7・神さえも殺す剣
あの創造神教の信者3人がいた路地裏から結構遠くまで逃げたと思う。ここまで来ればもう大丈夫だろうとは思うけれども念のために黒い仔猫の姿に変身して街を歩いた。
歩きながらベステトの知識照合システムを使って情報分析をする。
ペガサスにドラゴン。天使に悪魔。魔王に勇者までいるこの世界だけれども、それらおとぎ話の生き物は創造神によって作り出された。その時に歴史まで作り変えられているらしい。
でもそうした中でも創造神が作り出したモノではないモノが存在している。
例えば先ほどの創造神教の信者の異様な変化や砂漠の魔物である食屍鬼や悪鬼だね。これらは創造神の作り出したシステム外の存在だ。
冒険者や英雄や魔物に天使と全ての者は創造神が作り変えた物理法則のシステムの恩恵を受けている。今のあたしだってある程度はその恩恵を受けている。
でも創造神教の信者や食屍鬼、悪鬼は創造神のシステムの力など借りずに怨呪の力で異常な力を得ていた。
怨呪と愛は正反対の力。
そして創造神のシステムなどに縛られない無限の力。
もっと情報が欲しい。
あたしは猫耳女の子の姿に戻る。
そして協会の管理する図書館に入って調べものを始めた。
石を土台にした3階建ての木造図書館でアトランティス大陸近現代史91巻という分厚い本を広げて机に座って読みながら、あたしは現実味の無い想像に捕らわれて苦笑してしまう。
あたしは誰かにずっと見られている。
それはエリカさんに神を作る能力を与えて異世界転生させた人。
それとも別の誰か。
そこはあやふやな感じだけれども、とにかく誰かに観察されているような予感がしたんだ。
駄目だ、あたし。
いくら何でも想像力逞しすぎでしょ。
歴史書に目を通しながらノルドールに来た時から今日までの経緯を思い出し記憶を整理していると、目の前に影が差した。
誰かがあたしの前に立ったのだ。
誰?
あたしは顔を上げる事なく、千里眼で目の前に立つ人物を探った。
千里眼で見えたその人物は・・・・・・。
ハンサムだった。
ダークブロンドのくすんだ長い金髪にグレーがかった瞳。光の加減ではグレーの瞳は白銀にも見える。美男子がまた現れたよ。どうしてあたしの周りには、こんなに都合よく綺麗な人が現れるの?
ただの偶然なの?
それならラッキーなだけだから良いけれども。
美男子があたしに話しかけてきた。最初は当たり障りのない挨拶で。
「こんにちは。麗しいお嬢さん」
あたしは千里眼で相手を観察しつつ、視線は書物に集中している。
「ずいぶんと熱心に本を読まれているのですね」
あたしが書物から視線を外さないで無視をしているのに美男子は怯んだ様子が欠片も無い。それどころか余裕の笑みでさらに話しかけてきた。
「呑気ですね。創造神教に懸賞金をかけられているのに」
不意に言葉の爆弾を投げ込まれて思わず相手の顔を見てしまった。
美男子は相変わらず余裕の笑みで話しかけてくる。
「やっとこちらを見てくださいましたね。美しいお嬢さん」
「何かあたしに御用ですか?」
「用はありますよ。可愛いお嬢さん」
あたしをお嬢さんと呼ぶたびに形容詞を変えてくる。
キザな奴。形容詞を毎回変えて呼ばれる事自体は嫌な気はしないけれども。
「創造神教があたしに懸賞金をかけていると言いましたよね。それは事実ですか?」
「はい。正確にはこの街にいるスタンリー司教が貴女に懸賞金をかけました」
「それって明らかに犯罪ですよね?」
「ばれなければ罪にはなりません。それに創造神教の司教を裁く事など皇帝陛下でさえできないでしょうから、罪に問われても無意味ですけれどね」
「何だか酷い話ですね」
「今や貴女はノルドール1番の人気者ですよ。創造神教の信者達から私のような裏の仕事も請け負う冒険者達にまでね」
「人気者ですか。アイドルになれるかな?」
「アイドル?アイドルとは何ですか?」
「大勢の人達のさらし者にされて、プライベートな時間もこんな風にゆっくりと本も読めずに邪魔される事かな?」
「ほう。それがアイドルというものならば、貴女はもう立派なアイドルですね」
あたしは椅子から立ち上がり、後ろに宙返りしながら飛び去る。
半瞬後、あたしの居た場所を鋭い剣尖が走った。椅子が横一文字に切断される。
今まであたしの目の前にいたこの美男子は剣など持っていなかったし、腰にも下げていなかった。それが突然、左手に剣を握り攻撃してきていた。
「アイテムボックス?あんたそんなレアな特異技能を持っているの?!」
「ほう。今の攻撃を避けるとはさすがにやりますね。アイテムボックスですか?こんな特異技能など大したものではありません。まだ驚くのは早いです」
「分かっているよ」
久しぶりに冷や汗をかいた。
最初、あたしはこの男の剣撃を避けるつもりはなかった。避けないでそのまま叩き折ろうと思っていたのだけれども、いきなり知識照合システムが警笛を鳴らしてきたので慌てて後ろに跳んで逃げたんだ。
(あの剣はいけません。あれは真金剛石を材料にして作られた神殺の剣です。本物のベステトなら問題ありませんが、残留思念にすぎない今の神体ではあの剣に殺されてしまいます)
神殺の剣?!
何て物騒な物をもっているのよ、このお兄さんは。
(神殺の武器は真金剛石から作られます。この惑星レムリアにおいて真金剛石が採掘できるのは唯一、創造神の名を冠するデミウルゴス山のみで、その流通価格は金剛石の裕に百倍。あのように剣の状態にまで加工した物ならば国が1つ買えるほどの値打ちが有るかと)
国が買えるくらいの値打ちって何なの?!
(帝国ポンド換算でよろしいでしょうか?)
値段を訊いたわけじゃなくて、あきれていたの!
<戦いの最中に考え事ですか?余裕ですね>
知識照合システムと頭の中で会話をしながら男の剣撃を躱していたら、不意に男の顔が目の前に現れ、思念波を送って来た。
え、思考加速中だったんだよ。今の状態は感覚的に1秒が2分以上はあったはず。それなのにこの男の接近に気づけなかったなんて!
最初の剣撃のスピードはせいぜい冒険者のBランク・準英雄級程度だった。それが今はAランク・英雄級の速度も超えている。こいつ、Sランクなの?!
あたしと男は図書館の屋根を突き破り、空中に出る。
音速を超えた剣撃が襲いかかって来る。
あたしはいつもの余裕などなく、その剣撃を必死で避けた。
超音速で振られた剣の空気圧はノルドール市内の建物を破壊し、人々まで吹き飛ばす。
<ちょっと、何てことするの!>
あたしは思念波で男に怒鳴っていた。
男から思念波を送られた瞬間に思念波の使い方をマスターしてしまっていたのだけれども、この時のあたしは人が大勢いる街中に平気で被害を与えた男に驚いてしまって、それを不思議に思う余裕すらなかった。
<何と訊かれても。私は、あなたを襲っているのですから攻撃するのは当たり前でしょう。それに対して改めて不満を述べられるとは、貴女も変わった人ですね>
<そうじゃない。あんたの今の攻撃で街が壊れて人がいっぱい吹き飛ばされたんだよ!怪我人だけならまだしも死んじゃったらどうすんの!>
<それ、本気で言ってます?>
不思議そうな意思を感じる思念波があたしの頭の中にとどいた。
<ふざけないでよ!あたし達とは何の関係も無い人を巻き添えにするなんて。どれだけ自分勝手な行いかは分かるでしょ?>
<これは驚いた。どうやら本気で言っているのですね。自分には関係の無い他人だからこそ、どうなっても良いと思うのですが。違うのですか?>
<無関係なのに巻き添えで殺されちゃう人の立場になって考えてみなよ!訳も分からずに殺されて。大事な友達や家族だっているかもしれないのに。そんな理不尽な事で殺されたら死んでも死にきれないよ!>
<貴女はちょっとお人好しですね。そんな甘い考え方だと早死にしますよ。しかも、そんな甘い考え方を自分はする人間なのだという事を襲いかかって来ている者に知らせる。
あまりにも甘すぎて心配になってきました。私が貴女のその甘さを利用して、市民を人質にしたら貴女は余計に逃げられなくなってしまうのですよ>
<あ・・・・・・>
<あきれましたね。そんな事にも思いが及ばないとは。何だか襲う気が削がれてしまいました>
<え、気が削がれたの?じゃあ、あたしを襲うのは止めてくれるの?>
<まだ遊び足りないので止めません>
<何だよ。馬鹿!>
この空中での思念会話。時間にして僅か0.01秒にも満ちません。
あたしは神だから思考加速は普通だけれども、こいつは人間だよね。
人間のくせに思考加速はできる。アイテムボックスはある。果ては神殺の剣まで持っている。どれだけチートなの?
チートに関しては、あたしも言える立場じゃないけどさ。
男が神殺の剣を振りかぶり高速であたしに叩きつけてきた。
ここであたしがまた避けると、その後方にある建物や人が破壊され傷つけられる。
これじゃ、躱す事はできない。結局は街の人達を人質にされたのと同じだよ。
あたしは神殺の剣を避けるのを止めた。
でもだからって、殺されるつもりはない。神の思考加速を舐めないで。まだまだこんなものじゃないんだから。
爪撃!
初めて特異技能の爪撃を使った。それも思考加速をさらに進めた思考中での使用。あたしに剣撃を仕掛けてくる男がさらに思考加速をできたとしても、肉体のスピードまで同レベルで加速させる事はできない。それは創造神の設定にも無いから。
でも生憎あたしは創造神の作った物理法則にもシステムにも縛られていない。あたしはこの世界の法則外の存在だからね。思考加速の増加と共に体の動きも速くなる。
とてもスローな動きで襲い掛かって来る剣の横腹に、一点集中させた爪撃を当てると剣が男の手から弾き飛ばされた。折るつもりで爪撃を当てたのに亀裂さえ入らない。さすがは神を殺すとまで言われる剣だね。
男が驚いているのが思念波で分かる。男の思念波はさっき思念会話をしていた時よりも10倍近く速くなってはいるけれども、今のあたしはそのさらに100倍以上の速さに思考を加速させていた。それに伴い体の動きもある程度は加速されている。ステータスでは測れない神の力だよ。
弾かれて飛んでいった神殺の剣を空中飛行で追いかけて掴む。
あ、いつの間にか空を飛べるようになっている。本気で動いたから新しい特異技能を取得しちゃったみたいだ。
この特異技能の取得のしやすさも改めて考えるとチートだ。
空中を飛んで男の側まで近寄ると、神殺の剣の鋭利な刃先を男の喉元にピタリと当てて思念波を送った。
<まだやる気ならその首を飛ばす>




