4・晩餐会
雨を避けて雲上を翔る天馬の馬車の窓から外の様子を眺めていると、雲の遙か彼方に不死鳥が翼をはためかせて飛んでいく姿が見える。視線を下界に転じると都市が見えてきた。帝都だ。
アニュシオンから帝都までの距離は直線にして約750km。旅人が移動した場合、24日以上掛かる道程をわずか5時間ほどで進んでしまった。あたしやソロモンの飛翔力だと15分も掛からないけれども規格外すぎるので参考にはならない。この世界において、天馬の馬車は間違いなく最高クラスの移動手段だ。
バルト帝国の帝都ロンディニウムは54万人もの人口を抱えるバルト帝国の首都にして、アトランティス大陸最大の都市だ。
都市南東部が海に面している港湾には大きな船の往来が見えた。海洋貿易も盛んなようだね。
そしてちょうど市街地中心に白亜の城はあった。国土面積769万平方km。大半が荒野と砂漠の大地とはいえ、日本の国土面積の20倍という広大な領土を持ち、1億7000万人もの国民を抱えるバルト帝国の長である皇帝陛下が住む居城だ。
城に着くと、あたしとソロモンは個別に部屋を宛がわれた。室内は一言でいうなら豪華。派手な豪華さではなく、落ち着いた雰囲気の調度品で統一されている。床は絨毯から小物はティーカップに至るまで自己主張しない静かな気品があって居心地が良かった。
この部屋の中にある物ってどれくらい良い物を使っているのだろうと興味本位で特異技能の鑑定を発動したらティーカップ1つで家を買えるほどの値段がした。
思わず飲んでいたティーカップを落としそうになったよ。
メイドさんが入れてくれたお茶を飲み終わる頃合いを見計らって、着付け係の女性達が部屋の中に入って来た。今夜はあたしとソロモンを歓迎するために城内で晩餐会を開いてくれるらしい。
もともとチュニックドレスを着ているから、このままの格好で晩餐会に出席しても恥ずかしくはなかったのだけれども、せっかく着付け係の女性達が沢山のドレスやアクセサリーを用意して着替えの準備をしてくれているのであたしは着替える事にした。
何着もドレスを着替えさせられ、アクセサリーも色々な物を付け替えられて2時間近く掛かってしまう。色々着られて楽しかったので良かったけれども。
姿見の鏡の前に立ち、自分の姿を見る。我ながら綺麗だと思う。
ふわふわの淡い青を幾重にも重ねたブルーコーデのイブニングドレス。瞳とドレスの色に合わせたサファイアのネックレス。髪はもともとのふわふわ感をそのまま利用してハーフアップに結い上げ、髪結いリボンの真珠がそのまま髪飾りになっていて金色の髪にアクセントを与えていた。結い上げたので猫耳が髪の中に隠れている。
着つけてくれた女性達があたしの姿を見て満足そうな表情を浮かべてくれたのも嬉しかった。
晩餐会は皇帝陛下も顔を見せ、貴族であれば爵位は侯爵以上。官位なら大臣に将軍というバルト帝国の重鎮だけを揃えた錚々たる顔ぶれで行われるらしい。これは晩餐会というよりも、まるで国家の威信と命運を掛けた御前会議みたいだ。
宮内官に案内されて晩餐会の開かれている会場内に入ると、あたしを見た人達が一様に息を飲む気配を感じた。
「これは美しい」
先に会場に来ていた正装姿のソロモンがあたしの姿を見て褒めてくれる。美しいとは言ってくれるけれども息を飲むほどには見蕩れてくれないんだね。せっかくおめかししたのに。
貴方が驚いてくれなくちゃお洒落した意味が無い。
法務相に軍務相、国務相に財務相とバルト帝国の政治を動かす大臣達があたしとソロモンに頭を下げながら挨拶をしてきた。内務相のワインバーグ侯も挨拶に来てくれた。
「ソロモン様、セリカ様。今宵はどうか存分に宴をお楽しみください」
黒を基調にしたイブニングドレスを着たワインバーグ侯がにっこりと微笑みながら美しいカーテシーを見せてくれた。帝国の政略を担う超エリートでありながら淑女としての作法も完璧にこなしてみせる彼女は本当に素敵だ。
「ワインバーグ侯は頭も良くて見目麗しい。才色兼備を地で行かれる御方だ」
ソロモンが珍しくあたし以外の女性を褒めた。ちょっと意外。
「お恥ずかしいです。私などソロモン様やセリカ様の足元にも及びません」
目を伏せてワインバーグ侯が静かに答えた。ソロモンは別として、あたしの場合はベステトの頭脳と力を得たから規格外の知識と能力を持っているだけで元々は普通の女子中学生だ。特異技能のおかげもあったのだろうけれども自分の才能と努力で大臣の地位にまで上りつめたワインバーグ侯に比べたらあたしの方こそ足元にも及ばない。
ワインバーグ侯が挨拶を済ませると他の大臣や将軍が挨拶をしに来た。他には大貴族の公爵や侯爵といった方々。そうしたバルト帝国の重鎮達との挨拶も終わる頃、宮内官が皇帝の来場を告げ、一同は静まり返った。巨大国家の主の登場ともなれば重々しい雰囲気になるのは当然だけれども、表面上は別にして実質的にはあたしとソロモンにはどうでも良かった。
というかそもそも大臣や将軍や大貴族との顔合わせも意味なんて無かった。それは向うも同じ思いだろう。あたしとソロモンに用があって呼び出したのはジュリエットなのだから。
無双特異技能を持つSランク同士の争いに国家の入り込む余地なんて無い。アトランティス大陸最大の版図を誇るこのバルト帝国でさえ、Sランクの力の前には赤子同然。
ジュリエットは何を考えているのだろう?晩餐会であたし達を油断させて不意打ちなんてつまらない事を考えているとも思えないのだけれども。
壇上の玉座に皇帝が腰を下ろし、宰相がその階下の前で頭を下げる厳かな雰囲気の中。皇帝が会場に集う選ばれた者達に声をかけようと口を開いたその時、突然玉座が破壊される。皇帝陛下は階下の先まで飛ばされて倒れた。床に額を打ちつけて皇帝陛下の頭から血が出ている。場の空気が凍りついた。
「おままごとはお終い」
破壊された玉座の背後にある緞帳から、真っ赤な薔薇をデザインしたイブニングドレスに身を包む美しい女の子が姿を見せた。
長い黒髪を結い上げて、潤んだように煌めく青い瞳を持つ女の子。この妖しい香りを放つ声には聞き覚えがある。ジュリエットだ。
「お久しぶりです、ジュリエット」
ジュリエットの姿を視界に捉えたソロモンが右手を自分の胸に当て腰を曲げて綺麗な紳士の礼を執った。
「あら、ソロモン。前回は私の顔を見た途端にいきなり襲い掛かってきたのに今回は紳士的な・・・・・」
ジュリエットの首が飛ぶ。
ソロモンにジュリエットが笑顔で話しかけている途中の出来事だった。
ソロモンの左手には神殺の剣が握られている。あたし以外、その場に居た者達には何が起こったのか分からない。超加速してソロモンがジュリエットの首を切断していたのだ。
艶やかな長い髪ごと切断されたジュリエットの首は、額から血を流して倒れている皇帝陛下の側まで転がり落ちて止まった。
「先手必勝です」
神殺の剣を肩に担いでソロモンが呟く。
「ていうか不意打ちじゃん。さすがソロモンはやる事が汚い」
もう、苦笑いしか出てこないよ。相手がまだ話している途中で殺しちゃうんだもん。晩餐会に集まっているバルト帝国の重鎮達は頭が状況についていけず唖然と立ちつくしている。
あたし達を歓迎する名目で開かれた晩餐会に飽きたのか。それとも皇帝陛下を後ろから吹き飛ばすのも余興の一つだったのかは分からないけれども、とにかくジュリエットは皇帝陛下が挨拶をしようとした時、玉座を破壊して皇帝陛下を吹き飛ばした。
そして現れたバルト帝国の真の支配者・ジュリエットもソロモンによって首を切断されて死んでしまう。バルト帝国が全力を挙げて立ち向かっても絶対に敵わない雲の上の存在であるSランク達のする事は滅茶苦茶で普通の人間にはついていけない。
壊れた玉座の隣で倒れている真っ赤な薔薇のドレスを纏うジュリエットの首なし死体と、髪まで切断されたおかっぱ頭の首が青白い炎を上げて燃えだした。
「復活などさせません」
ソロモンが空操魔術と火操魔術を使って、ジュリエットの体と首を燃え盛る炎ごと氷の球体の中に閉じ込めた。空操魔術で外気と温度を遮断し、火操魔術で熱エネルギーをコントロールして炎さえも瞬時に凍らせる絶対零度の氷の玉にする。
「ジュリエットは不死鳥の生き血を飲んでいるの?」
炎ごと体と首を凍らせた二つの氷玉を見つめてあたしが尋ねるとソロモンが頷く。
「はい。不死鳥の生き血を飲んでいるので彼女は不死身です。首を切り落とされようと、肉体を細切れのミンチにされようと炎の中で元の姿に復活してしまいます」
「じゃあ、このまま永遠に氷漬け?」
「いえ。消滅させます」
ソロモンが気軽に言いながら右手を振り下ろすと空間が切り裂かれ、ジュリエットの首と体の入った氷玉は空間の裂け目に吸い込まれて消滅した。あの中に吸い込まれたら原子さえも残らない。文字通りの消滅だ。
「人が話をしている時は邪魔をしないで最後までお聞きなさい」
ソロモンを非難するジュリエットの声が会場の中に響く。
声のする方を振り向くとシャンパングラスに口をつけながらこちらを見ている彼女の姿があった。虚空に吸い込まれて塵も残さず消滅したはずのジュリエットがいつの間にか会場の中に居るのを見てバルト帝国の重鎮達は混乱している。
神殺の鋭い剣先がジュリエットの首に襲いかかった。
「本当にせっかちな人ね」
ソロモンの持つ剣はジュリエットの首を斬り落とすことなく、彼女の細い首筋に触れる寸前で止まった。ジュリエットの首を再び狙った神殺の剣がジュリエットの持つ剣によって止められたからだ。
神殺の剣を止められるほどの剣。ジュリエットの持つ剣もまた神殺の剣らしい。
「ここから余興の始まりね」
にっこりと微笑んでジュリエットがソロモンの持つ剣を弾きかえした。どちらも超加速して剣を斬り結ぶ。余興といっても超加速しているのであたし以外の人達には何も見えない。
本来なら音速を遙かに上回るスピードで動く2人のパワーに城の床は耐えられないし、その動いた事で発生する衝撃波は周囲の人々を巻き込んで城を崩壊させるほどの破壊力があった。2人共五大元素魔術万能で強靭な魔法の足場と衝撃波を吸収する結界を張っている。
一応は2人共、周囲に気を使っているようで少しだけ安心したよ。
<貴女も参加していいのよ>
ソロモンとの激しい打ち合いの中、細くしなやかな腕で剣を握るジュリエットは余裕の笑みを浮かべながらあたしに思念波を送ってきた。
御冗談を。神さえ殺す剣が超音速で振り回されている所にのこのこ出て行く勇気なんかあたしにはありません。
<参加してくれないの?それならば貴女の分までソロモンには私と遊んでもらいます>
ジュリエットの持つ剣が2本に増える。両手に神殺の剣を握るジュリエットは楽しそうに笑いながらソロモンに剣を振るった。ソロモンが押され出した。ジュリエットは攻撃に回転を加え舞うようにソロモンに襲い掛かる。
全叡智の無双特異技能を持つジュリエットだ。剣の技も神の領域だろうし、剣を作る技術も神の次元にあるのかもしれない。彼女にかかれば神殺の剣を作り出す事など造作も無いし、ソロモンを上回る剣技を持っているのも当然だった。
神殺の剣を握るソロモンの左腕が宙を飛ぶ。ジュリエットに斬り落とされたのだ。
すかさずジュリエットの剣がソロモンの首を狙う。
あたしは慌てて爪撃をジュリエットに放った。
あたしの放った爪撃はジュリエットの剣によって軽く振り払われて威力を掻き消される。
「やっと参加する気になったのね。嬉しいわ」
やわらかなプリンに刺すような容易さでジュリエットの剣先がソロモンの心臓の位置を突き刺して背中を突き抜ける。そのまま彼女が手首をくいっと上に向けるとソロモンの心臓を刺していた剣は肩口まで一気に斬り裂いた。左胸の心臓の位置から肩までを斬り裂かれたソロモンはその傷口から噴水のように鮮血を撒き散らしてその場に倒れてしまう。
「次は貴女の番ね」
赤く艶めく唇を舐めて妖艶な笑みを浮かべると、ジュリエットがあたしに襲い掛かってきた。
<ちょっと待って。あたしは素手です!武器は持っていません!>
驚いて思念波を送ったけれどもジュリエットに止まる気はまるで無かった。




