表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

15、6歳と77、8歳

最近ペットを捨てる人が多いと聞いたことがあります。

その反面、人間のように服を着せたりするような人も多いと聞いています。


たぶん、人間ってわがままなんだろね。

それはペットの気持ちの本当の所を理解していないから。

でも結局の所、理解する方法なんて無いんだと思います。


とにかく特別な事ではないですよね。

要は大切な気持ちを忘れないこと。

「やっぱり、同棲はあんまりオススメしねぇよ。」


「僕もそう思うんだけど、実際どうなのかなって思って。」


「バカヤロー!興味本位ってのが一番悪いんだよ!」


「じゃあこういうことを考えるだけでもダメなの?」


「そういうわけじゃねぇよ。ただ、”慎重に”ってことだ。慎重にすることに悪いことは無い。」


「確かにそうだけど、、、なんだか同棲って難しいんだね。」


「まぁあれだな。高校生には”早すぎる話題”ってやつだ。」



僕とテツは、近所の散歩コースである河川敷を一緒に歩きながら、こんな事を話していた。

テツは僕よりも年齢が上な分だけ、いろんな事を知っていた。



僕は10歳の頃から犬の言葉ーーー正確にはテツだけの言葉だけーーーがわかるようになった。

テツは首にリードをつけてはいるが、僕の一番の相談相手だ。

人間で言うと、テツは75歳。


うちの庭で飼っていて、夕方僕が散歩に連れていく以外に人生経験ーーー正確には犬生経験かーーーと言うものを経験しているとは思えなかったが、様々な相談に対して体験談をまじえて教えてくれる。


まるで世界の全てを知っているみたいだった。




「おまえあれだろ?まだセックスしたことないんだろ?」


ベビーカーを押す母子が通りすぎる瞬間に、そんなことを聞いてくる。

まわりの人間にはテツの言葉はわからないからいいけど、僕の言葉はまわりにはもちろん、人間にはまる聞こえだ。

テツは犬だけに聴力がいいから、テツと会話するときはすごく小声で話をするように心がけている。


「そ、そりゃあそうだよ。だってまだ僕は17だよ。」

小声で慌てるように答える。


「それが人間のわからねぇとこだよ。」

テツは口を横に広げて、速い呼吸と共に笑いながら言う。



「だって俺なんか、生後8ヶ月で生殖機能が確立されっからよ。その早期成熟のおかげで、8歳くらいで生殖機能が衰えちまうんだよ。」


「それは犬だからだろ。」

僕は冷やかに言う。



「それが犬やら人間だとか関係なく、俺は人間の年齢で言っても15歳でセックスした。」

テツは自慢気だ。前足で鼻を一回掻いて、何故か凛とした表情で僕を見る。



「それに人間は避妊するだろ?あれもよくわからねぇな。どんどん子孫を増やさねぇと。一生は短いぜ。」


「そんなの人間と犬との生物的な違いだろ?訳分かんないよ。」

僕はポケットからおもむろにテニスボールを取り出すと、思い切り振りかぶってそれを投げた。


テツは尻尾を振りながら、開いた口の横側から長い舌が出たまま風にゆらゆらゆられながら、その舌の先からよだれが風の流れに任せてふらっと飛んでいきながら。。。テツはボールを追いかけていく。



そのようなどこにでもいる犬の動きは、何故か人間の心を和ませる。

でもそれはテツが犬らしい事をしているときだけだ。

僕と会話をしているときのテツは、全く犬らしくない。



太古の昔から犬と人間は、飼う飼われるという関係だ。

それはお互いに言葉がわからないからこそと言えるのではないだろうか。


テツと僕の関係は、その”飼う飼われる”という関係とは違う。

言うなれば特別な存在だ。





テツはその次の年に死んだ。


僕はとても悲しかった。

それと同時に現実味がなかった。

大切な友達を亡くしたという感情は、こんなようなものなのか。

とにかく心ががらんどうのようになっていて、さっぱり訳がわからなかった。



ときどき河川敷を歩くと、テツの声が聞こえてきそうだった。





僕が死んだのは、テツが死んだ60年後。78歳だ。

犬で言うと16歳。

テツが死んだ16歳と同じだ。人間で言うと78歳だ。


僕は何故死んだのか覚えていない。


”死”というものは、なんだかフワフワした感じになる。

もしかしたら、テツも同じ感情を抱いたのかもしれない。




その数ヶ月後、僕は犬に生まれ変わった。


「お前、同棲っていう言葉をしってるか?あれは間違いだぜ。やったらいかん。」

僕の首にリードをつけて、河川敷を歩いている高校生。そんな高校生に説法を説いてみる。


その高校生も、僕が人間だった頃と同じように、犬の言葉ーーー正確には僕の言葉だけーーーがわかるらしい。


「え?なんで?」


「当たり前だろが!あれは”慎重さ”に欠ける行動だぜ。何も生み出さない。」



僕はまるでテツみたいだ。

世界の全てを知っているみたいに得意気だ。




(おしまい)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ