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04 ロマンス


 噂を聞きました。


 なんと、武門の名家ドラン伯爵家の次男、ダニエル・ドラン様に想い人が出来たとのことです。


 噂によるとダニエル様は、真面目に取り組まれている普段の勤務の中で、ふとした瞬間に垣間見せる一面が、あまりに別人めいているのだとか。


 護衛で光らせる目つきとは明らかに違う、何かに思いを馳せている眼差しだとか。

 いっこうに晴れない悩みを抱えた、物憂げなため息だとか。


 極めつけは、胸を押さえ、苦しげに眉を寄せている姿だそうで、それはもはや、完全に恋をしている人のそれだと、もっぱらの評判になっているようです。


 堅物で知られたダニエル様を射止めた、恋のお相手はいったい誰なのか。


 さぞかし心ときめくロマンスがあったに違いないと、それはもう皆さま、色取り取りのお話に花を咲かせておりました。


 「…………」


 それ、私です。

 まったく全然、ご期待に添えるような薔薇色ロマンスはございませんが、私です。


 これは良くない傾向ですね。


 何と言いましても近衛騎士は、年齢を問わず女性受けする花形職ですから、魔女様の呪い云々やら、仕事終わりのお茶会などを知られてしまったら、どんな影響が出るか不安になります。


 もちろん、きちんとした事情が伴えば、大概の女性にはご理解いただけるでしょう。


 ですが、世の中には少々頭の足らない方が、どこだろうと必ず一定数はおられまして、そうした方の的外れな腹いせが怖いのです。


 しかも、そういう人に限って、男爵より上の貴族令嬢だったりするので、知られるリスクを避けることに越したことはないでしょう。


 ただ、呪いの件を周囲に知られないよう気を配ることも大事ですが、それやこれやで、2ヶ月以上経ってしまった、呪いの件自体も気掛かりです。


 ルシアン殿下の仰っていた、放っておいても勝手に解けるという年嵩の御助言はどうなっているのでしょう。


 自動的に解けるどころか、効果が薄れる気配すらいっこうに見られない気がします。


 昨日もそうでした。

 畏れ多くも、ルシアン殿下とドロテア様が私たちの面会を視察に来てくれたのですが、私と殿下が話している間、ダニエル様は終始落ち着かず、それでも殿下に見苦しい姿を見せまいとしていたのですが、フォルテ様がしでかしてくれました。


 両殿下に向かって、私とダニエル様がとても親しい間柄になったのだと殊更アピールしてくれるのです。


 一蹴しようにも、どこか安堵したご様子で耳を傾けられる殿下の手前、強く否定することが出来ませんから、ひたすら杓子定規の「私には勿体ない」を繰り返すしかありません。


 それなのに肝心のダニエル様が、フォルテ様を止めるどころか、言葉を真に受けて口篭もったり赤面されるせいで、話の信憑性は増すばかりでした。


 ですから私は、その場を収めるために機転を利かせます。

 お二人に、とびっきりの笑顔を向けて、こう言い放ちました。


 「そろそろ(わきま)えていただかないと、フォルテ様用の“詩”を捧げますよ」


 「「やめてください」」


 とても綺麗な二重奏でした。


 しかし、その様子をご覧になっていたルシアン殿下から、本当に仲が良いのだなと、感心のお言葉をいただいてしまったのは誤算でした。


 仲良くなったというより、遠慮が無くなった、というのが正しい表現です。


 呪われた御方一名と、口から先に生まれた御方一名を、2ヶ月以上ものあいだ毎日のように相手にしていれば、こちらも辛口対応が板に付いてしまうというものです。


 今でさえ必要以上に馴れ合い気味なのに、このまま呪いが解けなければどうなるのでしょう。


 不用意に考えてしまったのが、間違いでした。

 知らず描いていた未来に、自分自身で戦慄します。


 やはり、いつまでもこんな関係を続けるわけにはいきません。


 魔女様の捜索は続けられてるそうですが、もしかしたら、こちらから見つけ出すよりも、魔女様の方からふらりと立ち寄ってくれる可能性の方が高いのではないかと、そんな風に思えてしまいます。


 とはいえ、ルシアン殿下たちが最善を尽くしてくれているはずですから、魔女様を捜す力も伝手もない私が強く言うことはできません。


 なら、私は私の出来ることをするしかないでしょう。

 そうです。私さえ自分をしっかり保っていれば、全てが丸く収まるはずですから。







 そうこうしている内に、王宮では第二王女様コーデリア様の、16度目の生誕の日を迎えていました。


 王宮での盛大な祝典が催されますが、国王王后両陛下のご生誕祭のように王国全土で祝うほど大きなものではありません。


 それでも城下町の皆さまは、祝意を表すために玄関先に花や木の実で作ったリースを飾られるのだと聞いています。


 宮殿内で一日を通して開かれる祝典は、昼の部と夜の部とに別れていて、昼の部は国王一家と王家ゆかりの公爵家のみを招いたガーデンパーティーで、夜の部はさらなる上位貴族を交えた舞踏会となり、15歳以下の未成年は出席できません。


 そして私は、ドロテア様の二人の付添人として昼の部に参加します。


 ドロテア様のお衣装に合わせてあつらえたドレスを着て、ドロテア様に付き添いますが、この度の祝典でドロテア様をエスコートされるのは、ルシアン殿下です。


 当然、ルシアン殿下のお側には、ダニエル様とフォルテ様が護衛の任についており、いつものより華やかな近衛の正装をされておりました。


 祝典に参加するとはいえ、私どもは両殿下に仕えるというお仕事ですから、軽々しく言葉を交わすことはないまま、催し物の進行にそって動いていきます。


 趣向やユーモアの利いた贈り物の披露会や、宮廷音楽家による組曲の献上などを経て、夜の舞踏会に参加できない方々のための、昼の舞踏会と銘打ったライトなダンスパーティーも開かれました。


 年の若い方々や、夜の舞踏を辞退されているご高齢の方々が気軽に手を取って、純粋にダンスだけを楽しむ光景が広がる中、そこには、ドロテア様とルシアン殿下の姿もありました。


 ドロテア様が先日マスターされたステップを得意そうに披露されるなど、たいへん微笑ましい場面もあって、目だけでも充分に楽しめる時間でした。


 そうして昼の部は、穏やかかつ賑やかに過ぎていきました。


 王子宮に戻り、ドロテア様の着替えを整えたあと、侍女のお勤めを交替してもらいます。


 そのまま付添人用のドレスを脱いで、別のドレスに着替えます。夜の部に出席するためのドレスです。


 そうです。私、夜の舞踏会に出席いたします。


 しかも、この夜会用のドレス、ルシアン殿下とダニエル様からの贈り物です。

 呪いの件に関するお詫びと、お世話になっているお礼の品とのことです。


 贈り主がダニエル様だけなら断っていましたが、ルシアン殿下からの賜り物でもあるとなると、断りづらいのが宮仕えの悲しいところです。


 そして、いただいたドレスの箱には、今回の舞踏会の招待状も同封されていて、おのずと出席せざるを得なくなりました。


 一見そうとは分かりませんが、かなり上等な生地のドレスです。

 しかし、男爵の娘がどうにか手を出せるくらいの価格に抑えられているところが、目の肥えた周囲への行き届いた配慮を感じます。


 何と言いますか、誰かの作為もひしひしと感じます。


 まだ14歳のルシアン殿下と、女性への贈呈に不慣れそうなダニエル様に、誰がこんな入れ知恵をしたのでしょうね。


 誰かとは言いません。きっと、たれ目のくせに抜け目のない方でしょうが、名指しするなんて品のないことは致しません。


 そうして始まった、権謀術数うず巻く夜の部です。


 昼の部では、自然と相好を崩されていた王族方も、老獪な貴族たちを微笑であしらうための仮面を被って豪華絢爛たる舞台へと躍り出ます。


 本日の主役である第二王女コーデリア様の元には、祝辞を述べにたくさんの貴族、主に殿方が集まっていますが、その両脇を第一、第二王子のお兄様方が固めており、お祝い事に水を差すような言動が無いよう、鉄壁の防御が築かれております。


 王家のさらなる安泰を未来に見た思いで、心温まる兄妹愛を見守りながら、私は壁の花と徹していました。


 こればかりは仕方ありません。

 本来、上位貴族ばかりが出席される席ですので、知り合いと呼べる方はほとんどおられませんし、何より、くっついて離れない視線を感じるからです。


 もう慣れてしまった視線をそれとなく辿れば、近衛の正装からシックな夜会服へと着替えられたダニエル様が、ちらちらちと仕切りにこちらの方を気にしています。


 いくら隠れ蓑になる人たちが多いからといっても、見過ぎです。


 隣に連れられているフォルテ様までこちらを窺いながら、こそこそと何事かをダニエル様に話しかけています。


 「…………」


 そんなにご心配(・・・)いただかなくても大丈夫です。

 もし、見知らぬ殿方からダンスを申し込まれたとしても断りますから。


 足を痛めてしまったということにして、今日は雰囲気だけを味わうつもりだと、断りの文句もきちんと用意してあります。


 ですので、当然ダニエル様とも踊ることはありません。 

 こんな衆目のあるところで、踊れるわけがありません。


 ルシアン殿下の顔を立てて今回の舞踏会には出席いたしましたが、これ以上、たれ目のくせに抜け目のない方の策略には乗りません。


 実権の伴う本物のお貴族様たちが、高度な化かし合いを繰り広げる現場を、もう少し見学したら、お暇しようと思います。


 一度くらい声をかけに来られるかと思っていたのですが、そんなことも無く時間は過ぎて、私はこっそりと大広間を後にしました。


 そのまま王子宮にある、ドロテア様の部屋隣りに設けられた侍女部屋に戻ろうと、廊下を歩いていましたが、前方から見覚えのある女性が現れました。


 「セシル、良かった。待ってたの」


 同じ侍女仲間のヘレンです。


 「ドロテア様がお呼びよ。すぐにドロテア様の小庭園にきて欲しいって」


 ドロテア様の小庭園というのは、ドロテア様がお母様である王妃様から頂いた、とても可愛らしい白薔薇園の事です。


 けれどドロテア様は、小さくて愛らしい庭園にはあまり興味を示されていなかったのですが、どういう事なのでしょう?


 いかような用で呼ばれたのか、ヘレンに聞いてみましたが、ヘレンはうかがっていないと、笑顔で言い張るばかりです。


 「…………」


 とても、引っ掛かりを覚えました。


 しかし、本当にドロテア様がお呼びだとしたら一大事ですから、参上しないわけにもいきません。やむを得ず、王子宮の離れにあるドロテア様の小庭園へと足を向けました。


 夜の庭園は、昼間とはまた違った趣を見せる場所です。

 薔薇の白が夜の闇に映えて、ぼやんりと光を放っているように見えるのです。


 まるで、そこだけ(うつつ)から切り離されたような庭園を歩いていれば、何をするでもなく立っている人影を見付けました。


 案の定、ダニエル様でした。

 私は、何も言わず彼の元へと歩み寄ります。


 何しろ庭園には、ダニエル様一人しか見当たりませんから、彼の側へと歩み寄って、これはどういう事なのか、説明を求めるようにそのお顔を見据えました。


 ダニエル様は、どこか後ろめたそうにしながら、ぽつりと零されます。


 「……ドロテア姫殿下から、今夜だけお借りした」


 再び、案の定です。

 どうやらドロテア様まで唆してくれたようです。あのたれ目(以下略)の方は。


 「ダニエル様、こんな悪知恵を一体どなたに吹き込まれたのですか?」


 「……え。…………え、いや。それは………その………………」


 ダニエル様の目が、一生懸命泳ぎ出しました。

 上手い躱し方を、ひねり出そうとしているのでしょう。


 「私、嘘つきは嫌いですよ」


 すかさず先手を打てば、ダニエル様は小さく呻きます。


 しかし、それでもご友人と呼べる方を売るような事は出来ないようで、板挟みにされた苦悶からか、胸まで押さえ出しました。


 ですが、もうそんな事では引き下がりません。


 「ダニエル様」


 「待ってくれ、違うんだ。今日のことは、俺の方から相談を持ちかけて協力してもらったんだ……どうしても、貴女と踊りたくて」


 意外なお言葉でした。


 これからダニエル様を遣り込めようと思っていたところに、思ってもみなかった口説き文句を差し込まれ、言いたい事を見失ってしまいます。


 ダニエル様が、一歩だけ足を踏み出しました。

 それがアルコーブでの出来事を思い出させ、つい一歩退いてしまいます。


 ダニエル様は少しだけ眉尻を下げると、それ以上は近づいてこられませんでした。


 「一曲、だけでいい。その、こういうことは、あまり得意ではないのだけれど……だ、だが、さすがに足を踏んだりするようなことは無いはずだ」


 「…………ダニエル様に踏まれたら、足が砕けてしまいます」


 「全力で踏みません」


 すぐさま言い換えたダニエル様に、不覚にも、くすりと、笑みを含んでいました。


 その笑みに後押しされたように、ダニエル様がそっと手を差し出されます。


 親戚以外の男性からダンスを申し込まれるなんて、子供の時以来です。

 言うまでもなく、今夜のことは忘れられない一時(ひととき)となるでしょう。


 夜のカーテン。星明かりのシャンデリア。白薔薇園の小さなダンスホール。

 ダニエル様から贈られたドレスを着て、二人きりのワルツを踊る。


 情緒的で、幻想的で。まるで、お伽話のワンシーンのようです。


 私は、ダニエル様をまっすぐ見つめ、口を開きました。


 「――困ります」


 え、と口よりも雄弁な目が、そこにありました。


 「お忘れですか? ダニエル様のお気持ちは偽物なんです。魔女様の呪いが作りだしたまやかしに過ぎません。それなのに、こんなことをされては困ります」


 目よりやや遅れて、どんな表情をしていいか、分からない顔が表れます。


 「――そう、か」


 ダニエル様は、胸を押さえようとして――途中で、その手を押し止めました。

 拳を握り、静かに体の横へと降ろしていきます。


 「そう、だな。……すまない。筋道を、おかしくしていたようだ」


 「……いいえ」


 ほんのわずかな間を置くと、ダニエル様はもう一度「すまない」と口にされ、私の前から立ち去っていきました。


 王子宮の灯りから、遠く離れた場所へ消えていく彼の背中を見ながら、私は魔女様のことを考えます。


 彼女は今どこにいるのでしょう。

 一日でも早く魔女様が見付かってくれればいいと、思わずにはいられません。


 そうすれば、こんな“ごっこ”は終わりますから。




 魔女様の呪いが解けたら終わる関係なのですから、早く終わらせてほしいです。






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