2・罪を背負って
隣の部屋の扉を開けてエドウィンさんが恭しく頭を下げながら、あたしに隣の部屋へ入るように促してくる。
あーん!どうしよう。
鑑定から逃げる方法が思いつかない。
もう、ベステトの神力でどうにかならないかな。
ベステトの知識を照合。
答えが出た。
ベステトの神としての能力には確か、際限のない富と穣を与える恵みの力というのがあったはず。以前この能力でベステトはコップの中に入っていたピーチジュースの原子全てに疑似思考力を与えていた。
今のこの体は本物のベステトではなくて、ただの残留思念が偽りの形を保っているだけのものに過ぎないけれども。それでも一応はその能力を備えている。本来の能力に比べたら無にも等しい塵芥であっても。
部屋の中に入るとテーブルがあり、その上にドーム状の形をした白銀色の箱がある。箱の中央部には透明な水晶体があり、箱の上にはレンズ型の魔力結晶が付いていた。鑑定装置だ。
あたしはすぐに神の穣を鑑定装置に送り込む。
そして鑑定が始まった。
鑑定装置の前に立つと、箱の中央部にある水晶があたしのステータスを読み込み始める。鑑定の結果は数秒で出た。
レンズ状の魔力結晶から光が出て部屋の壁に当たると、そこにはステータス画面が映し出されていた。
セリカ
種族・ネコ科ハーフ獣人。
レベル・20。
魔力・0。
体力・210。
速さ・220。
力 ・200。
特異技能
千里眼・レベル3。
超聴覚・レベル2。
俊足 ・レベル10。
跳躍 ・レベル8。
爪撃 ・レベル7。
牙撃 ・レベル7。
金毛防御・レベル6。
「ほう。美しいだけではなく、とてもお強いのですね。流石は獣人族の方だ。」
壁に映し出されたあたしのステータス画面を見てエドウィンさんが感嘆の声を漏らす。基礎レベルの20は普通よりは高い方。冒険者で言えばDランクからCランク相当の人に多いレベル帯だ。
兵士で言えば兵長か普通の騎士がこのレベルくらい。でも戦いを生業としない普通の平民では高すぎるレベルだけれどね。
「3つの肉体能力が全て200か200以上とは驚きましたね。それにあの幻の特異技能とまで言われる千里眼までお持ちとは」
エドウィンさんがあたしの顔を注意深く観察しながら言葉を発する。
体力、速さ、力の肉体能力が200なんて人は然う然ういない。冒険者で言ったらBランクの一歩手前、Cランク上位の肉体能力だ。兵士で言えば上級騎士や副団長、分団長クラスしかいない。あとは例外で狂戦士。
壁に映し出されるステータスの数値や特異技能は無視しえない力をあたしが持っている事を意味する。でもだからといってこの都市が危険にさらされるほどの脅威というわけでもない。
冒険者のBランクや準英雄級は暴れ出したら軍隊でも止めるのは困難だけれども、その手前の強さのあたしなら骨は折れても止められる。この微妙なバランスが良いのです。
あたしの強さは、数人で舐めてかかるには相手が悪すぎて悪戯をしようとする困った人も出ない。かといって軍組織を動かして監視しなければならないほどの相手でもない。街を自由に動き回るには丁度良い強さなのです。
ありがとうね。鑑定装置さん。
心の中で話しかけると、あたしの穣の力で意思を持った鑑定装置が答えてきた。
(とんでもございません。心を与えてくださった我が神の為ならば喜んで)
それからあたしはまた、元居た部屋に戻される。
サウス・セリアンスロープにあたしの身元照会をしているらしい。
それであたしの身元が保証されれば解放してくれるそうだ。
身元照会に時間がかかるという事であたしは暇つぶしに何か読み物はないかをエドウィンさんに尋ねた。
「読み物ですか?ここにはお嬢さんが興味を引かれるような本はありませんね。あるのはせいぜいこの街の事を記したノルドール史記という記録本ぐらいですが」
「あ、それ読みたいかも。あたし、この街の事は何も分からないから」
普通の女の子なら読むのを敬遠する史記に興味を示したあたしに、エドウィンさんは以外そうな表情を見せながらも快く本を渡してくれた。
さっそくあたしは千里眼と思考加速でノルドール史記を読み切った。ページをめくらなくても全てが見える。そこであたしは初めてノルドールの現状を知った。
ページをほとんどめくる事もなく本をエドウィンさんに返したら「やはり、お嬢さんが読むにはつまらないものですからね」と苦笑されてしまった。
全部読んだもん。
と言ってやりたいけれども、能力を自分からカミングアウトするのはどうかと思ったので止めておいた。
1時間ほど経った頃、サウス・セリアンスロープ政府との魔道通信であたしの身分が保証された。
ほっと胸をなで下ろしながら頂いた2杯目の紅茶に口をつけた時、その保証内容を聞いて思わず紅茶を吹き出してしまった。
「セリカ様、いかがなさいました?」
あたしの吹いた紅茶がお顔にかかったエドウィンさんが尋ねてくる。
「ご、ごめんなさい!」
慌ててチュニックドレスのショールで、エドウィンさんのお顔にかかった紅茶を拭きとった。
「そんな純白の美しいショールで私の顔を拭くなどと勿体ない事を。これくらい何でもありませんから」
エドウィンさんにショールを持つあたしの手が止められた。
あう。
エドウィンさん、ごめんなさい。
あたしのサウス・セリアンスロープにおける身分証明の内容は獅子王の養女。つまり大統領の娘だった。どうしてそうなったの?!
普通に大統領の知り合いで、ただの国民でも良かったじゃん。
門兵達とエドウィンさんが検問所の扉の出口で一列に並び、お辞儀をしながらあたしを送り出してくれたのには困ってしまった。
兵士と騎士に頭を下げられながら検問所から出てくるネコ科ハーフ獣人の図。
なにこれ。いかにもあたしは普通の人じゃないと言っているのと同じじゃん。
検問所の所で並んでいる一般のエルフの人や行商人の人達が何事か?と驚いて見ているじゃないですか。
あたしはさらし者ですか?
サウス・セリアンスロープ大統領の御令嬢から通行税を取るなどという真似はできないと言われて通行税を免除してもらえたまでは良かったのだけれども、さらに他国の上級外交官、特使クラスに贈られる真銀製の身分証を渡されたのには困惑した。
優れた武器の素材としてだけでなく、魔術回路の素材としても優れている真銀から作られたこの高級身分証カードはバルト帝国内のどこででもタダで乗り物に乗れるし、ほとんどの飲食店やホテルにもタダで入れる優れものだ。それもVIP待遇で接待してもらえる。
あたしの使った乗り物やお店、ホテルなどは後から国家に対して、掛かった費用の請求ができる仕組みになっている。それも法外でなければ多少の色をつけるのは許されるという暗黙の了解の上で。
上げ膳据え膳の待遇をしてもらえるのは誠にありがたいのですが。
そこまでされてしまうと居心地がこそばゆくなりそうで困ります。
気を取り直して遅い昼食をとるために千里眼でお店を探していると、ちょっと嫌なものが見えてしまった。
女の子が男性2人組に路地裏に連れて行かれている。
女の子は14歳くらいの綺麗なエルフ。あたしと同い年だ。
男性2人は人族の兵士。
か弱い女の子がたくましい体つきの兵士2人に暗い所に連れて行かれようとしているのに、周りの人達は誰も助けようとしない。
これが紛争、戦争の弊害だよ。
占領地の反乱と暴動を鎮圧する兵士達は、占領地の原住民が二度と歯向かえないように残虐な軍事行動を容認された。
そこには略奪はもとより、身勝手な殺人や女性を凌辱する行いがどうしても起る。
軍の方針として暴圧が認められている以上、反抗の意志の無い民への横暴は表向き禁止されているけれども、そんなものはほとんど意味を成さずに犯罪が堂々とまかり通る事になるんだ。
ノルドールはエルフが人口のほとんどを占める都市だけれども、エルフには人としての尊厳も自由も許されてはいない。
弱い者は虐げられ、辱められ、奪われる。
弱肉強食は自然の摂理。
この世の理だ。
でも、黙って見過ごしたくはない。
他人を自分の都合で虐め苦しめてきたあたしが何を今更と自分でも思う。
異世界に来て、自分は良い子ちゃんだと勘違いしちゃった?
馬鹿。あんたは今も地球にいた時と何も変わらないクズのままだよ。
調子に乗るなっていったでしょ。芹歌。
良い子になろう。正しい事をしようと思うのはまだ許せるけれども。
クズな行いをしているあの2人の兵士を、同じクズ人間のあんたが裁こうとするのは偽善すぎて反吐が出る。勘違いしてんじゃないよ。あんたにあの2人を裁く権利なんてない。
目を閉じて千里眼の効果を終わらせる。
ここからエルフの女の子が乱暴され辱められている光景は見えない。
あの2人の兵士の行動は酷いけれども。
あたしにあの2人を非難する資格はない。
あたしは肉料理や甘味もある美味しそうな料理を作るレストランのある方向に意識を必死で逸らした。
無理。
エルフの女の子は見捨てられない。
もう、いいよ。クズなのは自覚しているから。
あたしの心の中の神、黙れ。
邪魔をしたら神でも許さない。
「いや!助けて、お母さん!」
人通りの無い路地裏でエルフの女の子は恐怖に震えて泣き叫んでいた。
両手を押さえつけられて、着ているお気に入りの洋服を破られる。
スカートの中に手を入れられて肌に触れられた瞬間、気持ち悪さに鳥肌が立つ。
嫌だ!こんな事をされるために私はこれまで生きてきたんじゃない。
今日まで大事に親に育ててもらったのは、こんな見ず知らずの男達に辱められるためじゃない。
「誰か助けて!お願い!助けて!」
洋服を破られ体を触れられる嫌悪感と恐怖の中で必死に助けを呼ぶエルフの少女の声が、狭い建物の間に虚しく響いた。
「やめなよ」
久しぶりに聞いた自分でも驚くほどに威圧感のある低い声。
この低い声の出し方は芹歌だった時にしていたもの。
周りの人達を威嚇して。脅しつけて。悪い事ばかりしていた時の自分の声だ。
人間のクズの声。最低な女の声だ。
あたしの低いけれどもよく通る声は、2人の兵士の注意を引きつける事に成功した。振り向いてこちらを見ている。
「なんだ。獣人の女じゃないか」
エルフの女の子を押さえつけている兵士は、あたしを視界に捉えるとまじまじと見つめながら言った。
「獣人のくせにいい女だな。どうした、お前も相手にして欲しいのか?」
「あ?誰がお前らに相手なんかしてほしいと思うかよ。生ゴミ」
目をつりあげ、2人の兵士を睨みながら挑発すると、声音から2人が不機嫌になったのが分かる。
「獣人の分際で俺達バルト帝国の兵にそんな口をたたいてただで済むと思っているのか?」
「こいつはお仕置きが必要だな。お前、こっちに来い。逃げたら国家反逆罪で縛り首だ」
「は?あたしの虫の居所が悪くならないうちに、大人しくその子を離してあげた方がいいと思うよ?」
「身のほど知らずの獣人女が。偉そうに正義面して首を突っ込んできた事を後悔させてやるよ」
兵士の1人があたしに向かって口元をゆがめながら近づいて来る。
「あたしが身のほど知らずの馬鹿なのは正しいね。だけど、正義面で首を突っ込んではいないよ」
「正義面しているから、非力な女のくせに首を突っ込んできたんだろうが。自覚はあるらしいがどうしようもない馬鹿だな」
「正義なんて心は持ってないね。気に入らないからあんたらを止めただけ。あたしはあたしのしたいようにしているだけ。
あたしもあんたらと同じ人間のクズだよ。お仲間だね。クズはクズの気持ちが分かるよね?人の痛みなんて知った事じゃない。相手が苦しんでも。死ぬとしても関係ない。クズは自分勝手。
だからあたしも虫の居所が悪くなったら気晴らしにあんたらを・・・・・・殺す」