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01 ヒトメボレ


 それは、ある昼下がりの出来事でした。



 私、セシル・フォールは、第三王女のドロテア様に仕える4人の侍女の一人です。


 自分でも言うのもアレですが、王族に仕える侍女ですから、そこそこ見栄えのする容姿を持っています。かといって、他の侍女たちより悪目立ちするほどではありません。


 黒の巻き毛に、紫色の瞳をした17歳で、容姿と能力を買われ、13の歳から宮仕えをさせていただいております。


 少々勝ち気なところのある第三王女様にお仕えして早4年となりますが、その日は、ドロテア様のお兄様、第三王子のルシアン殿下が狩猟を行われる日で、かねてよりドロテア様のおねだりがあって、同行を許されておりました。


 12歳のドロテア様は、14歳と年の近いルシアン殿下とは、大変仲良くされています。


 だからこそ、この度、ダンスのステップをマスターすることを引き替えに、はじめての狩猟体験をめでたく獲得されました。


 もちろん、雰囲気を味わうだけで、実際に猟銃を手に取られるわけではありません。


 そして、ドロテア様の侍女である私も殿下一行に付き添うことになり、王家所有の森へと足を運ぶことになりました。


 王家所有の森だけあって、あぜ道にまでしっかりと人の手が入っており、森の合間合間には開けた場所が作られ、休息所としてきちんと設備されておりました。


 私たちは、そのひとつに陣を取って、殿下一行がさらに森の奥へと向かうのを見送ります。


 狩り装束の殿方たちが見えなくなると、一転してピクニック気分です。


 ドロテア様は少々不満げなので、お兄様たちが戻ってこられるまで、花摘みや、木の実取りなどをして、気を紛らわせてもらいます。


 その裏で、私たちは木枠で作られた東屋の掃除を軽く済ませ、バスケットに詰めてきた昼食の準備に取りかかりました。


 遠くから響く猟銃の音を聞きながら、お兄様たちが帰ってくる時を今か今かと待ち兼ねているドロテア様の動向に気を付けていましたが、太陽が中天にさしかかった頃、待ち侘びたルシアン殿下一行が戻ってこられました。


 ご一行様は、仕留められたとおぼしき獲物を、担いでおられます。

 とくに目に見えて大きな獲物は、人の形をしていました。


 ええ、それはもう、とても立派な人間で―――


 「………………………え」


 誰とも分からぬ声が、つぶやくのが聞こえました。


 男性二人がかりで丁重に運ばれている人間――おそらく女性の形をしたソレは、細い四肢を放り出してぐったりとされております。


 よくよく見てると、殿下たちはお葬式に参列されるような顔をして、こちらに歩いていらっしゃいました。


 私ははっとして、好奇心旺盛なドロテア様に見せてはいけないものだと判断し、不用意に近づくのを止めるため動きました。


 そうして動いたのがいけなかったのか、ドロテア様のもとへ参ずる前に、殿下一行の目に留まってしまったのです。


 「そこの侍女殿、貴女でいい。こちらに来てくれ」


 人の形をしたそれを、地べた降ろしていた赤毛の近衛様に呼び止められます。


 嫌な予感しか致しませんでした。


 「他に外傷がないか見てくれないか。我々が女性の体に触るわけにはいかないのでな」


 「……あの。ご遺体に触れるのは、ちょっと」


 「え。――いや、違う。彼女はまだ死んではいない。彼女は魔女だ」


 ……魔女?

 魔女というと、あの人間と精霊の中間的存在だと言われている魔女様でしょうか。


 死体だと思うと直視しづらかった姿をきちんと目にしようと、少しだけ近づきます。


 我々人間とは少々異なったセンスの衣装を着こなす、美しい妙齢の女性です。


 気を失っているようですが、その頬は薔薇色で、温かな血が通っていることを如実にしていました。


 ただ、その美しいお姿を台無しにするものがひとつ。彼女の側頭部には、大きなたんこぶがこさえられおられました。


 「……鳥を、撃ち落とそうとして、当たってしまった」


 そう零されたのはルシアン殿下でした。


 何でも、空を飛んでいた鳥に狙いを定め、引き金を引いたら、運悪く横から飛び出してきた魔女様に命中してしまったそうです。


 猟銃での怪我もそうですが、箒で飛行中だったため、高所から落下した衝撃も心配されるそうで、私にお体を調べて欲しいそうです。


 銃で撃たれても、たんこぶで済んでいる時点で、あまり心配ないような気もしましたが、殿下のご要望ですので、魔女様の玉のようなお肌を調べさせていただきます。


 「北の魔女殿だろうな。彼女と(うち)は、今のところ友好的な関係を築いていると聞いている。これが元で関係に亀裂が生じようものなら……」


 ルシアン殿下の沈んだ言葉に、近衛の方が応じました。


 「ですが、ここは王家の私有地であると魔女殿もご存じだったのでは? 不用意に飛んでいた彼女にも過失はあるかと」


 「そうかもしれんが……母上の話では、魔女殿はとても気まぐれな性質だと聞いている。一度機嫌を損ねてしまえば、手が付けられんとも」


 ルシアン殿下が懸念されるとももっともだと思います。


 私も、北の魔女様が起こされた『気まぐれ』は、いくつか知っていました。


 王都中の草花や動物たちが、突然しゃべり出したりとか。

 子供たちにだけ獣の耳としっぽが生えたりとか。

 貴賤問わず、全ての夕食メニューをワインとローストビーフにしたりとか。

 天から雪ではなく綿菓子を降らせたりとか。これはお子様たちに大好評だったとか。


 やくたいもない内容ばかりだと、侮ってはいけません。


 要するに、ただの気まぐれひとつで王都中に影響が及ぶわけですから、もし一国の王子が魔女様に無体を働いたとなれば、厄災は一国全土を巻き込みかねないのです。


 たとえるなら、雷や嵐といった天災のようなものでしょうか。

 自然の摂理に近い魔女様から、いかに理不尽な怒りを下されても、私たち人間はどうすることも出来ず打ち拉がれるしかないでしょう。


 お姿を垣間見ただけでも、その日一日の話題になる北の魔女様に、こうしてお会いすることとなったのに全く喜べず、どこもかしかもスベスベな魔女様のお肌に触れる手も、自然と慎重になってしまいます。


 殿下たちが、こちらの様子をうかがいながら議論を交わしていた時でした。

 魔女様のお手がピクリと動いたのです。


 「殿下、魔女様が……」


 私の呼びかけに、魔女様を囲んでいた面々が振り返り、皆さまが固唾を呑んで魔女の動向を見守ります。


 ゆっくりと目蓋が開かれ、目の焦点が結ばれた瞬間、背中の筋力だけをもって起き上がりました。


 「わたくしを撃ち落としたのは、だあれ?」


 起き上がるなり犯人を捜す魔女様の口は、三日月のような弧を描いておりました。


 「私です。なんなりと罰をお与え下さい」


 名乗りを上げると同時に跪いたのは、私に声をかけられた赤毛の近衛様でした。


 「――待て。違う。私だ、魔女殿。この者は主君である私を庇おうとしているっ」


 ルシアン殿下が慌てて訂正しますが、近衛様も譲りません。


 「いいえ、私です。どうかこの身ひとつで、貴女様の怒りをお収め下さい」

 「ダニエルっ、やめろっ」


 殿下と近衛の方が言い争う中、魔女様が毅然と立ち上がりました。


 「うるさいっ! わたくしは頭が痛いのっ。機嫌も悪いのっ。この際どっちだっていいわ。わたくしが受けた苦しみを、存分に味わいなさいっ」


 そう言って差し出された魔女様の指先は――――近衛様に向かいました。


 ルシアン殿下が抗議の声を上げ、前に出ようとしたため、もう一人の近衛様が殿下を取り押さえます。


 魔女様の指先から、光がほとばしりました。

 幾筋もの光が近衛様に――ダニエル様に襲いかかり、体中に光が突き刺さってゆきます。


 跪いたまま動かないダニエル様を全ての光が貫くと、ほんの一瞬だけ体全体が光を発しました。


 俯いていたダニエル様が顔を上げます。

 その顔には、何の変哲も見られません。


 むしろ、ダニエル様の方が自分に何か異変はあるかと問うように、その場にいる人たちの顔を順繰りに見つめていきます。


 ルシアン殿下、もう一人の近衛騎様、そして、最後にわたしの顔を視界に捉えました。


 視線が噛み合った瞬間、ダニエル様の目が限界まで見開かれます。

 どうされたのかと、そのまま見つめていれば、ダニエル様は息を呑みました。


 そして、どこかに痛みが走ったかのように眉をひそめると、胸を押さえ出してしまわれました。


 あからさまに苦しみ出したダニエル様に、ルシアン殿下がいきり立ちます。


 「魔女殿っ、ダニエルに何をされたっ!」


 「ヒトメボレの呪いをかけたのよ」


 「ヒトっ――――……ヒト、メ、ボレ?」


 ルシアン殿下でなくとも、その場にいた皆さまが聞き返していたと思います。

 それほど魔女様の言葉は耳を滑っていきました。


 「……あの、ヒトメボレ……というのは、あの一目惚れ?」


 「その一目惚れよっ」


 沈黙が落ちました。


 二の句を継げないルシアン殿下の代わりに、もう一人の近衛様――少したれ目がちの方が問い返します。


 「――あのー……魔女様が受けた苦しみとやらは、どこに……?」


 「昨日、失恋したのよっ! わたくしの乙女心はズタボロよっ!」


 再び沈黙が落ちました。

 おそらく、先ほどよりもずっと重たい沈黙です。


 「……それって、八つあ」


 果敢にも、たれ目がちの近衛様が的確なご指摘をされかけましたが、魔女様からギロリと睨み付けられ口を噤まれます。


 「それじゃあ、せいぜいもがき苦しむといいわっ!」


 高らかにそう言い放つと、魔女様は古式ゆかしき高笑いをされながら、どこからともなく箒を取り出し、颯爽と飛び立っていかれました。


 実に理不尽な呪いと、打ち拉がれる人間たちを残して去っていく魔女様のお姿が見えなくなるまで、私たちは呆然と空を見上げておりました。


 「えーと……ああ、そうだ。ダニエル、大丈夫なのか?」


 いち早く我に返ってこられたルシアン殿下が、うずくまるようにしていたダニエル様の傍らに膝を折りました。


 「……はい」


 そう答えられたダニエル様ですが、その声は弱々しく、何かを耐えるようにして呼吸を乱しはじめています。


 たれ目がちの近衛様も、様子をうかがうように屈み込みました。


 「結局のところ、ヒトメボレの呪いってどういうものなんだ? 本当に恋に落ちたりしちゃったのか?」


 「恋、ということは……相手は、やはり」


 ダニエル様以外の目が私に向きました。


 …………やはり、そういうカンジになるのでしょうか。


 ダニエル様が視界に入れたのは、ルシアン殿下たちも同じはずですが、強制的に恋慕を抱かせる呪いなら、同性には作用しない可能性の方が高い気がします。


 そして、一番最初にダニエル様の視界に入ったと思わしき異性は一人しかおらず、言うまでもなく結果は見えています。


 「……あの」


 出さずにはいられなかった私の声に、ダニエル様の体がびくりと震えました。


 「……あの、わたしは、どうしたら?」


 ただ、それだけを聞いただけなのに、ダニエル様は胸のあたりを苦しそうに押さえてしまいます。どころか、体勢を崩し、地に手を付くほどに息を切らしはじめました。


 「侍女殿、すまないが、どうやら貴女の声に反応しているらしい。今はできるだけ喋らないでやってくれるか」


 殿下の言い付けに、私は無言で頷きます。


 「ひとまずは帰城して様子を見よう。貴女はドロテアのところに戻ってくれ。あとで連絡を入れさせる。それまでは、いつも通りにしていてくれ」


 はい。と答えそうになった口を慌てて閉じて頷きました。


 その場を辞する際、ちらりとダニエル様に目をやりましたが、ダニエル様は私の方を頑なに見向こうとしません。


 何と言いますか、ダニエル様はとても気の毒だと思うのですが、何やらとんでもないことに巻き込まれた気がしてなりませんでした。






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