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神様の作り方  作者: 水宮
第3章・侵略国家に黒い仔猫は砂をかけたい
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3・霧はセリカの本心を隠す





あたしの言葉を聞いた2人の兵士は目をキョトンとさせて驚いていた。


2人の兵士は度肝を抜かれて驚いていたんじゃない。

呆気にとられて驚いていただけだった。


2人の兵士はぽかんと開いた口を一度閉じる。その口が再び開いた時、辺りは2つの大きな笑い声に包まれる。


「ほう。そうか!お前の虫の居所が悪くなると俺達は殺されてしまうのか。それは大変だな!」


「最近は陽気がずっと良かったから、頭の中身も温かい奴が湧いて出てきたようだ。おーい!誰か脳ミソ専門の医療魔術師を紹介してやってくれ!手遅れだろうけど」




2人が愉快そうに笑っている間に、あたしはエルフの女の子を押さえつけている兵士の真横に一瞬にも満たない時間で近づいた。そして、兵士が気づく間もなくそっと軽く押す。


あたしに押されると、エルフの女の子を押さえつけていた兵士の体は壁に叩きつけられた。そしてそのまま動かなくなる。



「え?」


自分を押さえつけていた兵士の姿が突然、目の前から消えたと思ったら壁に当たって倒れている。しかもいつの間にか真横にあたしが立っている。エルフの女の子が状況をつかめずにぽかんとするのも無理はなかった。



「なっ?!」


それは残されたもう1人の兵士も同じだった。笑っていた自分のすぐ目の前にいたはずのあたしが今はエルフの女の子を押さえつけていた場所に居るのだから。距離にして11~12mぐらい。一瞬にも満たない刹那の時だ。普通の人間では視界にも捉えられない速さ。



「なんだ?どうして・・・・・」


状況がつかめず驚愕しながら疑問の言葉を口から漏らす兵士の体が強風で吹き飛ぶ。あたしが手の平を広げてそのまま腕を振ったからだ。高速で振ったあたしの手の平からは高圧力の風が発生した。それは空気のハンマーとなって兵士の体を吹き飛ばす。





「え、何?何がどうなったの?」


あたしの動きは速すぎて普通の人の目には見えない。だからエルフの女の子が状況を飲み込めないのは仕方のない事。



「立てる?」


あたしは柔らかい声音でエルフの女の子に尋ねた。



「あ、はい」


ぽかんとしていたエルフの女の子はあたしの言葉に答えると立ち上がって話しかけてきた。


「あの。これ、貴女がやったんですか?」



「うん」


短く答えると、エルフの女の子は信じられない表情を一瞬しながらも、あたしの言葉を信じようと努力している様子が窺える。



「その恰好だと大通りに出られないでしょ?ちょっと待っていて」



あたしの言葉にエルフの女の子は自分の姿を見下ろす。

可愛らしかったはずの水色のワンピースはビリビリに破れて肌が見えていた。羞恥心に彼女は頬を赤らめて座り込んでしまう。


あたしはすぐに大通りに走り出し、衣類を扱っているお店に入ると検問所で貰った真銀ミスリル製のカードを使って女の子用の服を数着買った。


獅子王から貰った真銀ミスリル貨はあるけれども、あれは1枚で1万帝国ポンドの価値がある。日本円換算で136万円だ。そんな高価な通貨を渡されても一般の小さなお店ではお釣りに困る。


だから、あたしが服をカードで買った後、お店の人は国にお金を請求する方が良い。その方が普通に服を買ってもらうよりも多めに請求できてお金が多く入るしね。



露店以外のお店ならどこでもある請求書にカードを翳してあたしは自分の名前と合言葉を呟く。


「セリカ。バルトの庇護の元。バルトの認証の明かし。バルトのカードを使う」


あたしの手に触れている事と名前と合言葉を口に出す事でカードは起動する。

カードから請求書に文字が焼きつけられ、最後にバルト帝国の双頭の鷲の紋章が入った。これで、このお店をあたしが利用した証明書兼請求書の出来上がりだ。


だけど凄いね。


これって、地球の最新科学技術でも作れないほどの機能を持ったカードだよ。こんな物が科学も進んでいないのに作れちゃうくらいだから文明も発達しないんだろうね。だって魔法でどうにでもなっちゃうから発達の必要性がないもん。



カードで女の子用の服を買ったあたしは、そっと地を蹴ってジャンプした。

見る間に視界は高くなり、4階建ての建物の屋根が視界に映った。あたしの跳躍を見た街の人々が驚きながら見上げているのが分かる。こんな事をしたら目立ってしまうのでやりたくなかったのだけれども、今は急がなければいけない事情があった。


あたしにとっては攻撃ともいえない攻撃だったけれども、それでエルフの女の子を襲っていた2人の兵士は倒れて気絶している。その姿を目撃した1人が憲兵に通報していた。


憲兵に通報したのは襲われていた女の子と同種族のはずのエルフの男性だった。

ほとんど全ての同種族はお互いに助け合い、庇い合って生きている。でもこうして同種族である仲間を見殺しにしたり、不利になるような行いをする者はどうしても出てくる。


仲間を裏切る事によって、自分だけは他の者よりも良い待遇を得られるから。


それをあたしは責めようとは思わない。




1回のジャンプで約250~300m進む。2回目のジャンプで目的の路地裏に着いた。あたしはエルフの女の子に服を渡して急いで着るように促すと、千里眼で周囲を見回す。


いた。

憲兵らしき服装の兵士達6名がこちらに向かって走って来ている。

ここまでの距離350m。あと1分とかからずにやって来るだろう。


こうなってしまった以上、あたしは覚悟が出来ている。だけど、このエルフの女の子だけはこの騒動から逃したい。あと1分では着替え終ったところで彼女も見つかってしまうだろう。


「ごめんね」



「え、何?・・・・・・きゃあーっ!」



あたしは、まだ着替え終わっていないエルフの女の子を抱き上げると、そのままジャンプをしてその場から離れた。








それからエルフの女の子の案内で彼女の家に着くと、あたしはさっそく家の中に居た彼女の母親に事情を話した。母親は兵士達に襲われた自分の娘を抱きしめて無事を喜ぶと、あたしに何度もお礼を言ってきた。


あたしは自分がそうしたかったからしただけ。お礼なんて言われる覚えは無い。

と不愛想に答えた。すると母子ともども目を丸くして驚いた後、あたしの顔を見ながらくすくすと笑いだした。


な、何?

あたし。そんなにおかしな事を言った?





その後、お互いに自己紹介をする。

女の子はセルマ。母親の名はシビル。2人はとても仲の良い親子だった。

テーブルを挟んで席に座りながら話している間もずっと隣同士でくっついている。娘のセルマが母親のシビルに甘えるように腕に抱きつき、それをシビルは微笑みながら時折見ている。


2人の姿を見ていると胸が締め付けられて堪らない。それはあまりにも羨ましくて。そんな母と娘の関係にどれだけ焦がれたか。


一度でもママとそんなふうにできたなら、あたしは死んでも良かった。




「セリカ、どうしたの?何だかとっても悲しそう」


シビルの腕に抱きつきながら心配そうにあたしを見つめるセルマに、あたしは「何でもないよ」と答えて微笑んだ。


そうだ。今は落ち込んでいる場合じゃない。


兵士2人を倒したのはあたしだ。

でも、元々はセルマが「国家に叛意の疑い有り」とされて、2人の兵士達に連れ去られたのが原因だ。もちろんセルマにそんな考えはあるはずもなく、それは目についた美しい娘を拐かして辱める為の言いがかりでしかない。


それでも駄目なんだ。兵士が自分の欲望を満たすためについた卑怯な嘘であっても支配者のバルト帝国軍人に盾突けば圧倒的不利な立場になるのはこちらなのだから。


理不尽だ。腹が立つほどに理不尽で、どうしようもないくらいにもどかしい。

それでも、それがまかり通るのが今のバルト帝国の現状なんだ。



あたしはまだ家に帰ってきていないセルマの父親ともども親子3人で、少しの間だけ身を隠すようにセルマと母親のシビルに言った。


不安を隠せないでいるセルマとシビルを安心させる為に、あたしはにっこり微笑みながら胸を張る。


「大丈夫。あたしが何とか穏便に済むように話してみるから。こう見えてもあたしはサウス・セリアンスロープ大統領の娘なんだよ。ほら。それが証拠に外国要人しか持てないはずの真銀ミスリルカードをもっているでしょ。あたしはこの国ではVIP待遇だから」


手に持って見せたカードと言葉で、ほんの少しだけ親子を安心させる事ができた。




「それじゃ、行ってくるから。そっちも念のためにちゃんと親子3人で隠れていてね」



不安のためにお互いを抱き合うセルマとシビルはあたしの言葉に頷いてくれた。



本当は穏便に済ませられるかどうかなんて分からない。


今回の事が治安維持の綻びになりかねないと判断されたら強行な手段に出てくるかもしれないからだ。サウス・セリアンスロープ大統領の娘という肩書のあるあたしには手を出さない可能性は高い。


けれども、セルマはそうはいかない。彼女は他の市民への見せしめとして裁かれる可能性がある。なんとしてでもそれだけは阻止したい。


嗚呼。

それにしても、あたしはどうしてこうも問題を抱え込んでしまうのだろう。


15歳にもなっていないのに。

あたしはまだ、中学生の子供なのに。


それもこれも全て。

胸に風穴の空いたあの男の子があたしの前に現れてからだ。

ぜーんぶ、あいつのせいだ。


あいつ、今頃どこかであたしが困っている様子を見て笑っているんじゃないの?

あたし、あいつには地球で地面に叩きつけられて殺されているし。

何か、無性に腹が立ってきた。



(それならば、感じている思いを素直に出してみましょう。きっと心が落ち着きますよ)



ん、貴女は誰?ベステトの知識照合システム?



(いいえ。違います)



ぼんやりとプラチナブロンドのストレートヘアにティアラが見える。

このシルエットはベステトの記憶にある桃ちゃんかな?



(セリカ。私はもうどこにも存在しません。私は貴女達を悪魔から覆い隠すための霧に変わったので)



きょうにやられたの?!



(いいえ。自らそうなりました。次の瞬間、私との会話を貴女は忘れるでしょう。覚えていると悪魔に気づかれてしまいますから。貴女が自分の運命に気づいた時にこの会話を思い出すはずです)






あれ?

一瞬、ぼーとしてしまった。


それにしても胸に風穴の空いた男の子がむかつく。


憲兵本部に向かってジャンプをする。

地平の先まで建ち並ぶ家々の屋根を視界に捉えながら、むしゃくしゃした気持ちをあたしは吐き出した。


「今度会ったら絶対に蹴とばしてやるんだから!覚えてろ、ばかー!」





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