my only one!
ぬいぐるみを抱いている女の子って可愛いとおもうんですよ!
my only one!
今、幼稚園児の女の子の間で流行っている遊びがある。
『ヌイグルミ』遊び。
それは社会現象を起こすほどの流行となっていた。
そう、私がいる幼稚園でも。
「【くまこ】と私の魂をリアライズ! そしてフュージョン!」
「【パオこ】と私の魂をリアライズ! そしてフュージョン!」
二人の少女の前に、双肩に砲台がついた熊と鼻を棍棒化させた象が現れる。
『バトル!』
最早日常風景と化した『ヌイグルミ』遊びは、毎度のごとく熾烈を極めていた。
『ヌイグルミ』遊びは以下の通りのルールだ。
①『ヌイグルミ』遊びは二人で行う。
②最初に自分の一番愛する『ヌイグルミ』と自分の魂を実体化させる。この時の掛け声がリアライズ。
③次にその二つの魂を融合させて、『ヌイグルミ』の魂に武装させる。これがフュージョン。
④勝敗は文字通り武力で相手を倒した方が勝ちとなる。勝敗は審判の判断に委ねられ、大体大人が決める。
⑤自分と『ヌイグルミ』の魅力を観客に認めてもらうことで、自分の『ヌイグルミ』がパワーアップする。
⑥『ヌイグルミ』遊びは10歳の女の子までしか行えない。
ちなみに、小学校でもそれなりには流行っているらしい。私は幼稚園の先生をしているのでよく知らないが。
何にしても、『ヌイグルミ』遊びは今最も熱い遊びだった。
そして今この幼稚園では、体育館で『ヌイグルミ』遊びの大会が行われているのだ。
「せんせぇ……。審判お願い……」
園児の一人にちょいちょいと服を引っ張られた。
私の服を引っ張ったのは冬奈ちゃん。髪は背中まで垂らされている子だ。いつもおどおどしていて、常に青色の大きな熊の『ヌイグルミ』に顔を埋めている。『ヌイグルミ』の名前は【あきら】。雪の結晶が好きで、お母さんにつけて貰ったとか。
「わかったわ。誰とするの?」
私は驚かさないように、にっこりと微笑みながらしゃがんで、目線を同じ高さに合わせる。
「可憐ちゃん……」
「わかったわ」
私は二人の試合場所まで案内された。
場所につくと、ショートカットの元気そうな女の子がいる。可憐ちゃんだ。
可憐ちゃんはとても活発な子で、足は男子よりも速く、言いたいことをはっきりと言う冬奈ちゃんとは対照的な子だ。
『ヌイグルミ』の名前は【可憐mkII】、ライオンの大きな『ヌイグルミ』だ。
「では位置について!」
私がそう言うと、二人は一定の距離を保つ。緊張感が私にまで伝わってきた。男の子たちギャラリーが集まってくる。
「俺冬奈たん応援するわ!」
「冬奈たん結婚してくれ!」
「バッカ、可憐姐さんの足最高だろ!」
「可憐姐さん、僕を踏んでください!」
お前らは本当に幼稚園児か?
そう心の中でツッコミを入れつつ、私は手を振り上げた。
「始め!」
合図をかけると、冬奈の回りに青のオーラが、可憐の回りに赤のオーラが円を描くように現れる。
「行くよ冬奈! あんたと戦うのは嫌だけど、バトルとなれば手加減しないよ! 【可憐mkII】と私の魂をリアライズ! フュージョン!」
「う……うん……来て……可憐ちゃん……! 【あきら】と私の魂をリアライズ……! フュージョン……!」
可憐ちゃんの前に炎に包まれたライオンが、冬奈ちゃんの前には冷気を纏った青い熊が現れる。
『バトル!』
「私から! 【可憐mkII】! いっけぇ!」
【可憐mkII】が【あきら】に突進する。
可憐ちゃんは興奮したのか、右足を振り上げた。
「きたああああ! あれこそが神の賜りしポーズ! スカートの中が見えそうで見えない!」
「可憐姐さん! 僕を蹴ってください!」
男の子の声援で、ライオンの炎が一層燃え上がる。
しかし冬奈ちゃんも負けてない。【あきら】をぎゅっとすると、目を潤ませて、
「【あきら】……お……追い払って……」
「冬奈たんさいこぉ! それを際立たせてる【あきら】もさいこぉだよぉ!」
「ハグしてええええええ!」
冬奈ちゃんのポーズに男の子が歓声をあげると、【あきら】の冷気も凄まじくなり、周囲を凍らし始める。【あきら】は腕を胸の前でクロスさせると、勢いよく【可憐mkII】に向かって振り抜いた。
【可憐mkII】は危険を察して距離を取る。
一進一退の攻防が続いた。
「勝者! 可憐ちゃんの【可憐mkII】!」
『うおおおおおおお!』
可憐ちゃん派の男の子たちが飛び上がる。
『冬奈たん!』
冬奈ちゃん派の男の子たちは、倒れた冬奈ちゃんを心配そうに見ていた。
私はすぐに駆けつけようとする。しかし、私より速く可憐ちゃんが駆けつけた。
「大丈夫!? 冬奈!」
倒れていた冬奈ちゃんを可憐ちゃんが抱き起こすと、彼女は微かに目に涙を浮かべていた。
「うう……痛いよぉ……」
冬奈ちゃんはぐすんと鼻をすする。
「冬奈たんのあの表情……そそるぜ……」
「守ってあげたいよな!」
お前ら精神年齢いくつだよ!
というツッコミは心の中に押し止めて、事の成り行きを見守る。
「ごめんね……冬奈……。こんな痛め付けるような真似……」
「ううん、いいの……。可憐ちゃんと一生懸命戦えたから……」
冬奈ちゃんはにっこりと笑った。
「冬奈……好きだよ!」
「うん……私もだよ……!」
二人はひっしと抱き合う。
『百合展開キターーーーーー!』
二人を見た男の子たちは、涙を流しながら、違う派閥の子と握手を交わしていた。
私もちょっとだけ泣いてしまった。
「だけど今のは3位決定戦なんだよな……」
「あぁ……確か一人目は普通のやつなんだけど……、我らが桜華さまが出るらしい」
『桜華さま!』
「あの高飛車な態度!」
「一度でいいから踏まれたいよなぁ……」
「いいや俺はあのピノキオみたいな天狗の鼻を挫きたいね。絶対に可愛いぜ」
「まぁ何にしても桜華さまには敵わないだろうな」
「何故なら園児全員が桜華さまのファンだしな」
「あぁ、冬奈たんも可憐姐さんもかわいいけど、桜華さまには敵わないよな」
「次の対戦相手が可哀想だ……」
だからなんでそんなに精神年齢成熟してるんだよ……。
声に出さなかったが、顔に出したと思う。
その時、『おお!』と園児全員がどよめいた。彼らの視線の先には、噂の桜華ちゃんが立っていた。
桜華ちゃん。
お金持ちの家の一人娘で、将来は絶世の美女になるレベルの美少女だ。彼女の隣に立った女の子は存在感が薄くなってしまうようなオーラを放っている。髪はウェーブをかかっていて、薄いピンクの薔薇のついたカチューシャを頭につけている。そしてとっても上品な子だった。
『ヌイグルミ』は蛇の【ヤマタノオロチくん】。数々の『ヌイグルミ』を丸飲みしてきた強力な『ヌイグルミ』だ。無敗というのも恐ろしい記録である。
何より男子女子問わずあの人気。
アイドルという名前の相応しい女の子でもあった。
「審判をやっていただいてもよろしくて?」
桜華ちゃんは私の所にやって来ると、審判を頼んでくれた。
「いいよー。誰とするの?」
私は快諾して対戦相手の名前を聞く。
「それは━━━━」
「あたしだ!」
桜華ちゃんが言うよりも早く、鋭い声が響き渡った。
その声の主に、私はすぐにピンときた。
春風ちゃん。
いつもブスッと不機嫌そうな顔をしている女の子だ。髪をポニーテールにしていて、性格は男勝り。しゃべり方も男の子のしゃべり方で、そのことをからかう男子と喧嘩しては片っ端から張ったおしている。ある意味男の子から恐れられる存在だった。そういうこともあってか、孤立している女の子だった。
でも私は知っている。彼女は不器用なだけなんだ。
みんなが見えないところで植木に水をやったり、ごみを捨ててくれたり、他の子が気づかないようなところを気づいて、そして実行する、とても優しい女の子だ。
春風ちゃんは大会の前に私に言った。
「この戦いで優勝したらさ。きっとみんなともっと近づけると思うんだ。だからあたし頑張るよ、先生」
頑張れ、春風ちゃん。
春風ちゃんが使う『ヌイグルミ』は小さな兎の人形、【ラビット】。誕生日にお父さんが買ってくれた大切な『ヌイグルミ』らしい。
ちょっぴり大人な二人の決勝。
私は二人のところへ向かう。
二人が位置につくのを確認すると、手を振り上げた。
場内は男の子も女の子も『桜華さま』コール。
私はそんな中、心を静めると、手を降ろした。
「始め!」
「いきますわよ! 【ヤマタノオロチくん】と私の魂をリアライズ! フュージョン!」
「行くぜ【ラビット】! この勝負、負けられねぇ! 【ラビット】とあたしの魂をリアライズ! フュージョン!」
桜華ちゃんの前に白の体と赤色の目をもった大蛇が、春風ちゃんの前には剣と盾を持った人の形をした、スカートをはいた巨大なウサギが現れる。
『バトル!』
【ヤマタノオロチくん】には目立った装備がない。
それもそのはず、フュージョンは主に二種類に分けられている。
一つは外側に武器を装備する型。そしてもう一つは、装備はしないけど通常では使えない技が使えるようになる型だ。
二つ目はレアなケースで、ほとんどは一つ目だ。
しかしレアだからこそ二つ目の型は強い。
「さっさと終わらせますわよ! 【ヤマタノオロチくん】! 【天滅の槍】!」
〈ギャオオオオオオオオオオ!〉
【ヤマタノオロチくん】は咆哮と共に、口から灰色のビームを放射する。
「朽ち果てなさい愚民! これで決着ですわ!」
アハハハハハハハハハッ! と桜華ちゃんが高笑いをあげる。
「あぁ、桜華さまに罵られてぇぜ!」
「馬乗りにされたい!」
「むしろ俺は馬乗りしたいね!」
男の子たちが興奮ぎみに口々に欲望を叫ぶと、ビームの威力が一段階上がった。
「【ラビット】! 防げぇ!」
【ラビット】は盾を構える。
しかしビームが触れた瞬間、盾は粉々に破壊され、【ラビット】もろとも春風ちゃんは後ろに吹き飛ばされた。
「うわああああああああ!」
「春風ちゃん!」
私は春風ちゃんに向かって叫ぶ。
こんな試合……させるべきじゃなかった!
ギャラリーはみんな桜華ちゃんのファンで、『ヌイグルミ』は放出する型なんて、こんなの一方的じゃない!
私は春風ちゃんの負けを宣言しようと手を上げる。
「この試合、春風ちゃんの戦闘不能により負━━━━」
「待ってくれ先生!」
壁に背を預けつつ、春風ちゃんは私に向かって声を張り上げた。
「まだやれる……! 止めないでくれ……!」
「で、でも!」
「大丈夫だから!」
春風ちゃんはゆっくりと立ち上がる。
しかしその息は朦朧とし、立つのがやっとの様だった。
春風ちゃん……あなたそこまで……。
春風ちゃんの様子を見た桜華ちゃんが、鼻をフン! と鳴らした。
「まだやれる? 馬鹿を言わないでくださる? ここのギャラリーはみんな私のファン! 加えて私はレアな『ヌイグルミ』を持ってる! 極めつけにあなたは絶体絶命! 冗談はあなたのそのみすぼらしい『ヌイグルミ』だけにしてちょうだい!」
「さすが桜華さま……迷うことなく相手の『ヌイグルミ』をみすぼらしい呼ばわりだぜ……!」
「普通だったら惨殺ものだからあんなこと言えないよな……!」
「あの自信に溢れた態度が最高なんだ……!」
『ああ、そうだな!』
桜華ちゃんの言葉を受けて、ギャラリーが口々に称賛すると、【ヤマタノオロチくん】が一回り大きくなる。
この状況、春風ちゃんはどうするつもりなの!?
「みすぼらしい……? あんた今、【ラビット】をみすぼらしい、つったか?」
「言いましたわ? みすぼらしい、汚い、臭そうなウサギだってねぇ」
ケラケラと桜華ちゃんが笑う。
その言葉を受けて、春風ちゃんの体から、ゴッと眩い光が放たれる。
「家族を馬鹿にしたその言葉、あたしが勝ったらきっちりと取り消してもらうぜ?」
春風ちゃんが桜華ちゃんを睨み付ける。
その睨みだけで普通の幼稚園児なら号泣してしまうのに、桜華ちゃんはものともしなかった。
「家族ぅ? アハハハッ! 『ヌイグルミ』を家族なんておかしなことを言うものね! いいですわよ! 取り消してあげましょう! もちろん私に勝ったらねぇ?」
春風ちゃんはその言葉に、口許をふっとつり上げると、胸の前で両手をがっちり組んだ。
「あんたに家族の怒りを教えてやる。来てくれ! みんな!」
春風ちゃんが叫ぶと、ぼんやりと蜃気楼のように巨大な人影が浮かび上がる。
やがて輪郭がはっきりするとそこには、【ラビット】の隣に様々な大きさの人形のウサギが出現していることがわかった。
【ラビット】の周りには合計6体のウサギが並んで、一人一人剣を持っている。
「はぁ!? そんなのあり得ない! 愚民! あなたどんなイカサマをしたんですの!?」
「イカサマなんかじゃねぇ! よく見ろ!」
春風ちゃんの言う通り、私はウサギたちを見る。
ハッと気がついた。
服から想像するに、あれはお父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、妹、弟。
まさか【ラビット】の家族が集結したと言うの!?
「な! これはどういうことですの!? …………もしかして、あなたまさか!」
桜華ちゃんの驚いた様子に、春風ちゃんはニヤリと笑う。
「あぁそのまさかだ! これはシルバニアファミリーだ!」
シルバニアファミリー!
その名前は場内を震撼させた。
それを習得するのは、子供では不可能とまで言われている奥義。心の底から家族を愛した者にしか習得できない、絆の奥義だ。しかしそれ故に威力は絶大で、たとえ魅力を認めてもらえていなくとも、相手を一撃で葬ることができると言われている。
まさか彼女は5歳にして、既に家族をこよなく愛しているというの!?
「そんな……あり得ませんわ……! こんなのずるですわ……! こんなことあっていいはずが……!」
桜華ちゃんはシルバニアファミリーに驚愕し、へなへなとへたりこむ。
「だけどあり得た! お父さんが言ってた。春風って名前は、はるかぜって読み方以外に、たんぽぽって読み方も出来る。たんぽぽの根のように、諦めの悪い人間になれってな!」
春風ちゃんは右手を掲げる。すると真似をするように、【ラビット】とその家族たちが一点に剣を掲げた。
剣は光輝き、やがて天へ一直線の光の柱となる。
「だからこれは! イカサマなんて関係ない、お父さんの愛のメッセージに応えた、家族の絆の勝利だぁ!」
春風ちゃんが右手を振り降ろすと、【ラビット一家】も剣を同じように振り降ろす。【ヤマタノオロチくん】が真っ二つに斬られた。
「きゃあああああああああ!」
桜華ちゃんは悲鳴をあげながら吹き飛び、【ヤマタノオロチくん】は消滅した。
場内が沈黙に包まれる。
一瞬遅れて、わっとみんなが拍手した。
「俺感動したよ!」
「なんて絆の深い家族なんだ!」
「お袋にプレゼントあげよっかな!」
「オヤジに帰ったらありがとうって言うんだ!」
おい、一人死亡フラグたててんぞ。
というツッコミは置いておいて、桜華ちゃんを起き上がらせるために駆けつけようとする。
しかし先に、春風ちゃんが桜華ちゃんのもとにいた。
私は少し離れて見守る。
「悪かったですわ。あなたの家族を愚弄して……」
桜華ちゃんが口を尖らせながら、春風ちゃんに謝った。
春風ちゃんはうーんと考え込むと、ニコッと笑って、桜華ちゃんに手をさしのべる。
「あぁ、いいぜ!」
桜華ちゃんは春風ちゃんの手を取って立ち上がると、にこりと笑い返した。
「そ、それとさ……」
春風ちゃんは急にモジモジし始める。
桜華ちゃんは不思議そうな顔をして、
「なんですの? いきなり……」
と聞いた。
数十秒くらい、春風ちゃんはモジモジしていたけど、うしっと気合いを入れると真剣な眼差しで、桜華ちゃんを見つめた。
「あ、あのさ! あたしの友達になってくれよ!」
身構えていた桜華ちゃんは、これまた数十秒くらい固まると、プッと吹き出した。
「アハハハッ! あなた、可愛いところがあるじゃないの!」
「なっ、笑わなくてもいいじゃねぇか! 悪かったな! 急に変なこと言って━━━━」
「いいですわよ」
「へ?」
春風ちゃんがすっとんきょうな声を上げる。
「私は桜華。あなたは?」
「あっあたしは、春風!」
「では春風。今日からあなたは私の友達ですわ!」
「お、おう!」
二人は顔を見つめあって、幸せそうに笑っていた。
良かったね、春風ちゃん。
「春風がデレた……!」
男の子の一人が小さく誰かに囁く。
「くそっ可愛いじゃねぇか……!」
「可愛くて強いとか、これはもう姉御だな」
『春風の姉御! 春風の姉御! 春風の姉御!』
場内には『春風の姉御』コールが溢れかえっていた。
春風ちゃんは恥ずかしそうに、でも満更でもなさそうに、「やめろぉ!」と怒鳴っている。
新たなアイドルが誕生した瞬間だった。