二話
ツヴァイに連れられ、一歩扉の中に入ったアルマは直ぐに後ろ手に扉を閉めた。
一瞬、外から入り込んだ風が家の中の淀んだ空気をかき混ぜる。
埃と香草…緑の香りがなんとも言えない具合に混ざり合い、アルマは思わず眉を動かす。
「変な物に触んなよ…あぁ、ドラゴこいつ客兼居候だからこれからも気絶させんなよ。」
ツヴァイの視線をたどれば床に緑色の鉢植えがひとつ。
青々とした葉から視線を下ろせば赤い瞳と視線がかち合った。
一瞬、喉の奥から声が悲鳴として出てきそうになるが、それを意地で飲み込んだ。
「…なんで、玄関にマンドラゴラなんですか?」
「防犯用。………ちょっとまってな、今道つくっからさぁ。」
言いながら、廊下に所狭しと並んだガラクタを一つ一つ拾い上げては廊下の端で山にしていく。
そういうことをするから崩れるんじゃないのかとか、防犯なら鍵を閉めろとか、口から出かかるが飲み込んだ。
まだ、この家での自分の立ち位置が決まっていないのだ。
役に立たないうちから生意気なことを言えば最悪追い出されるかもしれない…。
アルマは我慢我慢と口の中で唱えて、気を落ちつけるためにも周りを見渡した。
ここから見える扉は三つ。
一番近くの開きっぱなしの扉の部屋を見れば、なかにはガラス製の様々な大きさ、形の器が所狭しとテーブルの上に置かれている。
床には書き捨てられた紙があちらこちらに丸めて捨ててあり、同じように開きっぱなしの本も床に置かれている。
ツヴァイを見れば、丁度山の天辺に何かの骨を置いたところだった。
人間の頭がい骨なのに、犬歯の部分が異様に鋭くなっている……大方犬の骨を後から継ぎ足した偽物の吸血鬼の頭がい骨だろう。
空想の生物の頭蓋骨がある時点で神経を疑うが、偽物にしても伝承では死んだら死体を残さず灰になると書いてあるのになぜ頭蓋骨が残っているのかとか疑問に思わないのだろうか?
見渡せば、そんないい加減な物は嫌でも目に入ってくる。
マンドラゴラの横にはホルマリン漬けにされた角の生えたカエルが入っているし。
あそこで、黒く鈍い光を反射しているのはカンテラか。
肝心の中には蝋燭も入っていないれけど。
手書きで書かれた世界地図はなぜか大陸らしきものがいくつもあるし(この星の大陸は一つである。名前はパゲアル大陸。)
やたらと丸い記号がいくつも表に入っているものもある。
似たような空白だらけの表もあるけど、こちらは直線的な記号が詰まっている。
ハーブの類は完璧に乾燥しているにもかかわらず、天井から一束ずつぶら下がったままになっておりせっかくの香りが飛んでしまっている物もあるだろう。
地面は地面で板張りの床が見えないほど、紙と本と服で埋め尽くされている。
男物のシャツやズボンはまだわかるがなぜ、女物のワンピースやスカートが隅でくしゃくしゃになっているのか。
玄関の角には砂埃と糸屑と髪の毛と埃と粉々に砕けた茶色い葉が小山を形成している。
アルマは今すぐ箒を買いに外に出たい衝動に駆れた。
「ん、出来た。」
満足そうに、ツヴァイが頷くと後ろを振り向きアルマを手招いた。
見ると、確かに人一人かろうじて通れそうな道が突き当たりの扉まで伸びている。
ツヴァイは、手慣れた様子で隙間を縫って歩いていく。
アルマは、溜め息を一つ付くとツヴァイの背中を追いかけた。
「この部屋は…綺麗なんですね。」
「台所だからなぁ。」
アルマが座るように引かれた椅子に腰掛け、ツヴァイはマッチを片手に手馴れた様子でお湯を沸かし始める。
窓を見れば、外からは隙間が無いように見えた蔦もそれなりに少なく見え外の光景も見て取れる。
「凄いだろ、天然のカーテンっぽくて。」
「…普通に、カーテン買ったらどうです?」
「しめっぱになりそうだし、俺じゃなぁ…。」
軽い音を立てて、アルマの目の前にカップが置かれる。
中を見れば澄んだ茶色で……見た目と家の中に似合わず、紅茶を入れるのは上手なのかもしれないと少しだけツヴァイを見直した。
「で、お前を俺はどうすりゃいいんだ?」
紅茶を無駄に優雅に一口飲みながらツヴァイが言う。
「置いとくったってお前、学校は?それとも、働いてんのか………それとも、まさか弟子入りか?」
「まさかって、どういうことです?」
「いや、たまーにフレディが連れてくんだけど大体一週間持たずに居なくなるからさぁ。
最近来ないから、諦めたのかなーーとか思ってたんだけど…なぁ?」
「…………………。」
あの、狸が……。
「殺気が…………まぁ……いいや。俺教えんのへただから。何か聞きたいことあったら聞いてくれ。
だいたい感でやってっから、答えられないこともあんだろうけどさぁ。」
「そんな大雑把でよく薬師できますねっ!!」
「俺も不思議。」
へらーと笑い、ツヴァイが立ち上がる。
「そんじゃ、買い物行くかぁ。お前の服とか買わなきゃなぁ。」
「廊下に転がってたやつで良いですよ。誰のだか知らないですけど。」
「あー、だぼだぼだと思うぞ?あれ、俺サイズだから。」
「…………はい?」
聞き返しの言葉はすでに廊下に出てしまったツヴァイには届かない。
きっと、聞き間違えだと心のもやもやを納得させ……紅茶を一気に飲み込む。
やけに甘い林檎の香りが鼻腔に広がり、舌を抉るような苦味が口を跳ね回る。
「……………………………マズ。」
アルマが一言呟くのと、廊下からものが崩れた音が聞こえるのは同時だった。
「………………。」
少女は初めて、自分の我慢の限界が切れるおとを聞いた。
紅茶のカップをテーブルに置き、少女は無言で廊下へと出る。
「まずは、掃除からです。今すぐ箒と塵取り雑巾持ってきなさいっ!!!!」
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