居住区
「ちょっとぉっ、磯城さん、どういう事ですかっ」
磯城の個室に入るなり、陸に大声で怒鳴られた。
小会議室から帰って来ると、磯城の部屋の前に、陸が立っていた。明らかに不機嫌な顔で、彼の怒りの理由が察せられる。
これは、噂の方を耳にしたな…。
とりあえず、陸を部屋に招き入れて、扉が閉まった途端、第一声がこれだった。会議室での頭痛が、さらに酷くなりそうだ。
磯城は、珍しくご立腹の陸の小言を延々と受け続け、気力の無くなった生返事を返す。
「磯城さん、ちゃんと聞いてます?」
「ああ、ちゃんと聞いている。悪かった」
「また、そんなおざなりな事言う…」
陸が、ぷう、と頬を膨らませる。ご機嫌を損ねたようだ。磯城は慌てて、ご機嫌を取るように真面目に謝った。
「いや、本当に悪かったと思っている」
「謝るなら、てっさんに謝って下さい。また変な噂が流れて困るの、てっさんなんですから」
「分かっている。彼の所にも、もう一度行くよ」
磯城の言葉に、やっと怒りを解いた陸が、ならいいですけど、と呟く。
「でも磯城さん、何で、てっさんにケンカなんか売りに行ったんですか?」
「…いや、陸…おまえ、何か誤解していないか? 私は、彼と話をしに行っただけで、ケンカを売りには行っていない」
弁解するも、陸は、据わった目で疑うように磯城を見ている。
「何か、試すような事、やったんでしょ」
確信があるのだろう。一応、疑問形で訊いてきたが、口調は決めつけていた。磯城は、言い返せずに言葉に詰まる。
「どうせ、言い負かされたんでしょ?」
身も蓋もない陸の言い様に、磯城は頭を抱えた。
せめて、もう少しオブラートに包んだ言い方をして欲しい。
思いはしたが、口には出さなかった。
「…まぁ、な。彼を試そうとして、逆に試された。おまえの友人は、なかなか手強い」
磯城が降参のポーズを取ると、陸は笑い出す。どうやら、機嫌は直ったようだ。磯城は、陸の頭を撫でて言葉を続けた。
「だが、本当に良い子だ。おまえが慕うのも頷ける」
「でしょ? だから俺、てっさん好きなんだ」
陸は、嬉しそうに顔を綻ばせた。その笑顔を、磯城は、眩しそうに目を細めて眺めて、
「おまえの、気を許せる数少ない友人だ。大切にしなさい」
諭すように囁いた。




