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06 クドキオトシ


 結局、フォルテ様が笑うようなことになってしまいました。

 でも、さすがに手放しで喜べはしないでしょう。


 誰一人望まない方向に、ずいぶんと拗れてしまいましたから。

 そう思うと、私も少しだけ笑える気分になりました。


 あれから仕事終わりの面会には、足を運んでおりません。

 何故なら、呪いの一件を知っている侍女長に頼み込んで、1週間のお休みをいただきました。


 ルシアン殿下には、フォルテ様から事情が伝えられると思いますが、ドロテア様にご心配かけないよう叔父の急病だと、言づてをお願いしました。


 そして私は今、王都にある叔父様のお屋敷にごやっかいになっています。


 13歳の頃から宮仕えの身で、ずっと王城暮らしをしていましたら、突然やって来た姪に叔父様はとても驚かれていました。


 それでも、日頃の行いが良かったからでしょう。連絡も無しにやって来たことで、よほどのことあったのだろうと、叔父様は何も聞かずに迎え入れてくれました。


 そうして、一日中何もしなくていい時間を手に入れて、のんびりと過ごしていましたが、2日もすると、逆に時間を持て余してしまいます。


 あまりにも手持ちぶさたになって、叔父様にお屋敷の手伝いを申し出ると、叔父様のご長女アリシア12歳に、王宮での礼儀作法を教えてやってくれと頼まれました。


 ドロテア様と同い年の従姉妹は、ずいぶんと大人しい子で人見知りをされてしまいましたが、お城にいるお姫様の生活には興味を示してくれました。


 ドロテア様と違って、色々と女の子らしいアリシアに何だか新鮮な気分になりながら、さらに数日を過ごしていたある日、アリシアの部屋に叔父様が飛び込んできました。


 「は、伯爵様がいらっしゃっている。お前に会いに来ているっ」


 血相を変えて声を昂らせる叔父様は、礼儀作法を学ぶ最中のアリシアには、とても良くないお手本でしたが、言いたいことは充分に伝わりました。


 「…………お名前を、うかがえますか」


 「え、えと……そう。ダニエル・ドラン様」


 「……そうですか」


 思わず、ため息をついていました。


 そういう行動に出られることは、予想の範疇でしたから、慌てふためくことではありません。ただ、もう少し心の整理を付ける時間をいただきたかったとは思います。


 それと、ダニエル様は伯爵家の次男様であって、伯爵様ではありません。


 うろたえ気味の叔父様をなだめすかして、応接室へと向かいました。


 礼儀に則って部屋へ入室すると、給仕に付いていた使用人と、応接室まで付いてきていた叔父様にはご退場願いました。


 そして、もうすっかり見慣れてしまった赤と黒をたずさえる、ダニエル様と向かい合います。


 「フォルテ様は、いらっしゃらないんですね」


 「……第一声が、別の男の名前だとは思わなかった」


 憮然としたお顔から目を逸らして、私は向かいのソファに腰掛けます。


 「……こんなにあっさり会ってくれるとは予想外だな。もっと、手こずるかと」


 「私は、ダニエル様ではありませんので」


 かつての醜態を皮肉れば、そうだな、とダニエル様は苦笑されます。


 「それで、どのようなご用件でしょう」


 「もちろん、魔女殿の呪いについて」


 「解けましたか、呪い」


 「いいや、まだだな」


 「……そうですか。では、呪いについて私に何を?」


 素っ気ない口調と態度を崩さない私に、しかし、ダニエル様も笑みを崩しません。


 その姿が、なにやら達観としていて落ち着き払っているために、こちらの方が落ち着きを無くしてしまいます。


 ダニエル様は、視線を下げると静かに口を開きました。


 「あの日、貴女が俺のことを好きだと言ってくれた。それなのに――天にも昇るような心地なのに、磔にされてる気分だ」


 「…………」


 「そのうえ、貴女は一人で苦しんで、一人で結論を出してしまった。はじめから、俺の意志など考慮されていなかったように」


 責めておられるのでしょうか。

 ですが、あんな身勝手で歪んだ想いを、どうして告げられるというのでしょう。


 「だからまず、俺が出した結論を、貴女には聞いてもらいたくてここに来た」


 言いながら、伏せられていた視線が上がり、私を捉えました。


 「俺は、呪いを解かないでいようと思う」


 ――――何を、


 言おうとして、声が出ていませんでした。


 「だから、魔女殿と連絡が付いても、ルシアン殿下にはそのように言おうと思っている。魔女殿にも、呪いが解けないよう願い出ようと思う」


 ダニエル様なら、そういう事を言い出すかもしれないと分かっていたのに、彼が最後まで言い切るのを止められませんでした。


 不覚にも、胸が震えてしまったのです。


 呪いが解けなければどうなるのか、その未来を一度は描いていましたから、あの時の感情が、あの時のまま込み上げて、喉を詰まらせてしまったのです。


 それでも、どうにか絞り出しました。


 「――何を、馬鹿な」


 「……そう思うか?」


 「ええ、思います。正気に戻ってください。呪われたままでいるなんて、まともな考えではありません。ねじ曲げられた感情に浮かされて、人生を棒に振るおつもりですか。お体にもどんな悪影響があるか、知れたものではないんです。あんなに何度も胸を痛めてこられた事をお忘れですか。それに――――それとも、私への憐れみですか? そちらの事情に巻き込まれて、二進も三進もいかなくなった女への罪悪感で、罪滅ぼしがされたいのですか?」


 動くようになった喉で、一気に捲し立てます。

 しかしダニエル様は、私の弁を何でもないような顔をして受け止められました。


 「……おおよそ、想定していた通りの台詞だな」


 そんなことさえ言い出しました。


 「とりあず、憐れみや罪滅ぼしではないな。俺は俺のためにここにいるから……これでも、自分なりに考えたんだ。セシル殿に言われたことを」


 言われたこと。

 あの時、私が言ったことは多すぎで、すぐには見当が付きません。


 「貴女に言われただろ。人の心は見えないから、たとえ千の言葉を尽くしたとしても疑ってしまうだろうと。その通りだと思う。この呪いを解かれたら、今ここにある気持ちは、どう言い繕っても、やはり違うモノになってしまうのだろう」


 「…………」


 「そう、違うモノになってしまうんだ。呪いを解くということは、今なお、セシル殿が恋しくてやまないこの想いを、失ってしまうということだ……そう思ったら、失うのが惜しくなった」


 「何を、言って……」


 「言っただろう、俺は俺のためにここにいるのだと。これでもいちおう貴族のはしくれだ。俺だって、自分の損得勘定で物事を考える。だから俺は、自分にとって利益になるこの呪いを解きたくない」


 「利益? 呪いが?」


 「そう、この呪いは、俺の利益になる」


 こんな、人の心を掻き回すだけの忌まわしい呪いに、どんな利益があるというのでしょう。


 掻き回されて、一番苦しんだ当人であるはずのダニエル様の考えが分からなくて、訝しむばかりの私に、ダニエル様は自嘲的に見える笑みを浮かべました。


 そして、そこに大切なモノがあるかのように、ご自分の胸を押さえます。


 「分からないか? (ここ)呪い(コレ)がある限り、俺はただ一人の人を、生涯愛し続ける未来を約束されているんだ」


 私の言葉を待たず、ダニエル様は続けられました。


 「欲得ずくであることが、身を守る術になるのが貴族の世界だ。生涯の伴侶ですら損得抜きで語ることは出来なくて、打算と妥協を繰り返して選び取った相手を伴侶として迎え入れるしかない。しかし、そんな風にして選んだ人を、生涯愛し続けられる人が一体どれだけいるだろうか。おそらく、ほんの一握りだろう。その一握りになることを、俺はこの呪いによって約束されている」


 「――――」


 それは、全てをひっくり返す言葉でした。


 「それが、どれだけ得がたいものか、分かるだろうか」


 私の胸に内にあったモノを、全てひっくり返す言葉でした。


 「呪い(コレ)を失うことが、惜しいと思う気持ちを、分かってもらえるだろうか」


 ――――ええ、わかります。


 ひっくり返された胸が熱い想いでいっぱいで、喋れなくて、私はこくりと頷くばかりでした。


 それが、どれだけ得がたいことか。

 特に、私のような女には――言葉の裏を読まずにはいられない人間には、一生縁のないものでしょう。


 誰もが得られるものではない未来を約束されたダニエル様は、きっと生涯愛しい伴侶が隣にいるという、幸福な人生を送れるのでしょう。


 そして、その伴侶もまた、生涯愛してくれる人が隣りにいるという幸福な人生を送れるのです。


 全て、あの忌まわしいヒトメボレの呪いによって。


 「せっかく約束された未来があると分かっていて、しかもそれが、俺にとって“好ましい”セシル殿との未来なら申し分ないと思う。……それとも、もっと貴族的に言った方がいいだろうか」


 言葉を返せない私をうかがうように、ダニエル様は言います。


 「セシル殿にとっても、悪くない話のはずだ。家とか身分などを含めて、ある種の政略結婚だとも言えるし」


 「そんな貴族的な言葉は、ダニエル様には似合いません」


 若干震えた声で彼を遮ると、貴族なんだけどな、と小さく笑う声が聞こえました。


 それからダニエル様はソファから立ち上がると、ローテーブルを迂回して、私の座るソファへと歩いてこられました。


 そして、私の前に膝を折ります。

 その意味に、気付かない貴族の娘などおりません。


 「まだ、ルシアン殿下への説明や、セシル殿のご実家に求婚の許しをもらっていないから、その言葉を言うわけにはいかなくて、もどかしいのだが……どうか、受け入れてくれないか。この、どうしようもなく呪われている俺を」


 「……呪われているダニエル様が好きだと言った私に、それを言うんですか」


 「ああ、だから言っている。きっと貴女を口説き落とせる言い回しだから」


 「前言を撤回します。やっぱりダニエル様も立派なお貴族様です」


 「それ、褒め言葉だぞ」


 今度こそ、吹き出すようにダニエル様は笑われました。


 いつの間にか、場の空気は完全にダニエル様が優位な立場で進んでいます。

 何だかとても悔しい気分にさせられます。


 無性にヘソを曲げたい気分の私を、ダニエル様は一度、その黒い瞳で見つめました。

 とたん、目を逸らしたい気分になりました。


 「セシル殿、答えを聞」

 「悪いけど、ちょっと待ってちょうだい」


 突然の闖入者は、聞き慣れぬ声をしていました。


 見れば、そこには威風堂々とした立ち姿を見せつける、美しい女性が一人。

 我々とはセンスの異なる衣装に身を包んだ、魔女様でした。







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