15・決着
このままずっと、おばさんや江梨花と抱き合って温もりを感じていたい。でも離れなくちゃいけない。あたしとソロモンの関係に決着をつけるために。
「それじゃ、行くね」
「お待ちなさい、芹歌。ソロモンとの因縁は私の方が深いです。私が決着をつけます」
神のランクの頂点。最上級神として復活しているベステトと繋がっているあたしには全てが分かる。江梨花はもともと惑星レムリアのあるこの世界(宇宙)で生まれた人だ。彼女は他の次元層にも存在しない奇跡の魂を持つ存在だった。
例え、聖女や女神のような清らかで慈悲深い魂であっても、凶や禍の使い手であるルーカスやソロモンの残忍な仕打ちの前にはその魂を打ちのめされてしまう。
聖女や女神の気高い魂は数回の酷い生涯程度では汚れない。でも、悪魔達はしつこくいたぶってくる。苦しみのあまり心が壊れてしまっても、嬲るのをやめないで死んだら転生させて追い打ちをかけてくる。永遠の地獄を味あわされる。
どんなに慈悲深く優しさに溢れた女の子達でも、彼らにかかると全ての子が荒み汚れた魂に落とされた。誰にでも優しく手を差し伸べ、温かく包み込む美しい彼女達は悪魔の絶好の餌。
心が狂ってしまっても嬲られ続けた魂はやがて闇に落ちて悪魔のエネルギーに変換された。
でも江梨花だけは違った。彼女は何度心を壊され、苦しみのあまり狂乱して死んでも魂が汚れなかった。どれほど酷い仕打ちを受けても優しさを失わず、思いやりを持っていた。
江梨花の魂の源は無限の愛にも怨呪にも勝った。その源に目をつけた凶と禍は江梨花の魂から溢れる源を舐めて巨大な力を持つ怪物へと進化する。
しかし、それを阻んだ者がいた。愛使いと呼ばれる者達だ。愛使いは永遠の怨呪の敵。凶や禍のような怨呪から生まれてくる悪魔達と時空を超え、次元を超えて戦っている。その愛使いの1人が悪魔に嬲られて苦しみ続ける奇跡の魂を救い出した。
救われた魂は、愛使い達によって守られている次元層の中にある1つの世界(宇宙)に転生する。それが友里恵。あたしのおばさんだった。
でも、おばさんの奇跡の魂をあきらめきれない悪魔達は、おばさんを次元層の彼方から呪い、病魔を植付けて殺した。
悪魔に呪い殺されたおばさんは、レムリアのとある教会に捨てられた赤ちゃんとして生まれ変わる。赤ちゃんはエリカと名付けられ、やがてシスターへと成長して人々を救った。
そこにソロモンが現れる。両親を戦争で亡くした少年の姿で。エリカは少年に惜しみない愛情を与えて育てる。頃合いを見計らい、ルーカスが魔法使いとして現れた。そして、ここからエリカを苦しめて遊ぼうとしたらエリカがあっさりと死んでしまった。
尖氷槍はエリカに一生消えない傷痕を残す程度に調整していたのに、威力が増して彼女を死なせてしまったのだ。こんなに簡単に死なれてしまっては面白くない。少年のソロモンは自ら尖氷槍を胸に刺して死んだ。そしてエリカの魂を迎えに行くと、彼女の魂はまたしても異世界に転生していた。
愛使いの仕業だと理解したけれどもすでに遅い。以前よりも愛使い達の守りが強くなった次元層は外から呪いをかける事もできなくなっていた。
ソロモンとルーカスは江梨花が自ら次元層の中から出てくるのを待った。成長した江梨花は安全な次元層に回廊という穴を開けてしまう。そして、凶と禍に殺されてしまった。
「ソロモン。そしてルーカス。貴方達を永遠の浄化の時空に閉じ込めます。そこで無限でありながら刹那の時を過ごしなさい」
おばさんが2人の悪魔に神力を使って話しかけた。
永遠の浄化の時空。それは悪魔のように純粋な憎悪怨念の塊でさえ、聖浄化されてしまう世界。そこで浄化された者は僅かでも良心が残っていればそれを核にしてまた転生できる。
ルーカスは転生できるだろう。
でも、ソロモンは魂全てが純粋悪。良心など無い。もしも良心があったなら、あたしと過ごした時に微量でも愛を生み出せていたはずだから。
ルーカスは新たな人生を送れるけれども、ソロモンは完全に消滅してしまう。
いや!
ソロモンを消さないで。
あたしはおばさんの手を握って首を横に振った。
「芹歌。あの2人は言い聞かせたくらいで魂が綺麗になったりはしません。悪魔となってしまった魂は浄化以外に救済の方法がないのです」
「いや。ソロモンを消しちゃいや。救済なんていらない。悪い奴でも構わない。ソロモンを消さないで」
「芹歌。それではソロモンをただ幽閉しておくしか方法がなくなるのですよ。それはソロモンが可哀想です」
「ソロモンを幽閉するならあたしがソロモンを繋ぐ鎖になる。あたしが永遠にソロモンの側に居るから。だから、ソロモンを消さないで」
「芹歌。それがどれほど困難で茨の道かを理解していますか?優しさも思いやりも無い純粋なる悪を貴女は永遠に愛し続けなければならないのですよ?」
「うん」
「分かりました。では、芹歌とソロモンを魂よりも深い存在の鎖で繋ぎます。もう、世界(宇宙)が滅びようとも次元層が壊れようとも、貴女達は永遠に離れません」
「おばさん、そして江梨花。ありがとう」
泣きながらあたしがおばさんの胸に顔を埋めると、優しい江梨花とおばさんの声が聞こえてきた。
「貴女にこんな苦労をさせたくはない。でも、芹歌自身が選んだ道です。自分の運命は自分が決めるもの。例えそれがどんなに辛く苦しい道だとしても。芹歌、私は永遠に貴女を見守っていますからね。頑張りなさい」
「うん」
あたしをずっと待っていてくれるソロモンのもとに走る。
彼はあたしに愛情があって待っているわけじゃない。
あたしとの殺し合いを楽しみたいから待っているだけ。
それでも構わない。あたしはそれでもソロモンの側にいたい。
「待たせたね。ソロモン」
あたしが回答報復者を生み出すと、ソロモンも自分の手の中に回答報復者を生み出して握った。
「貴女を殺してしまう前に訊きたい事があるのですが、訊いても良いですか?」
ソロモンが回答報復者を自分の肩に乗せて尋ねてきた。
「いいよ。何でも訊いて」
「どうやってエリカではなく江梨花を復活させたのですか?」
「それはね。あたしが愛使いに江梨花の復活のさせ方を聞いていたからだよ。具体的な指示だけで、そこからどういう理屈で復活するのかは謎だったけれども」
「いつの間にそんな事を?」
「貴方達にあたしは2回、時間を戻されているよね。でもあたしはその前にも時間を戻されているんだよ」
「それはいつですか?」
「エルフの都市・ノルドールの図書館。あの時、あたしはソロモンの神殺を避けなかった為に両断されて死んでいたんだ。そこで愛使いがノルドールにあたしが入る前まで時間を巻き戻した。その時に教えてもらったんだ。思い出したのはソフィに見えない壁で閉じ込められた時だけれどね」
「時間戻しは次元振動が起こるので、私やルーカスが気づかないはずはないのですが?」
「それは霧になった桃ちゃんがごまかしてくれていたからね」
「なるほど。あの上級神が絡んでいたのですか」
「うん。今は最上級神のランクだけれどね」
「どうやら騙されたのはセリカではなく私だったようですね」
「それは違う。あたしはソロモンを信じていた。悪魔かもしれないと分かっていても、それでも貴方を最後まで信じていたんだ」
「悪魔だと分かっているのに信じていた?まるで意味が分かりませんね」
「ソロモンにこの思いが理解できないのは仕方ないよ。でも本当なの」
「理解不能ですが、まあ良いでしょう」
ソロモンが回答報復者を構える。
あたしもソロモンに剣尖を向けた。
剣撃のスピードは光速。
2人の体は光となって時空を歪めながら斬り合った。
あたしの右腕が大地に落ちる。
ソロモンは勝利を確信した悪い笑顔を浮かべた。
首だけとなりながら。
右腕を失った事など、どうでも良かった。
愛する人を殺してしまって、それどころじゃない。
あたしは左手でソロモンの首を持ち上げ、胸の中に抱きしめた。
そして死んでしまったソロモンにくちづけをする。