。
陸と磯城の掛け合いは、端から見ると、とても楽しいのだ。
だから今も、哲也は、2人の掛け合いを楽しんでいた。
「ずいぶんご機嫌だな、哲也」
いつの間にか、哲也の隣に葛城が立っていた。
「…そうですか?」
葛城に目線だけ向けると、彼は肩を竦める。
「生駒君が来てからだろう? よく笑うようになったのは」
意味深な笑みの葛城に、哲也は、心外です、と答えた。
「人を、無愛想みたいに言わないで下さい」
「それは悪かった。愛想はいいが、本心から笑うのは珍しい、と言うべきだったな」
葛城は、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
すっと、哲也の顔から笑みが消える。ゆっくり葛城に向き直ると、冷たい視線を投げ掛けた。
「…それで…?」
小さく呟かれた一言には、たくさんの冷たい棘がついている。
静かな、囁くほどの声だ。周りの騒ぎに紛れて、葛城に届いているかも微妙だが、彼の表情が、一瞬で変わった。
「…あ、いや、ちょっと珍しかったから、つい揶揄ってしまっただけで、な?」
大慌てで失言を撤回しようと、葛城は言い訳を始める。それを、哲也はじっと見つめて。
本当、子供相手に本気で慌てるんだから、面白い。
どうせ、先に仕掛けたのは葛城だ。もうちょっと、悪戯してもいいだろう。
「…だから、三郷さんに嫌われるんですよ」
「……うっ……!」
哲也が、葛城の気にしている事を口に出すと、彼は声を詰まらせて固まった。その表情があまりにも情けなくて、哲也は、思わず笑ってしまう。
「…哲也、おまえなぁ…」
本当に嫌そうに顔を顰める葛城に、すみません、と哲也は謝る。
「でも、こうなるの分かってて、先に仕掛けたの、葛城さんでしょ?」
「…いや、確かにそうだが…」
おまえには敵わない、と愚痴を零して、葛城は両手を上げた。それから、ふと、真面目な顔つきで、
「まさか、生駒君にも、こんな態度は取ってないだろうな?」
真剣に聞いてきた。
意地の悪い面もあるが、葛城は、過保護なまでに哲也を大切に扱う。慣れた人以外と付き合いをしたがらない哲也の、珍しい友人との関係を心配しているのだ。
哲也は、困ったような、少しはにかんだ笑みを浮かべる。
「取れません。だって、僕は、陸には敵いませんから」
その言葉に、葛城は、目をまん丸にして驚いていた。




