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02 コイワズライ


 魔女様銃撃事件から、10日ほどが経ちました。


 あのすぐ後、正真正銘の魔女様を目にされて、やや興奮気味のドロテア様からの質問攻めに遭いましたが、お兄様のルシアン殿下が取り成してくださったので、どうにか事なきを得ました。


 私はいつも通り、ドロテア様のお世話をする日々に戻り、忙しくもとても平穏な日々を送っていましたが、ほどなくしてルシアン殿下からの使いがあったのです。


 現在どのような状況なのか、てっきり使いの方から説明があると思ったのですが、ルシアン殿下がじかに口で述べたいとして、呼び出しを受けました。


じかに、と言う部分にとても不穏なものを感じましたが、殿下直々の申し出を断るわけにも参りません。


 王子宮にある第三王子用の謁見室、平たくいえば応接間へ赴くと、ルシアン殿下ほか、あの日あの場に居合わせた、たれ目がちの近衛様もおられました。


 ご足労すまない、と、やや気落ちした様子のあるルシアン殿下から畏れ多いお言葉をいただけば、殿下はさっそく本題に入られました。


 「回りくどい言い方を避けさせてもらうと、ダニエルの呪いはまだ解けていない」


 「……おいたわしいことです」


 とはいえ、その予想はしていました。

 でなければ、わざわざ呼び出される謂われがありません。


 「あれからすぐに父上に相談して、北方にある魔女の住処とされている森へ使いを出していただいたのだが……家のドアに傷心旅行中だという張り紙がされていたそうだ」


 「…………」


 魔女様、本当にお辛い失恋をなさってしまったのですね。


 「魔女殿の捜索は今も続けている……が、おそらく望みは薄いと父上に言われた。自然の摂理に近い彼女たちを追ったり、捕らえたりする術は我々には無いとも」


 ルシアン殿下が重たいため息をつかれます。


 「ただ、魔女殿がダニエル一人に呪いを与えたのなら、国や王家への報復はまずないと考えていいらしい。それに、年嵩の爺たちが言うには、ああいう類の呪いは時間を置けば勝手に解けるだろうという意見が多かった」


 それならば良かったと申し上げたいところですが、ルシアン殿下の様子からして、どうやら、それはまだ不適切のようです。


 殿下は、気遣わしげに私を見つめられました。


 「……実は、ダニエルは今、病床についていてな」


 「……やはり、魔女様の呪いが?」


 「ああ、仕事が手に付かないほど苦しめられていて、芳しい状態とは言えない。ただ、病名は……その、恋患い、だそうだ」


 誰かの、吹き出す声が聞こえました。


 この謁見室にいるのはルシアン殿下と、私と、たれ目がちの近衛様しかおられないので、正体は消去法で明らかなため、私は聞こえないふりをしました。


 「それで――セシル・フォール殿」


 名前を呼ばれ、少しだけ驚きました。


 第三王女の侍女に過ぎない娘のフルネームをご存じだということは、どうやらすでに身元調査は済まされているようですね。


 「その……この件に関して、貴女はほとんど無関係だと重々承知しているが、頼みがある。ダニエルを見舞ってやってはくれまいか」


 「…………」


 すぐには答えられませんでした。答えられるはずもありませんでした。


 「貴女とダニエルは、特に親しい仲ではないと思う。私とドロテアが共にいる時、たまに顔を合わせる程度だろう」


 その通りです。あくまで仕事上、間接的な接点しかありません。


 特別な接点があるとすれば、あの日、あの時、ヒトメボレという、まさに呪われてた接点が出来てしまったことだけでしょう。


 「だが、恋患いというのは、死に至る病なのだそうだ……」


 どこまでも真剣に話を運ばれる殿下の近くで、必死に笑い声を抑えている声がまた聞こえました。


 「――フォルテ、いい加減にしろ。セシル殿にも失礼だ」

 「はい。申し訳ありません」


 忍び笑いはぴたりと止みました。

 彼の扱いに慣れているのか、殿下は何事もなかったように仕切り直されます。


 「セシル殿、どうか頼みたい。ダニエルに貴女の顔を見せてやってくれ」


 そう言って、ルシアン殿下は私に切望されます。


 ご自分の身替わりになった忠臣が呪いを受けてしまったのですから、殿下が懸命になる気持ちはとても分かります。


 ですが、これを受けてしまったら、無関係だと言い張ることは、もはや出来ない気がするのです。いえ、気のせいではないでしょう。


 関係者どころか、きっと立派な当事者なってしまうはずです。


 しかしです。いま目の前で頼みを口にされているのは、私の主人であるドロテア様のお兄様であり、国王の御子であるルシアン殿下です。


 しがない侍女の身では、やはり、そうそう撥ね付けられるはずもないのです。







 3日後、ルシアン殿下の要請に応え、私はダニエル様が養生されているというお屋敷を尋ねました。


 ダニエル様は、ドラン伯爵家の次男様で御歳23歳だということです。


 ドラン伯爵家は、武門の名家として有名で、もちろん私も知っていました。


 王家への忠義は筋金入りで、そのため拝領地すら持たず、代々王族方に仕える武芸者を輩出している、とても堅いお家柄らしいですね。


 いちおうの礼儀として、訪問着に着替えてうかがったのですが、何故か私の隣には、フォルテ様が同行されていました。


 フォルテ様というのは、あの笑い上戸なところのある、たれ目がちの近衛様です。


 ダニエル様のことが酷く心配だからと、ルシアン殿下に付き添いを名乗り出られたとか。

 ですが、どうしてでしょう。彼の言葉は、耳の上を滑ってなりませんでした。


 それでも、ダニエル様の知り合いがおられるのは、心強いです。

 親しい仲ではない殿方と二人にされても、重苦しい空気になるのは目に見えています。


 そうして用意万端ととのえ……いえ、お膳立て万端ととのえられて乗り込みましたが、私たちを出迎えたのは、歓迎の言葉ではありませんでした。


 「申し訳ありません。それが……ダニエル様は、お会いにならないと」


 応接間に通されたあと、応対にいらいした執事の方にそう言われてしまいました。


 執事の方は大変恐縮されています。この度の訪問は、事前に知らせてあったわけですから土壇場でキャンセルを口にするのは、相当心苦しいでしょう。


 すると、フォルテ様がソファから立ち上がりました。

 しかも私に手を差し出して起立を促すので、本日は諦めて帰るのかと、私はその手に応えます。


 「ジョルジュさん、ダニエルの部屋まで案内してください。こちらのセシル殿とダニエルを会わせることは、ルシアン殿下からのご指示です。これは、貴方の仕える主人が忠誠を誓われている主君の命です」


 「――は、はい」


 執事の方は、むしろ嬉しげでした。

 恋患いという、世にも珍しい奇病で伏せっている主人に、さぞや気を揉んでいらしたのでしょう。


 執事の方に案内されて、ダニエル様の自室と思わしき扉の前までくると、フォルテ様は執事の方を下がらせました。


 そして自ら扉をノックされると、執事の方に説明された内容とほぼ同じ事を口にされます。


 ですが、ダニエル様の返事は、扉越に返ってきました。


 「……俺は、会わない」


 にべもない御返事でした。

 ただ、その声はやけに近い場所からで、おそらく扉のすぐ近くいるのでしょう。


 どうしたものかと考えあぐねていると、フォルテ様は何を思ったのか、おもむろにノブを掴み、ガチャリと扉を開きました。


 とたん、裏から押さえつける力が加わり、バタンっと扉が閉まります。


 「…………」

 「…………」

 「…………」


 こうなったらもう、力業の応酬です。


 フォルテ様が開けようとする扉を、ダニエル様が閉じようとする、そんな終わりの見えない戦いが始まりました。


 「――元気そうだな、ダニエル。ベッドから出られないとか、聞いたんだけど?」


 「も、申し訳ないが帰ってくれないか。俺はいま、人前に出られるような状態ではない」


 そんな会話を交わしながら、お二人は一進一退を繰り返します。

 ちなみに私は、どちらも応援する気はありませんでした。


 出口のない攻防に、さすがに疲労の色が見え出すと、ようやく不毛の争いだと悟られたのか、フォルテ様の方から引き下がりました。


 扉は再び固く閉ざされてしまいましたが、しかし、フォルテ様のぎらついた目に諦めた様子はなく、彼は私の方に向き直ります。


 「侍女どの侍女どの。ちょっと、いいかな」


 何故なのか、声を潜めて手招きをされるフォルテ様。

 あまり良い予感はしませんでしたが、状況の打開のためには致し方ありません。


 招かれるまま近づくと、フォルテ様は私と一緒に扉からほどほどに離れた場所にまで移動されます。それから、私の腰を抱き寄せました。


 「――え。ちょ、ちょっと何をなさるんですかっ」


 フォルテ様の胸元に肩が触れて、びくりと震えてしまいます。

 慌てて離れようとしますが、抱き寄せる力が強くてびくともしません。


 家族以外の殿方と、ここまで接近したことなどなくて、私の声はうわずっていました。


 「フォ、フォルテ様っ、やめてくださいっ」


 一瞬後、ものすごい破壊音がしました。


 見れば、固く閉ざされていた扉が蹴破られており、蹴破ったと思わしき本人がその姿勢のまま廊下に体をはみ出されていました。


 「――よし、あとは任せた」


 そう言い残すと、フォルテ様は逃げました。俊足の逃げ足でした。


 まさか丸投げされるとは思っていなかった私は、たった今、猛り荒ぶる姿を見せられた殿方を前に固まります。

 しかし、ダニエル様もまた、蹴破った姿勢のままで固まっていました。


 もしかしたら、フォルテ様の策略に嵌められた自覚があるのでしょうか?


 ひとまず様子をうかがうために、ダニエル様を見つめます。


 色合いの落ち着いた赤毛に、同じく落ち着いた黒い瞳。


 ドラン伯爵家の特色である赤と黒をよく受け継いだ精悍な顔立ちですが、記憶にあるよりも随分とやつれて見えます。


 まだお若いですから、壮年の騎士より見た目の迫力に劣るのは当たり前ですが、武門の一族には相応しかった体躯も、何やらしぼんでいる気がします。


 ただ、先ほど仰っていた「人前に出られる状態ではない」ですが、服装をはじめとした身だしなみはきちんとされていました。

 髪型も整えられていますし、無精髭も生えていません。


 おそらく人前に出られない状態というのは、精神的な状態を指していたのでしょう。


 「……あの」

 「――っ」


 ダニエル様は声にならない声を出して、胸を押さえ出しました。


 「…………」


 困りました。喋るだけで、そんな苦しそうな反応されしまうと、喋りにくくなってしまいます。


 しかし、ここは言うべき事を言わないと、おそらく先に進めないので、心を鬼にしようと思います。


 「ルシアン殿下からうかがいました。魔女様の呪いのためにお加減を悪くされているそうで」


 「――…ああ、その通りだ。すまない、貴女にまで迷惑をかけたようだ」


 意外にも、しっかりとした返事がありました。

 ですがダニエル様は、頑なにこちらを見ようとはしません。


 「だが、どうか気にしないでくれ。これは魔女殿が俺に下した正当な罰だ。甘んじて受け入れるのが筋というもの」


 そうやって、私を遠回しに追い払う台詞を口にすると、身を起こして自室へと戻ろうとされます。


 ダニエル様は、私より6つも年上の殿方です。そのうえ伯爵家の次男という、男爵出の私とは身分も違います。


ですから、とても無礼な言い方になってしまうのですが、目の前で片意地を張っている殿方に何やらイラっとしてしまいました。


この方は、ルシアン殿下や執事の方にあれほど心配させておいて、何を言っているのでしょう。


 「ルシアン殿下が、貴方の不調を気に病んでおられます」


 扉のノブに手をかけていたダニエル様の動きが止まりました。


 「ダニエル様が身替わりになって、正当な罰とやらを受けたせいで、ルシアン殿下はただでさえご自分を責めているはずです。それなのに、貴方は呪いの力に抗うことなく病床に臥せってしまう始末。殿下はますます、ご自分の咎に苛まれておいででしょう。だからこそ殿下は直々に動いて、私をここへ遣わされたのです」


 ダニエル様からの反応はありません。

 しかし、自室に逃げようとしていた足を、それ以上動かそうとはしませんでした。


 「ダニエル様、分かっておいでですか? 貴方は、王の御子である主君の頭を、一介の侍女にすぎない私に下げさせたのですよ」


 実際は、下げられてなどおりません。

 けれど、そう言った方がこの方には堪えると思ったので、嘘も方便というやつです。


 現に、こちらを見ようとしなかったダニエル様の、驚愕に見開かれた目がこちらを向きました。大事な部分を見落としていたことに、本当に気付いていなかったようです。


 「――――……俺は、どうしたら」


 かすれた声が呟きました。


 「決まっています。一日でも早く、快気された姿をルシアン殿下にお見せ下さい。殿下が私に頼まれたことは、つまりそういうことのはずです」


 しかし、ダニエル様から返ってきたのは、苦悶の表情でした。


 「……だが」


 そこから先が続きません。言葉にし難いことがあるのでしょうか。


 この期に及んで見せるその葛藤が、彼も伏せりたくて伏せっているわけではないことを如実に物語っていました。


 「……魔女様の呪いは、そこまでお辛いものなのですか?」


 「…………」


 「具体的には、どのようなものなのでしょう? 近衛のお勤めが手に付かないほど、なのですよね。もちろん、答えられる範囲でかまいません」


 「…………」


 ダニエル様は、胸を押さえて黙られてしまいます。今もお辛いようです。


 「ルシア」

 「わかったっ」


 どうやらダニエル様は、ルシアン殿下に相当弱いようです。


 それでも言いにくそうに、その、や、あの、を挟んで大いに口篭もったあと、伏し目がちになって語られました。


 「――辛いんだ。貴女に、会えないことが」


 「…………」


 少し――いえ、かなり誤解を招く言い方です。


 「これが作られた感情だということは分かっている。だが、どうしようもないんだ。俺と貴女とは、何の関係もない。だから、会いに行くことは出来ない。その絶望感が、毎日のように押し寄せてくる。永遠に続く……それが心身に響いて、何ひとつ手が付かなくなる」


 自分で言っていて決まりが悪いのでしょう。頬にやや朱が差しています。


 「……こうして会っている今は、どうなのですか?」


 「――…胸が、苦しい。ただ、浮き立つような感覚があって……たぶん、幸福だと感じているのだと思う」


 そう言って、あまりに切なそうにされるので、私は困ってしまいました。

 そんなことを言われたら、方法はひとつしか無くなるではありませんか。


 「……では、お会いするのはいかがでしょう」


 ダニエル様から、息を詰めるような音が聞こえました。


 「同じ宮仕えの身でもありますし、それぞれの仕事終わりに少しばかりの時間を取って、面会の席など設けては?」


 「…………」


 「会えないのがお辛いのでしたら、一日の最後には会えるのだと思って、気を楽にすることができれば、近衛のお勤めに戻ることも可能かもしれません。ですから……ダニエル様?」


 ダニエル様は、口元を押さえられていました。

 よくよく見れば、呼吸が上手くできないようです。


 「……あの、大丈夫ですか?」


 すぐさま頷かれます。

 ですが、まるで呼吸困難のように見えるお姿は、あまり平気そうには見えません。


 「アレじゃない? 言葉に出来ないくらい嬉しいってやつ」


 背後からかかった声に振り向けば、フォルテ様がすぐ近くにいました。

 わけ知り顔のご様子からして、どうやらすぐ近くから聞き耳を立てていたようです。


 それから、会話が出来なくなってしまったダニエル様の代わりに、フォルテ様がその場を引き取ってくれました。


 私の提案通り、ダニエル様とは今後仕事終わりに会えるよう、ルシアン殿下に話を通してくださるそうで、勤務日時などの調整も出来るだけ私の方に合わせもらえるよう掛け合ってくださるようです。


 それはとても助かりますね。とはいえ、巻き込まれたのは私の方ですから、それくらいの取り計らいはあってもいいのかもしれません。


 あくまでも人助けとして今回の件に参加しますが、いつまで続ければいいのか。そうした気掛かりは、もちろんあります。


 ですが、ルシアン殿下が仰るには、時間を置けば勝手に解ける可能性が高いとのことですし、今はそれに期待するといたしましょう。






※ 5/22セシルの身分を男爵に訂正しました。

  5/29年の差を6つに訂正。作者は足し算が出来ないことが判明。

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