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03 ミッカイ


 数日後、私とダニエル様が、お互いの仕事終わりに会うための示し合わせが行われました。


 ルシアン殿下とドロテア様も協力してくださって、勤務日時の調整から落ち合うための部屋まで用意いただきました。


 恋愛関係でもないのに、人目のある場所で会うわけにはいかないだろうという、ご配慮とのことです。


 そして、私にも人付き合いというものがありますから、それほど長い時間を拘束されるのも困りますので、面会時間の区切りですが、その日の席に出されるお茶とお菓子をいただく間だけ。となりました。


 ちなみに、お茶とお菓子は私のリクエストに応えてくださるそうで、それは素直にありがたいです。王族の侍女ともなるとお給金もそれなりに高いですが、その3分の2は実家に送金しているので、甘味をいただける機会はさほど多くないのです。


 そうして始まった、面会という名の奇妙なお茶会でしたが、立会人が一人だけおられました。


 例によって、フォルテ様です。


 なんでも、「呪いがどう作用して、ダニエルが侍女どのに襲いかからないとも限らないから」とのことです。


 その発想はありませんでした。

 確かに、もしそんなことになったら、ひとたまりもありません。


 そういえば、ダニエル様のお屋敷を訪れた時も、二人きりにされたようで、近くから聞き耳を立てられていましたね。


 あの時は、自分が居たらダニエル様が話しづらいだろうと思って、いったん離脱したのだと言い訳をされました。


 本当でしょうか。面白半分が無かったとは、とうてい思えません。

 まあ、どちらにせよ、フォルテ様は存外あなどれないお方のような気がしてきました。


 「ルシアン殿下からのお達しです。ダニエルには、セシル殿との不可抗力以外の接触を固く禁じるとのことです」


 お茶の準備がされた丸テーブルを挟んで座る、私とダニエル様のちょうど真ん中で、フォルテ様が陽気に仰います。


 「それと、こう見えてもわたくし、とち狂ったダニエルを昏倒させるぐらいの技量はあるつもりなので、ご安心ください」


 フォルテ様が暢気に仰いました。


 「ついでに言いますと、ルシアン殿下の警護ですが、侍女どのと同じ交替勤務制なので、別の組が付いています。いちおう参考までにお知らせを」


 フォルテ様が朗らかに仰いました。


 「えーと……――――沈黙つらい。会話をください」


 フォルテ様が沈痛に仰いました。


 そうです。先ほどから、フォルテ様しか喋っていないのは、私とダニエル様に会話がないからです。


 私は、クリームのたっぷり乗った焼き菓子をいただくのに忙しく、ダニエル様はそんな私を眺めるのに忙しかったので、フォルテ様がお一人で頑張っていました。


 仕方なくフォークを置いて、私はダニエル様と向き合います。


 「話すといっても……そういえば、お互いの事を何も知りませんね」


 正面から目が合ったダニエル様は、とっさに視線を逸らされました。


 「……そ、そうだな。まずは自己紹介だな」


 それから、互いの名前からはじまって、どういう家の生まれなのかを紹介し合いました。

 さらに、王宮勤めではどのような仕事をしているのかも話します。


 ダニエル様は、お元気になられた姿をルシアン殿下にご覧いただいたようで、殿下から、よかった、とお言葉をいただいたそうです。


 そして私に、ありがとうと伝えてくれと仰っていたとか。


 そう言うことはもっと早く言えと、フォルテ様から横やりが入りますが、ダニエル様の耳には入らなかったようで、そのまま思いついた話題を交わしていきます。


 質問をしたり、質問に答えたりと、最初は交互に投げ合っていたのですが、次第にダニエル様からの問いかけが増えていきました。


 どういう趣味があるのか、どういう食べ物が好きか、好きな動物や花の種類まで。


 「落ち着けダニエル、落ち着け」


 フォルテ様から、物言いが入ります。

 はっ、と我に返ったダニエル様は、口元を押さえながら俯かれました。


 「それにな、お前一番大事なことを聞き忘れているぞ」


 そう言って、私の方を向いたフォルテ様が続けます。


 「侍女どの。つかぬ事をうかがいますが、婚約者もしくは恋人など、おられるのですか?」


 ぐっと息を詰める音が、ダニエル様の方から聞こえました。


 それはさておき、私はフォルテ様の問いを訝しく思います。


 そうした相手がいるなら、こうして別の殿方と会うことに差し障りがあると思うのですが、というより、そういうことはすでに調べられている気がしたのですが……もしかしたら、あえて聞かれているのでしょうか。


 「いえ、生憎と。そういったご縁には、まだ恵まれておりませんね」


 「おお、良かったなダニエル。ちなみにコイツも婚約者とかはいませんよ」


 「……そうなのですか。意外ですね。おられそうに見えるのに」


 「はは。そう思いますよね。由緒正しいお家柄だから、もう生まれる前から決まってそうですよね。でも、いないんですよ。ほら、ドラン伯爵家は王家御用達みたいなもんでしょ。だから、結婚相手には権力欲の乏しい女性(ひと)が望ましいみたいで、家だけ見て決めるわけにはいかないみたいすね」


 「……なるほど」


 「なのにダニエルと来たら、ルシアン殿下にかかりきりで、そっち関係のことは完全におろそかになってるんですよ。まあ、殿下が幼い頃から仕えてますから、気持ちは分からなくないんですけど。あ、そういえば、侍女どのもドロテア姫殿下が幼い頃から仕えてますよね。侍女どのも分かるんじゃないですか? そういう気持ち」


 「……ええ、まあ」


 「ですよね。そうそう結婚と言えば、知ってます? 王家の侍女さんってオレたちみたいな相手がいない野郎には人気が高いんですよ。美人で頭が良くて、気が利いて。おまけにガードも堅いから、結婚相手には理想的なんです。だから、仕事場で出会って近衛と侍女がそのまま結婚ってのも、ざらにあるんですよ。なんて言っていたら、まさにお二人も、コレが縁で縁付いたりしちゃうかもしれないですね」


 「…………」


 ああ、そういうことか。と、勘付いてしまいます。

 やけに結婚話を持ち出してくるフォルテ様の思惑が、何となく分かってしまいました。


 確かに、今回の騒動が縁になって私たちが結ばれれば、色々と気に病んでいる御方の心を、楽にしてあげられるかもしれませんね。


 ですが、ここは気付かないふりをして、笑って誤魔化すことにします。


 「そんな、畏れ多いことです」


 「そうですか? まあ、武門っていう響きに無骨なイメージがありますから、慎ましやかな女性ほど、気が引けてしまう人が多いんですよね。でも、花形職の近衛を任される機会に恵まれてますから、こう見えて遊芸方面の教養や、女性の扱いなんかもきちんと躾けられてるんですよ。さすがは名門(・・)ドラン伯爵家(・・・)ですよね」


 フォルテ様は、やたら“名門”と“伯爵家”を強調して仰います。


 こちらは、しがない男爵の娘にすぎませんが、ダニエル様は次男とはいえ、王家の覚えもめでたい伯爵というお家柄。私にとっては、間違いなく玉の輿だと言えるでしょう。


 でもやはり、そういった策略にまんまと嵌められてしまうのは何だが癪に障ります。


 ダニエル様のお薦めどころを、しきりに売り込んでくるフォルテ様を笑顔であしらいますが、なかなかどうしてフォルテ様も諦めがお悪く、互いに角の立たない遠回しな言葉で牽制し合います。


 そんな、貴族にとってのたしなみ程度の舌戦を繰り広げる一方で、ダニエル様も戦っていました。ご自分と。


 苦しそうに胸を押さえて、呼吸を乱しています。

 例の症状のようですが、しかし、いつそんな要素があったでしょうか。


 私とフォルテ様の視線に気付いたダニエル様は、赤い顔をして口篭もられます。


 「……その、すまない。そ、想像して、しまって」


 「…………」

 「…………」


 どうやら、私とダニエル様が縁組みされた様子を、ご想像なさってしまったようです。


 直前まで、腹の探り合いをしていた身としては、何だか毒気を抜かれた気分になってしまいます。


 ダニエル様は、それから心中の乱れを立て直すことができず、ご退出されることになったので、その日の面会はそれで終わりました。


 しかし、ダニエル様は大丈夫でしょうか。


 胸が締め付けられる、あの苦しみは私にも覚えがあります。

 ただ、ああも頻繁に苦しめられていては、さすがに心臓に悪いのではないかと思ってしまうのです。


 ダニエル様のご体調を慮って面会の席を設けているのに、かえって悪くしては本末転倒です。


 ルシアン殿下だけでなく、ドロテア様のお手も煩わせているのですから、少し気を付けなければいけないかもしれません。








 それから、出来るだけ面会の日が設けられ、数週間が過ぎました。

 その頃になると、仕事終わりにお会いすることにも慣れて、それなりに気心も知れてきます。


 もちろん、互いに王の御子に仕えている身ですから、面会以外にも顔を合わせることが多々ありました。


 ですが、魔女様の呪いや、私とダニエル様の面会は、近しい人たち以外には内密に。という命が出ているので、いつも通り他人行儀で振る舞います。


 廊下ですれ違ったり、同じフロアに居合わせたりと、会釈で済む鉢合わせばかりですから、それでも全く問題はありませんでした。


 そのはずだったのですが、どうにも視線を感じてなりません。

 というより、視線を感じて振り向くと、そこにいらっしゃるカンジです。


 目が合えば、ダニエル様は我に返って目を逸らす。それの繰り返しです。


 お仕事に支障が出ていないか気になったのですが、ルシアン殿下のお側近くに侍っている時は、身に染み付いた忠誠心の方が勝つようです。


 それでも、当初は恋患いで伏せっていたわけですから、仕事終わりの面会があってこそ、切り替えが出来るのだと思われるそうです。


 しかし、別の方面で問題が発生していました。


 日々、護衛のお勤めで培っているダニエル様の目敏さが、どうしても見付けてしまうのです。私が、他の殿方と話しているところを。


 話すといっても、仕事上どうしても必要になるくらいの会話にすぎません。


 ダニエル様も、それは分かっているのでしょう。けれど、それを発見される度、胸を苦しそうに押さえられる姿が散見されるのです。


 本当にご体調が心配です。

 これでは、私が何をしていても彼の胸を痛めてしまう気がします。


 いっそ、私の姿が目に入らない方がいいのではと思ってしまうのですが、やはりそれはそれで彼を苦しめるのでしょう。


 打つ手なしです。恐るべし、ヒトメボレの呪い。


 その日も、下官の殿方とドロテア様の祝典用のお衣装について、打ち合わせしていることろを見られてしまった時でした。


 下官との話を終えあと、ダニエル様が苦しそうに胸を押さえ、廊下の奥にあるアルコーブへと入って行くのが見えたのです。


 何かの所用だったのか、その時の彼は一人で、私も一人でした。

 だからでしょう。思わずダニエル様の跡を追ってしまったのです。


 人目から隠れるのには丁度いいアルコーブで、壁により掛かるようにして丸められた背が見えました。


 「……ダニエル様?」


 彼の背中が、びくりと震えました。


 「あの、ごめんなさい。さっきの……ですよね」


 ダニエル様は、体の半分だけをこちらに向けられます。


 「――いや、セシル殿が謝ることはではない。こればかりは、いかんともし難いだろう。他の男と喋るな、なんて言えるはずがない」


 こちらの向いたはずの横顔が、再び向こうむいてしまいました。


 「でも……私が言うのもあれなのですが、今ダニエル様の胸を痛めているのは、嫉妬と呼ばれる症状ですよね。それだと、苦しいだけではないですか?」


 前に、ダニエル様が仰っていました。

 私と会うのは胸が苦しいけれど、浮き立つような感覚があるのだと。


 ですが、別の殿方と会っている姿を見せつけられては、浮き立つも何もないでしょう。


 だとしたら、尚更お体が心配になります。


 「――俺を、心配して?」


 「ええ、もちろんです」


 心の内のまま頷けば、ダニエル様がもう一度振り向きました。


 今度は横顔ではなく、しっかりと私を見向きましたが、そこには、わずかに寄せられた眉と、切なげに揺れる瞳がありました。


 これまで見たことのない表情でした。


 私は多分あてられてしまったのでしょう。そのせいで、ダニエル様が距離を詰めてこられたのにも動けずじまいでした。


 気付いた時には、すぐ横の壁に手を付かれ、逃げる経路を封じられていました。


 二つの体が、触れるか触れないかの至近距離。

 熱に浮かされた目に見下ろされ、温度の高い吐息をつかれます。


 ダニエル様のもう一方の手が動き、長い指の背が私の頬を撫でようとしました。


 弾かれるように、肩どころが全身が強ばったのは私でした。

 逸らそうにも逸らせなかった目が、わずかに瞠目した黒い目を捉えます。


 「――――……すまない」


 言葉と同時に、ダニエル様の体温が離れました。


 そのまま私を置いて早足に立ち去って行かれるのを、私は呆然と見ているしかありませんでした。








 うかつでした。


 いつも真摯な言動をされ、どちらかと言えば奥手な印象のある方でしたから、あんな行為に出るなんて思いもしませんでした。


 どうからどう見てもか弱い娘を、体格差で壁際に追い詰めるなんて反則です。


 全ての元凶が、魔女様の呪いにあるとはいえ、ダニエル様も男の方だということを、まざまざと思い知らされました。


 まったく、面白くありません。


 もし、フォルテ様が笑うようなことになってしまったら、どう責任取ってくれるのでしょう。


 本当に、面白くありません。


 「今日は、ダニエル様と口をききません」


 その日の面会の席で、私はそう宣言しました。


 対してダニエル様は沈黙し、フォルテ様はにわかに顔色を変えました。


 「――え、ちょっ。え。ダニエルお前なにしたっ!」


 「…………」


 フォルテ様がダニエル様に食ってかかるも、ダニエル様は黙って視線を逸らすだけで、事の次第を語る口を持ちません。


 私もそっぽを向いて、立腹をことさら前面に押し出します。


 フォルテ様は、私とダニエル様の様子を交互に見比べると、どういう解釈をしたのか、やたら下手に出た体で居住まいを正されました。


 「……えーと。この度の不祥事は、ルシアン殿下にご報告申し上げた方がよろしいでしょうか?」


 口調も丁寧に改められて、遺憾の意を示されます。

 ダニエル様も、最後の審判を待つような面持ちで微動だにされません。


 私は、ひたすら恐縮される二人に一瞥をくれたあと、


 「……今回は、これで許してあげます」


 言って椅子から立ち上がり、フォルテ様へと一歩分だけ近寄りました。


 「実は私、フォルテ様のような軟派な殿方が大好きなんです」


 ぴしりと、場の空気が凍り付きました。


 「素敵です、フォルテ様。お慕い申し上げております、フォルテ様。お付き合いしたいです、フォルテ様。子供は3人欲しいです。フォルテ様」


 矢継ぎ早にたたみ掛ければ、ダニエル様が胸を押さえながらテーブルに沈んでいきます。


 「いや、待って。侍女どの待って。それ俺も痛いから、俺の胃も痛いから。てか、俺の命が危険で危ないからっ」


 フォルテ様の必死な形相に、ふと見てみれば、テーブルに伏せったダニエル様が、腰に帯びたサーベルに手をかけられているのが見えました。


 刃傷沙汰はさすがに本意ではありません。


 仕方なく、今回はこれで勘弁してあげるため、テーブルの椅子に戻ります。


 お許しが出たことに安堵したのでしょう、二つ分の長い溜め息を聞きながら、私は今日の分のお茶請けをいただくことにしました。


 「―――……その。本当に、すまなかった」

 「今日は、ダニエル様とは口をききません」


 うっ、と呻いて、ダニエル様は胸に手を置かれます。


 そのお姿に、ふふふ。と、思わず笑い声をもらしてしまいました。


 そんな一笑にすら、ダニエル様はどう受け取ればいいのか困り果てた顔をして、武門の名家だという近衛騎士様の威厳はどこにも見当たりません。


 とはいえ、厳めしさなどずいぶん前から綻びを見せていましたけれど、個人的にはこちらのダニエル様の方が好ましいですね。


 何より、私の心臓に優しいですから。







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