2・ロワイヤル城
馬車に揺られる事約1時間。見渡す限りの平野の中に小高い丘のような山が見える。その山の頂上に石造りのお城が建っていた。アニュシオン市の外縁部南側にある丘のような平山に建つそのお城が、プリッド伯爵の住まうロワイヤル城だった。
あたし達の乗る馬車は普通の馬が引いていたけれども、プリッド伯爵の乗る馬車は一角馬が引いていた。一角馬の駆ける速さは地球のサラブレッド並に速く、重種馬よりも力があって頑丈だった。こちらの馬車の半分の時間も掛からずにロワイヤル城に到着している。
「気に入らない」
馬車を降りながらソロモンが呟く。
「気持ちは分かるけれども堪えてね」
不機嫌さを隠しもしないソロモンにあたしは苦笑いで答えた。
「馬鹿な貴族の態度は今に始まった事ではないので私自身は気になりません。石ころが何をしようと興味もありません」
「じゃあ、そんなに不機嫌なのは、あたしのために怒ってくれているから?」
「セリカを侮辱した態度を取られると、なぜかいらいらするのですよ」
「うん。ありがとう」
「今はお礼を言われても嬉しくありません」
「あはは」
プリッド伯爵は姿を見せず、城で働く使用人とさっきの騎士隊長さんらしい人が城内を案内してくれた。隊長さんは案内というよりも見張りだろうけれども。
冒険者は決して侮れない。Dランクの冒険者でさえ、兵士が複数人でかかっても手こずるか下手をすると負けてしまうくらいに手強い。ましてCランクともなれば百人近い兵士か、猛者の騎士でもなければ対抗できないくらいの強さがある。
さっきのプリッド伯爵は完全に油断しすぎ。もしも乱暴で短気なCランク以上の実力を持つ冒険者にあんな横柄な態度をとっていたら攻撃されて死んでいたかもしれないのに。
優れた特異技能を持ち合わせない平民や部下達くらいしか見ていないんだろう。優れた特異技能を持っていないからこそ平民は平民であり、一兵卒は一兵卒であるというのに。
国中全ての貴族がこのプリッド伯爵のような世間知らずだと国は滅んでしまうだろうから、ちゃんと思慮深い貴族達も沢山いるだろうけれども、庶民には横柄な態度をする貴族はやっぱり多いみたいだね。「高貴なる者の義務」なんて言葉はこちらの世界には無いようだし。
城内に宛がわれたあたし達の部屋は宿の部屋よりもかなり上等な内装で部屋そのものには何も文句はない。ないけれども、千里眼で見た城内の他の客室と見比べるとやっぱり見劣りする。もうここの城主には絶対に好意を持てそうになかった。
「お食事の用意が出来ました」
城の使用人の女性2人があたし達を呼びに来た。
そういえばお昼だね。あたしとソロモンは女性2人の案内で食事に向かう。するとなぜか、ソロモンとは別の方向に進まされた。
「なぜ、私とセリカが別の部屋に別れて食事をしなければならないのですか?」
ソロモンが不機嫌そうな表情で案内役の女性に尋ねると、女性は「上の人からそうするように指示されただけなので分かりません」と答えてきた。
「ソロモン、ただの食事だよ。食べる時くらいは離れても仕方ないよ」
あたしがそう言ってソロモンをなだめると「では入浴の時は一緒でも構いませんね?」と口もとに笑みを浮かべて言ってきた。
「馬鹿!」
こういう軽口をソロモンはすぐにたたくんだよね。その気も無いくせに。
食事をするために通された部屋は宛がわれた部屋とはうって変わって豪華な造りだった。大きなテーブルの先には見覚えのある人が座っていた。プリッド伯爵だ。
案内役の女性は扉の所で部屋から退出してしまい、そこからは上級の召使服を着た女性が案内してくれた。どうやら城内には城主や大事な来客をお世話するための上級の召使さんと、下働きをする事が本職の下級の召使さんとに分かれているみたいだ。
「私と共に食事をする事を許してやる」
プリッド伯爵様が許して下さるお陰で、あたしは離れたくない人と離れて、食事をさせていただく事になりました。
とても美味しいお料理のはずなのにちっとも食が進まない。やっぱり一緒に食べる相手というのは大事だよ。好きな人と一緒に食べる食事は普通の家庭料理でもとても美味しく感じるし、嫌いな人と一緒に食べる食事は豪華なディナーであっても味が分からなくなってしまう。
「なんだ、もう食べないのか。意外と獣人の雌猫は小食なのだな」
脂ぎったお肉をフォークで口に運びながらプリッド伯爵が話しかけてきた。貴方がいるから食欲が湧かないとはさすがに言えない。
城主の食事が終わるまでは勝手に席も立てない。
黙ってプリッド伯爵の食事が終わるのを待っていると召使さんが来て違う場所へ案内すると言われた。プリッド伯爵はまだ食べていた。案内された場所は大きな浴場だった。
ふえ?
何だかこの流れって既視感がある。
確か前回はサウス・セリアンスロープのイスパルタだった。
そして今回はアニュシオンのロワイヤル城ですか。
まさか、本当にこのままお風呂の後はベッドとかって流れにはならないよね?だって帝都から要人として丁重に扱えって指示を受けているし。そこまで馬鹿な真似はしないよね?
ない。いくらなんでもここの城主がそこまでお馬鹿だとは思えない。思えないけれども、あたし達へのこれまでの対応を見るとやりかねない気もしてくる。
大きな浴場に入ると召使さん達がたくさんの良い香りがするきめの細かいソープを泡立てて優しくあたしの体につけて洗ってくれる。髪も丁寧に一房づつ梳き洗いをしてくれた。
うーん。気持ちが良い。お風呂の後はアロマオイルをすり込みながら、ゆっくりとマッサージまでしてくれて至福の時間が流れたのだけれども、その後に用意された服はまた体が透けて見えてしまうようなネグリジェドレスだった。
しかも今回は丈が短くて膝の辺りまでしかない。肩口や胸の所も大胆なデザインで、とてもじゃないけれどこんな服は着れない。
ここまでくるともう既視感どころの話じゃない。絶対にこの先には進んじゃいけない。また張り倒す事になる。あの時は殴った相手が英雄級の獅子王だったから殺さずにすんだけれども、普通の人間である今回の相手を殴ったりしたらその瞬間に塵も残さず消し飛ばしてしまう。
やってられない。
あたしは洗濯に持っていかれてしまったチュニックドレスを光に変換して再び自分の体に着ける。それからチュニックドレスの内側に折りたたんでしまっておいた魔法の袋を出して、中から灰色のマントを取り出すとチュニックドレスの上に纏う。
「あの、そのような格好をされては困ります」
「こちらのネグリジェドレスを着て頂かないと」
「そのような薄汚い灰色のマントを着けられては主様に私達がお叱りを受けてしまいます」
口々に召使さん達に言われてしまった。
あたしのマントは薄汚くなんかない。ちゃんと清浄魔法をかけているから念入りに洗濯するよりも清潔でマイクロの汚れ1つ無い綺麗なマントなのに。
召使さん達が怒られるのは気の毒なのでネグリジェドレスに着替える事にした。
でもこれだけは言わせてもらう。
「せめてこの上に何か羽織る物をください。常識のある人なら、こんな格好は恥ずかしくて出来ないと分かるでしょ?」
あたしの言葉に召使さん達は頷いてくれた。こんなネグリジェドレスは着れたものじゃないと普通の女の子なら誰でも思う。
薄手のガウンを持ってきて着せてくれた。これで透けている上半身は隠せた。足もとも膝下までは隠せたから良い。三年女子はほとんどの子が太ももが見えるスカートだったけれどもあれはファッションとして定着していたから平気だったんだ。
でもこちらの世界では太ももが見えるような短い丈のスカートなんて痴女か、お水のお仕事をしているお姉様方が着るものだから。こちらの世界の常識に馴染んできたので、もうそんな短い丈のスカートは恥ずかしくてはけない。
そしてやっぱりベッドのある部屋に連れて来られた。
ここまでは召使のお姉さん達が可哀想だったから言う事を素直に聞いていたけれども、ここからは好きにさせてもらう。しばらくしてプリッド伯爵が部屋に入って来た。ベッドに腰を下ろすと、薄手のガウンを羽織るあたしを見て面倒そうに口を開いた。
「そのガウンを脱いで早くこっちに来い」
「お断りします」
「何?私が側に来る事を許したのだ。さっさと私の側に来んか」
「帝都からあたし達を丁重に扱えと言われているのでしょう?それでこの扱いはちょっとないのではありませんか?」
「だから丁重に扱っておるではないか。私がそのほうのような下々の者に情けをかけてやるのだ。ありがたく思わんか」
「はっきり言って迷惑ですのでお断りさせていただきます」
「何?獣人の分際でその口の利き方は無礼だという事も分からんのか?猫の小娘が生意気な口を利きおって。これだから馬鹿は面倒なのだ。よかろう。たっぷりと躾てやるからこっちに来い」
「貴方こそ無礼ですね。あたしはこの国において重要な要人扱いとなっております。こうして特別待遇の真銀カードも所持しているのですけれども。それでもまだ、無礼な態度をするつもりならば帝都からやって来た使者にこの不当な貴方の行いを報告して厳しい処分をしてもらうように言い渡しますが。それでも宜しいのですね?」
「むう。下賤な獣人の分際で私を脅すつもりか!」
まだあたしに言う事を聞かせようとしている。そろそろ気づいてほしい。実力の方は隠しているから分からないのは仕方がないけれども。今のあたしは立場上、権力の面でも貴方より優位なのに。
貴族なんて権力バランスに敏感じゃないと身の破滅に繋がる。本当にこの人は地方に篭っていて中央の権力争いなどには無縁だったんだろうなぁ。
あきれて次はどう言えば理解してくれるだろうと考えていたら、重厚な部屋の扉がバリバリと引き千切られて廊下に飛んでいった。やったのはソロモンだった。
「私のものに手を出すとは命が惜しくないらしい」
殺気のこもる目でプリッド伯爵を睨みながら、ソロモンが部屋の中に入って来る。
これは本気で怒る一歩手前のソロモンだ。これ以上怒らせたらもう手がつけられなくなるかもしれない。慌ててソロモンを止めようと思った瞬間、騎士達がやって来る気配を感じた。
ここから色々なパターンを考えてみる。
穏便に済ませる方法も浮かんだけれどもやめた。
穏便に済ませるパターンを選ぶと凄く面倒くさい。そこまでプリッド伯爵の事を立てる気力はこれまでの経緯で擦り切れちゃったよ。もうソロモンが相手を殺さないでくれるならどうでもいいかな。
「ソロモンさん」
「何ですか、セリカ?まさか、大人しくしろだなんて言うつもりですか?」
「殺したり、重傷を負わせないでくれればもう文句は言いません」
「私としては城内の者は1人残らず消し去りたい気分なのですがね」
「それはやめてください!お願いします!」
本気で懇願すると何とかソロモンは頷いてくれた。ソロモンの怒りがまだ抑えられるレベルだったから良かった。抑えが効かないほどだと、本当に城ごと消しかねないから。




