14・熊の女神様は現在チート猫さんです
「セリカ!」
神殺の剣を超音速で振るいつつ壁を破壊して進んでいたあたしが突然倒れたのを見てソロモンが驚愕の声を上げた。
「やってくれるじゃない」
地面の上で起き上がりあたしは呟やく。
「セリカ。貴女の右の目がありません。潰れてなくなっていますよ!」
「うん。ソフィが目が潰れると言ったからね。それであたしの目は潰された。実際には眼球どころかその奥の脳まで傷つけられちゃったよ」
右側の目は光の矢によって完全に裂き潰されてぽっかりと深い空洞になっている。穴を覗けば奥に脳梁と血がどろりと溢れ出してきているのが見えるはずだ。
「脳まで傷ついたのですか?それは思考力そのものを失う場合もありますよ。大丈夫なのですか?!」
「うん。平気だよ」
光の矢が瞳に刺さる瞬間に痛感覚を意識から切り離しておいて良かった。痛覚を意識に繋いだままにしていたら眼球を抉られる激痛に耐えかねて気が狂っていたかもしれない。
思考回路は肉体脳と幽体脳の2つがあるから肉でできている脳が少しくらい破壊されても問題はないはず。さすがに頭を粉微塵に吹き飛ばされたら死ぬけれども。
「ソフィは自分を見られる事も許さないみたいだね」
千里眼でソフィの姿を捉えた途端にあたしの右目は潰された。自分の気に入らないものはすぐに壊すタイプの女性みたいだ。
でも1つだけ分かったことがある。それはソフィの言霊の効果が出るスピードは光の速さを超えられないという事。光の速さの中でなら物理法則を無視した強引な修正さえ可能だけれども。光より速く言霊の効果を出す事はできないみたいだ。
考え事をしていたら、いつの間にか右目が見えるようになっていた。
ソロモンが癒しをかけてくれている。
「あ、ありがとう。ソロモン」
「見ていられませんから。右目のあった所から脳梁と血がだらだら溢れ出しているセリカの姿は見ていて心が痛くなります」
「あ、ごめんね。気持ち悪いものを見せちゃって」
「気持ち悪くなどありません。ただセリカが可哀想だっただけです」
何だろう。凄く愛されていると感じてしまう。
そういえば歴代大統領の中でパレード中に頭を狙撃されて脳が飛び散った人がいたけれども。その時に側にいた大統領の奥さんはその飛び散った旦那さんの脳みそを泣き叫びながら拾い集めたという。
心から愛している人のものならばどんな姿になってしまっても愛おしい。肉片になってしまっても。骨になってしまっても。それは愛する人を形作っていたものだから。
あたしも人を愛してしまったら、そうなるだろうと自分で分かる。あたしが愛した人は死んで肉体が腐っても。骨だけしか残っていなくても。あたしはそれを愛おしいときっと思うだろう。
死んでも諦めきれない。愛する人の事は死んでしまっても愛し続ける。
ソロモンとあたしはどこか似ていると感じていたけれどもこれだったんだね。
自分が好きになった相手は、どんな姿に変わり果ててしまっても愛が消えない。
どんな醜い屍になってしまっても愛情しか湧かない。肉が腐って虫がわいて、鼻が曲がるほどの腐臭にさらされても愛情が勝ってしまう気がする。
「さて、どうしましょうか。進もうとすればまた目を潰されますよ?」
「目を潰されるのはさすがに勘弁してほしいかな。痛覚を切り離していても、あの眼球を突き裂かれる感触は気持悪すぎて今思い出すだけでも鳥肌が出てくるよ」
「それならば何か解決案が浮かぶまで、ここに留まるしかありませんね」
ソロモンの言葉に頷きながら千里眼で周囲を見る。
あたし達の立っている場所から左右後方20km先にも壁があり、それは天空にまで届き塞がっていた。目に見えない透明なドーム状態の壁になっている。それが何万層にも重なって包み込んでいた。
閉じ込められてしまった。
自由に動き回れるのは直径20km。天井の最高値も20kmぐらいだ。
ドーム状の壁の中は荒涼とした大地が広がり、小さな街が1つと村が1つだけあった。しばらくはここの街や村で生活する事になりそうだね。
閉じ込められて急ぐ必要性もなくなってしまったので、あたしとソロモンはゆっくりと歩きながら街に向かう事にした。
「ソフィの無双特異技能の言霊はチートだけれども全てに対して万能というわけではないみたいだね」
あたしは今までのソフィの行動を思い返しながらソロモンに言った。
「と言いますと?」
「ソフィの言霊が何にでも力を発揮できるならばあたし達のステータスを書き換えたり、無にする事もできたはず。その方がずっと簡単なのにそれはしてこない。ということは、彼女の言霊の力が及ぶのは現実の事象。この世界の物体と空間までという事。
あと精神も自在に動かせるのかもしれないけれどもあたしやソロモンのような規格外の存在には精神干渉は難しいのかもしれない。それが証拠にあたし達を言い聞かせようとはしてきたけれども、直接的に心を操ろうとはしてこなかった」
「そうですね。ソフィの言霊の力が及ぶのは確かに現実世界の出来事までです。創造神が作り出したステータスの機能まで思い通りに操る事はできません。ただ、それを出来るSランクはいますけれどね」
「え、やっぱりいるんだ。というかソロモンの能力奪取だって立派なステータス操作だよ」
「私の能力奪取はステータス操作といえるほどの自在性はありませんからね。そこにある能力や特異技能をこちらに移すだけですから。でも能力書き換えの無双特異技能を持つ者は違います。
彼女は有りもしない特異技能を作り出したり、凄い特異技能を無能に書き換えたり消滅させたりもできますからね。もしかすると最強の無双特異技能を持つ者はソフィではなくて彼女かもしれないと私は思っています」
「能力書き換えができる彼女って誰?」
「Sランクで名前はプーさん。姿は黄色毛という珍しい毛色をしていますね」
「え、プーさん?姿が黄色毛?」
「はい。ちょっと変わっていて気難しい女性です。前世は人間だと思うのですが、なぜか今生では猫に転生していますね。彼女の無双特異技能なら人の姿になるのも簡単なはずなのに猫のままだし。たしか自分で前世は熊の神様だったと言っていましたよ。少し頭がおかしいのかもしれません」
ふぁ!
それって多分、江梨花という人が作ったプーさんじゃないのかな。大きな熊のぬいぐるみの姿で猫の鳴き声でしか話ができなかったという神様。
生きていたんだ。転生でもなんでも生きていたなら良かったじゃん。
「ソロモンってSランクの人の情報に詳しいよね。もしかしてSランクの人達は皆が連絡を取り合って情報交換をしているの?」
「まさか。Sランクの者は皆、気ままで自分が一番だと思っていますから他のSランクになど興味を示しません。創造神教の大司教・ジュリエットと大賢者・ソフィのように仲が良いのは稀な方ですよ。
私が他のSランクに詳しいのはSランクの能力を奪おうとしたからです。ジュリエットには近づく前から察知されてしまいましたし、ソフィには奪い取る前に目を潰されました。
そしてプーさんにいたっては私の能力奪取が効きませんでした。私の無双特異技能をガラクタにすると脅されて二度と近寄らないように約束までさせられました」
「あう。何だかソロモンらしいエピソードだね」
ついジト目でソロモンを見てしまう。
するとソロモンが少し拗ねたような表情を見せた。
何だかソロモンが可愛い。
人口4千人ほどの小さな街に着くと宿を取った。こんな小さな街ではノルドールのような設備の整ったホテルは望めないのでシャワーは諦めている。
ソロモンが2人で1つの部屋を頼もうとしたので、すぐに却下して泊まる部屋は2つ用意してもらった。契約サインが終わって料金も払い終わったのにソロモンが後ろから不平をこぼしていた。無視する。
宿の食堂に入ると男性客達の視線を感じた。
イスパルタの時と同じだ。男の人の視線があたしに向かってきているのが分かる。ノルドールの時は周りがほとんど美男美女で自尊心の高いエルフばかりだったのでそれほど男の人の視線を感じなかった。でもここは人族の街だ。
このベステトの体が男の人の興味を引いてしまう姿だという事はわきまえているつもりだったけれども、いざこうして視線を受け続けると落ち着かないし、とても居心地が悪い。
食事が来ると味を楽しむ事もできず、急いで食べて自分の部屋に篭った。
ベッドに仰向けに寝ているとドアをノックする音が聞こえた。ソロモンだ。
あたしは急いでドアを開けてソロモンを部屋の中に入れた。ソロモンのあたしを見る視線は嫌じゃない。この人のあたしを見つめる目は心を落ち着かせてくれる。
「どうしてあんなに急いで食堂を出て行ったのですか。食事が不味かったからですか?」
「違うの。あたし、男の人の視線に慣れていないから見られると落ち着かなくて」
「私もよく女性からの視線を感じますが何とも思いませんね」
「そりゃあ、ソロモンは平気でしょう。自分の興味のない人は道端の石ころくらいにしか感じていないのだから。あたしの事はそんなふうに感じていないよね?」
「どうしたのですか?セリカは特別に決まっているでしょう。絡んできますね。私としては嬉しいですけれども」
にこにこしながらソロモンは言った。
「ねえ、ソロモン」
躊躇いがちに呼びかける。
「何ですか?」
言葉が出ない。でも勇気を出さないと。どんな結果になろうとも。
「お願い、ソロモン。あたしを撫でて。優しくして」
ソロモンがあたしを見つめたまま硬直した。
あう。あたしだって恥ずかしかったんだ。勇気を出して言ったんだから答えて。拒絶でも構わないから。
しばらくして強張っていた表情を崩すとソロモンはあたしに寄り添って優しく髪を撫でてくれた。肩をさすり、背中を優しく撫でてくれる。とても優しくて温かい触り方がそこにはあった。
「ありがとう。ソロモンが優しく撫でてくれたから気持ちが落ち着いたよ」
「また撫でて欲しくなったらいつでも言ってくださいね。こういう事なら大歓迎です。ただし、次はもう撫でるだけでは我慢できずにもっと先の事までしてしまいそうですが」
「それはまだ怖いから嫌」
あたしの答えにソロモンは不満そうな表情を見せた。
その表情を見た瞬間、胸がチクリと痛んだ。
ソロモンが部屋から出て行くと、あたしはベッドでうつ伏せになる。
知識照合システム。
(はい)
分析結果は?
(すでに完了しています)
では分析から得られた予想に従って行動を開始しなさい。
おそらく江梨花を救い出すための最後の切り札になります。
(分かりました。セリカ)
うつ伏せで隠れている胸元の小さな宝石。
その宝石が桜色に輝いている。これまでの輝きとは比べものにもならないくらいに眩い光を放って。強く、力強く輝きを増していく。
桜宝珠は今までで最高の輝きを放っていた。