第3話 クスリと手紙と逮捕状
ダンボール箱を開けると、小さな透明な袋と、白い便箋が入っていた。
掌サイズのその袋には、白い粉が入っている。
「……何だよ、コレ」
いかにも怪しいその中身に、大和は動揺しながらも声を発する。
そして便箋に目が入り、それを手にする。
便箋を開けると、手紙が入っている。
二つ折りにされているその手紙を開いた。真っ白な紙の中央に、一行だけ文章が書いている。
『いつも迷惑かけてごめん』
手紙には、これだけしか書いていない。ただ文字は、明らかに千尋の文字だ。
「何がごめんだよ……」
右手で拳を作り、それを強く握る事でしかやり場のない怒りを堪えるだけで大和は精一杯だった。
この日は結局、早見は大和の家には来なかった。
だが、そんな事は大和にとってもうどうでもよくなっていた。
「おはよう、鳴海くん」
翌日の朝。教室に入った途端、九条が大和をにこやかに出迎える。
「そこ、俺の席なんだけど」
「あ、ごめーん。気付かなかった。許してね」
九条は笑いながら、大和の席から自分の席へと移動した。大和の冷たい視線も、九条には全く効果は無い。
「何であんなに絡んでくるわけ?」
「俺が知るかよ」
席に座り、溜め息混じりに尋ねた大和の問に、新谷順平が苦笑いを浮かべながら答えた。
「そういえば、捜査に進展はあったか?」
「いや、昨日は早見さん来なかったよ」
「来なかった?」
「早見さんは来なかったんだけど、荷物は届いたよ」
「荷物?どんな荷物」
「白い粉」
「は?」
「粉だよ、粉。パウダーだよ」
「いや、英語にしなくても分かるし。明らかに怪しいじゃん」
新谷は、大和の言い分に呆れながら笑った。
「誰から届いたんだよ」
「……兄ちゃんから」
「……」
新谷は、千尋が1年前から行方不明である事を知っていた。
大和と新谷は、中学校の頃からの仲である。お互いの家族の事もよく知っており、この事件が起きた時に大和が真っ先に電話した友人が新谷である。
新谷にとって、大和のこの発言はかなり衝撃的なものだった。
「どうして急に……?」
「知ってる訳ないだろ」
大和は、机の中からあの白い便箋を取り出す。便箋から白い手紙を取り出し、新谷に見せる。
「これ、粉と一緒に入ってた」
「もしかして、千尋さんからの手紙?」
大和は頷く。新谷は手紙に目を通すと、
「で、その白い粉は今は何処にあるんだ?」
「部屋の机の引き出しに保管してある。誤解されるとまずいから、母さんには言っていない」
「早見さんに知られたら大変だぞ?」
「分かってるよ。どうにかして処理するからさ」
新谷は大和が非常に焦っていると、その言葉から悟った。
だが、嘘の様で本当の様なその出来事に、どう手を貸してあげたらいいのか新谷には分からなかった。
放課後。
今日は九条からの誘いも待ち伏せも無く、大和にとってはとても素晴しい日だ。
大和は九条と関わるのを避ける為、そして何よりも、あの白い粉をどうにかして片付けなければならないので、誰よりも早く生徒玄関を出る。
「大和君」
校門に向かって歩いていると、見覚えのある人が大和に呼びかけた。
昨日、大和の家に来なかった刑事、早見恒彦。グレーのスーツを着た長身の20代後半ぐらいの男。そのルックスは下校中の女子生徒が、思わず顔を見てしまう程だ。
「昨日は来れなくてごめんね」
「いや、全然大丈夫ですよ。昨日は何かあったんですか?」
「まあ、ちょっと。実は、上から命令があってね。」
「ああ、そうだったんですか」
「うん。それで急なんだけど、君に話があるんだ」
「話?」
「大和君、君に逮捕状が出てる」
逮捕状というまさかの言葉に、何も言葉が出ない大和。
「僕は、君を逮捕する為に学校へ来たんだ」
硬直する大和を無視し、早見は話を続ける。
「昨日、大和君の家に連絡を入れようとしたら上司がやって来てね。大和君が薬物を所持していると伝えてくれたんだ」
薬物?あの白い粉の事?
どうして知っているんだ?
「そして上司から、明日大和君を捕まえてきて欲しいと言われたんだ。これがその逮捕状さ」
早見は大和にその逮捕状を見せる。
「まさか、君がそんな物に手を出すとは思わなかった」
「そんな物って……、まだ手は出してねえよ!」
「"まだ"って事は、容疑を認めるんだね?」
「……」
現状に混乱し、余計な事を口に出してしまった大和は、険しい顔をして早見から目を逸らした。
「持っている薬物を、こちらに差し出してもらおうか」
「え……」
「証拠を抑えるよう、上の命令だ」
大和は黙ったまま、動かない。この短い時間にあらゆる事が起きて
これから選択した行動によって、自分の運命が更に大きく変わるかもしれない。
それどころか、その粉を贈った人物が千尋だと知られたら、千尋まで危ないのだ。
「渡すかよ」
「何だって?」
「あの粉は、俺と兄ちゃんを1年ぶりに繋いでくれた希望だ!」
大和は、駐輪場に向かって走り出す。早見は大和を追いかけず、呆然と大和を見つめるだけだった。
(俺は信じたい)
駐輪場に着くと、急いで自転車の鍵を開ける。
(兄ちゃんは、理由があってあの粉を託したんだ)
強引に自転車を引っ張り出し、サドルに座り自転車を漕ぎ始める。
行き先は、自宅。
(兄ちゃんは、まだ警察には渡さない!)