三話
「うあ゛ー……体叩いたら埃が舞いそう。」
「……少しやり過ぎた気もしますけど、その変わりに外に食べに行くんですから良いじゃないですか。」
「俺の金でな。」
「私の依頼のお金なんだからいいんです。」
夕暮れの中を二人は歩く。
早足に帰り道を急ぐ人々の流れに逆らうように、ツヴァイを先頭に呑気に。
アルマは物珍しそうに街行く人々や街灯を見上げ立ち止る。
レンガ造りのありふれた家の窓には洗濯ものが翻る。
平和、平穏、平凡。
時間とか仕事とか、やらなくちゃいけない事に追われないというのは初めての経験で。
少しだけ、戸惑う。
「あーるーまー?」
ツヴァイ…師匠(仮)の声に振り返ると目的地らしい建物の前で立ち止まっている。
小走りで向かう。
「ここ、なんですか?路地裏近くで治安悪そうですけど。」
「ここだよ。飯はうまいんだ。」
ツヴァイが言いながら、入り口のドアを開ける。
ちりんっと涼やかな音のドアベルが辺りに響く。
「あれ、ツヴァイさん?」
「飯食いに来たついでに、薬持ってきた。」
そう言ってズボンのポケットからくしゃくしゃになった紙袋をとりだし、男性の店員に放り投げる。
店員は、危うげなく紙袋を受け止めると中身を確認することなくお辞儀を一つした。
「いつもありがとうございます。」
「……ちゃんと、薬師なんですね。」
「実感したか?」
独り言のようつぶやいた言葉に苦笑交じりにツヴァイが答える。
「えぇ、まぁ。確かに薬師ではあることは認めますけどあの部屋の汚さどうにかなりません?」
「……………………整頓は苦手なんだ。」
「苦手のレベルじゃないですよ、あれ。一種の才能です。」
「あぁ、ツヴァイさんのお家ですか?確かにすごいですよね。」
薬を厨房へと置いてきた店員まで参加し始めると、さすがにバツが悪そうにツヴァイも視線を宙に向ける。
「……あーあー、空腹で何も聞こえん。またいつもみたいに何か適当に、酒はなしで俺は多め。
…あぁ、アルマは何かあるか?」
「露骨すぎる話題転換ですが、まぁいいでしょう。特に食べれない物はないので大丈夫です。」
「かしこまりました、お好きなお席に座ってお待ちください。」
アルマは店員の背中を見送り、改めて店内を見渡す。
内装はよくある木製でそろえられて、やけに凝った彫刻をされた椅子や机が不ぞろいに店内に並んでいる。
まだ早い時間だからか客はまだ居ない。
手ごろな質素なテーブル席に座ると、ツヴァイも椅子を運んでそのテーブルに座る。
「…なんで、わざわざ椅子持ってきたんですか?」
「ん?せっかく作ってもらったんだから使わないと損だろ。」
「作って………?」
「あー、此処の常連に自称超芸術家がいてだなぁ。
気まぐれに、その辺の普通の椅子を彫り始めんの。で、その場で完成させてその場にいるやつに押し付ける。
ただし、元が店の備品だからだれも持って帰れねーの。座り心地はよくなるんだけどなぁ…。」
「……変人。芸術家には、多いとは言いますが…。」
「おまえもいつか会えるんじゃね?……おまえはやめそうにないしなぁ。」
「あれごときでやめませんよ。」
「……あれって………。躊躇なく素手で、ホルマリン漬けの中身を分別して捨てたりしたのはお前が初めてだぞ?」
「毒抜きはしてあるんでしょう?なら問題ないじゃないですか。」
「あーうん………女の子なんだから、手は大事にしろよ?」
「薬師目指すのに手荒れなんか構う気ないですよ。」
「…………おーー……手荒れの薬、どこだったかなぁ………はちみつ?蜂蜜ぬっとけばいいのか?」
「蜂蜜ですか?お分けしましょうか?」
厨房からちょうど出てきた店員が言いながら歩み寄る。
両腕に器用に四つのお皿を乗せた店員はそのままテーブルに料理を配膳し始め。
「メニューは季節の野菜と剥きエビのサラダ二人前とリゾット、生ぬるいカボチャのスープとお嬢さんにはパプリカとアボカドの彩りクリームパスタですね。デザートは食後にお好みでお呼び下さい。」
「なんで、なまぬるいんだよ………いや、美味しいんだろうだけどさぁ…。」
「ツヴァイさん、またご飯食べてないんでしょう?多めって言うときはたいていそうですから…お冷と白湯、置いときますね。」
「徹底してんなぁ、おい。」
自分側に白湯が置かれるのを、呆れた目で見ながらもおとなしくスプーンを持つ。
アルマもフォークを持ち両手を合わせる。
「見届けし主よ、大地に感謝してこの食事をいただきます。
ここに用意された物が祝福され、
私達の魂と体を育てる糧となりますように。」
「いただきますって…………………………おぉ、主神の祈りか久々に聞いたなぁ。」
「貴方は略式なんですね。」
「まぁなぁ、長々と言うほうが珍しいだろ、今じゃ教会のの連中ぐらいじゃないかぁ?……あちっ。」
「…………あっ、美味しいですね。私アボカド苦手なんですけど。」
「…嫌いなものない言ってなかったか?」
「そういう意図だったんですか?アレルギーの質問かと思ってました。」
「……まぁ、旨いならいいか。」
「えぇ、美味しいから良いんですよ。」
ばりばりとサラダのレタスをむさぼる音と食器の音をBGМに食事を進める。
「そんなに美味しいと言って頂けると、光栄ですね。」
店員がこれ蜂蜜ですと、茶色い液体の入った小瓶を机に置く。
「んー…結構純度高そうだなぁ?」
「………古なじみから…その…もらいまして……。」
何故かバツの悪そうに視線を逸らしながら、店員が苦笑を浮かべる。
「調味料として使いきれない程度にありますのでよかったらぜひ持って帰ってください。」
「古なじみって……あっちの?」
「…はい、そっちのです。」
「…………………………ご愁傷様。」
アルマはそんな二人の会話を不思議そうに見つめながらほんのりと甘いパプリカを租借し飲み込んだ。
「これだけ、美味しいのにお客さん少ないですね?」
「……………アルマ。」
何処か咎めるような響きを持って呼ばれた名に、不思議そうにアルマが首を傾げた。
その様子に、店員がくすりと笑う。
「別にいいんですよ、最近は仕方ないんです。
……というよりも、知らないんですか?」
「私は、昨日この街に来たばかりで。」
「俺も最近来客も無いし外出てないしなぁ…。」
「それで……。
最近この辺の通りの路地裏で殺人が多発しているようなんです。」
「…そんなの、いつもの事じゃないかぁ?」
「そんな物騒なんですか?!この辺。」
「いえ…被害者が裏の方々ではなく、一般の……いや、確か一人だけ貴族もいましたね…を狙った同一犯の犯行らしくて……。
夜は警戒して皆さん早めに家に帰るようですよ?」
「……そういえば、通りですれ違う人は大体はや足でしたね…。」
「常連の連中は?そんなんで来なくなるような奴らじゃないだろ?」
「……殺害方法が残酷なので教会は悪魔付きの仕業じゃないかと町を巡回してまして………それで、半分つぶれて残りはもうすぐ収穫祭なので、その準備に追われてますね。
皆さん、昼間に愚痴ついでにお持ち帰りされていきますよ?」
「それなら、平気かぁ…。」
「……。」
「……で、アルマ。それ一口で食べれんのかぁ?」
ツヴァイの声に手元を見れば、お皿に残っていた麺が根こそぎフォークに巻き付けられていた。
無論、一口で食べれる訳もなく絡まった麺からフォークを抜くための格闘が始まった。
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