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ヒイラギさん

ヒイラギさんは「そういうこと」ということを、僕に教えてくれた。


そして人それぞれ、自分の世界で孤独に生きている。

埋めることのできない距離がある。ということも教えてくれた。


絶対的な味方は身近にいるようで、本当はいなかったということも、実感としてヒイラギさんは教えてくれた。


人の所謂世界なんて、もろくてはかないものだ。ということもヒイラギさんは教えてくれた。


「あぁ、本当に参ったよ。」


「……」


「そうだねぇ、そんな時は僕の中の赤い実が弾けたみたいに、怒りが押し寄せるんだ。」


「……」


「君の言う通りだ。この世には絶対的な味方はいない。」


「……」


「ただいま~。」


「……」


「そうだ。妻だ。帰ってきたんだ。」


玄関からリビングへ通じる扉が恐る恐る開く。


「また、ヒイラギさんと話してたんでしょ?」

妻のマサミは、リビングの中の何かの気配を感じとろうと、壁や天井のいたる所に視線を投げつけながら僕に質問する。


そうだよ。と僕は答える。



この家に越してきて、約3ヶ月。ヒイラギさんと出会ったのは、丁度越したばかりのその時期だった。

リビングにある”はき出し窓”から外を見ると、狭いながらもちょっとした芝に被われた庭がある。

天然芝だ。


その天然芝に被われた庭には、マサミが洗濯物を干せるように、洗濯物干しを設置してある。

その庭の洗濯物干しの影から、僕をじっと見ていた髪の長い女。

それがヒイラギさんだった。


僕は「そんなとこにいないで、こっちで話でもしませんか?」とヒイラギさんに、何の途惑いもなく言った。

そんな私にヒイラギさんはニッコリと笑顔を返して、その後2時間くらいか、僕とリビングのソファーで語り合った。


僕はヒイラギさんとは相性がいいみたいで、すぐに打ち解けた。

最近の気になるニュースや、好きな音楽。好きな芸人も同じ。

彼女と話しをしていると、単純に快い。


ヒイラギさんは、白いワンピースに赤い靴を履いていた。


一見幽霊に見えるが、きちんと両足はあり呼吸を感じる。

笑ったときには頬を紅潮させる。


ヒイラギさんは、そのくらいリアルな人間なのだ。

しかし妻のマサミには、ヒイラギさんの姿が見えないと言う。

いくら目が悪くても、僕と話しをしているヒイラギさんが見えないとは思えない。


しかしマサミが僕に、面白半分で嘘を言っているとも思えない。


でも実際に僕の目の前には、まぎれもなくヒイラギさんが存在し、僕を見ることなく見ている。

ヒイラギさんの両の瞳の中には、僕の心の奥底の、一番デリケートな部分までをも見透かしているような感じを抱くほど綺麗で強烈な宇宙がある。



そこで僕とマサミの世界の中に、ちょっとした違いがあると仮定する。


僕の世界にはヒイラギさんが存在するが、マサミの世界には存在しない。

世の中には、ときどきこういう、すれ違うことがあるのかもしれない。

それならば不可思議なことでもなく、ごく自然な現象として受け止めることができる。


僕の世界にはジミ・ヘンドリックスの「ジプシーアイズ」が存在するが、マサミの世界には「ジプシーアイズ」という曲は存在しないのと同じことだ。


ただ単に「そういうこと」なのかもしれない。




「買い物行ってたの?」と僕はマサミに質問する。

「そうだけど、、、ヒイラギさんも食べて帰る?晩御飯。」マサミはヒイラギさんに気を遣う。

あるいは試しているのかもしれない。

実在する人間なら、物質的に食べ物が胃におさまる。



「……」


「いらないってさ。もう帰るんだって。」僕はヒイラギさんの言葉を代弁する。マサミはヒイラギさんの声も聞こえない。ヒイラギさんはマサミの声や姿が確認できる。ヒイラギさんの世界にはマサミは存在するらしい。



「それにしてもヒイラギさん、最近私が家にいない時に主人に会いに来るのね。なんだか私、浮気されているみたいで、嫌なんだけど。」マサミはヒイラギさんのことを良く思っていない。

気持ちはよくわかるが、ヒイラギさんが存在する僕としては、ヒイラギさんも無視できない。


「……」


ヒイラギさんは「さよなら。」と言うと、僕の世界から消えた。


そして目の前に現れたヒイラギさんを見たであろう。マサミは怯えだした。


「いや!助けて!!」

逃げ惑うマサミは、部屋の隅で袋のねずみになったのか、その場でしゃがみこむ。


なにぶん僕にはヒイラギさんが見えないので、助けるも何もない。

助けることが出来ないのだ。


「ヒイラギさん、この現状に対して何か得られるものはあるのか?僕には無いと思う。」

僕は冷静にヒイラギさんに、そう伝えた。

その間にもマサミは自分の首に手をあて、息が出来ない様子で苦しがっている。




すると、右わき腹から鋭い痛みがグサリとした感触とともに、全身に電流のように走った。

自分の右のわき腹を見ると、包丁が一本突き刺さっている。

僕は血の気が引いていくのを実感として感じ取った。


すると両足の力が、空気が漏れるように抜けていった。

ぐにゃりと床に寝そべる僕の後ろには、ヒイラギさんが立っていた。

おそらくヒイラギさんが僕を刺したのだ。


そしてマサミを見ると、微笑みながら僕が死にゆく様を眺めている。

そしてマサミの姿は忽然と消えた。

瞬間的に目の前から煙のように消えた。



マサミは僕の世界からいなくなってしまった。


「そういうことなのよ」とヒイラギさんは言った。

そしてまた、ヒイラギさんもマサミ同様、忽然と姿を消した。



僕は一人ぼっちで死んでいく。

おそらく僕一人だけの、孤独極まりない世界で。



「確かに、この世には絶対的な味方はいない」

と、はき捨てるように僕は死んだ。




(おしまい)

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