第五十六話 大西洋通商破壊戦 その2
皇紀2603年8月28日
北大西洋
日が沈み漆黒の闇に覆われる大西洋、数か月前までなら連合軍側の船舶は灯火管制もせずに自由に航行できていた海は、今では輸送船団を組みおびえるようにして大西洋を横断していた。旧ソヴィエト連邦アルハンゲリスクを目指し輸送船38隻、油槽船12隻で構成される輸送船団PQ8が慣れない灯火管制の中航行していた。PQ8船団の護衛として英海軍の重巡洋艦ベリック、駆逐艦8隻、掃海艇2隻が護衛していた。
輸送船団PQ8を狙うのは帝国海軍の誇る鋼鉄の鯨であった
大西洋派遣艦隊
伊号第三〇〇潜水艦 発令所
聴音士1
「艦長、来ました、感30以上。方位280速力15ノット」
信義
「来たか、潜望鏡深度まで浮上、タンクブローゆっくり」
伊号三〇〇艦長の徳永信義中佐は静かに命じ、伊三〇〇は潜望鏡深度まで浮上し、潜望鏡を海面に突き出す。
帝国海軍が誇る新型の海大型潜水艦である伊号三百型潜水艦は海中での速度を高めるために、あらゆる技術が投入され完成した、簡単にだが基本性能を記しておく。
伊號第三百型潜水艦
全長
・105m
全幅
・11m
平均喫水
・6m(基準排水量)
排水量
・基準:2.200t
・水中:2.900t
最高潜水深度
・500m
主機関
・ホ号改B型艦本式ディーゼルエンジン 1基
・イ号改C型艦本式スターリング機関 4基
・三式改推進電動機 2基
・10.000馬力 2軸推進 (水上)
・16.000馬力 2軸推進 (水中)
最大速力
・28ノット(水上)
・22ノット(水中)
航続距離
・20ノットで25.000海里(水上)
・12ノットで5.000海里(水中)
乗員
・士官、兵員:46人
艦載機
・無
最大搭載機数 0機
武装
魚雷
・零式533mm魚雷発射管 6門 (魚雷搭載数36本)
機関銃
・25mm対空機銃 連装 2基
電子系統
各種レーダー
・二式対水上電波探知機
・一式対空電波探知機
ソナー
・九九式対潜音波探知機
・三式水中聴音装置
射撃管制装置
・三式対空砲射撃管制電波探知装置
・二式雷撃管制装置
電子戦・対抗手段
・九八式チャフ・フレア発射機 1基
同型艦
伊三〇〇 伊三〇一 伊三〇二 伊三〇三 伊三〇四 伊三〇五 以下同型艦多数
帝国海軍の新鋭高速潜水艦、船体型を採用しているが、機関銃を格納式にし、水上戦闘のための主砲を撤去し、さらに新開発の電動機を採用したため、水中速度がきわめて高いのが特徴。
本型は魚雷発射管に自動装填装置を装備した最初の型であり、約5分で6門全ての再装填が可能となっている、また、水中高速潜の能力を最大限に発揮するために、魚雷射撃用の指揮装置も新型の二式雷撃管制装置が搭載された。これは探知用と攻撃用の2つのソナーから送られたデータを電気信号で自動的に解析することができるもので、潜望鏡を用いない全没状態での攻撃でも十分な精度を発揮することが出来る。
その中でも、伊三〇〇は特別な艦であった、他の同型艦とは異なりデータ解析には真空管ではなく、宗谷で試験的に製造された集積回路が使用され、蓄電池には従来型の鉛蓄電池ではなくリチウムイオン蓄電池が搭載されている。これは元々伊三〇〇が次世代潜水艦技術集積の為、実験艦として建造されたからである。戦時と言う環境がオーパーツな実験艦でさえ実戦試験という形で戦場に投入されるのである。太平洋で良好な戦績を上げた伊300に注目した海軍省軍務局は伊300の量産を決定、量産化するにあたって高額な集積回路及び蓄電池を従来型に戻したのである。
信義
「見えねぇな、篝を起動させろ」
水兵はすぐさま篝を起動させる、潜望鏡には赤外線暗視装置『篝』が組み込まれており夜間でも十分な視界を保証している。
信義
「おう、見えたな・・・護衛は重巡1隻、ケント級だな・・・駆逐艦がひい、ふう・・・八つか、よし!まずは重巡を潰すぞ!発射管室、一番から四番に三式装填!五、六番!零式装填!」
伊三〇〇水雷長
『了解、装填急げ!』
信義
「聴音、発射管室へ諸元わたせ」
聴音士1
「了解」
聴音士が発射管室へ、ケント級重巡リベックの発射諸元を送る、発射管室ではこの諸元に従い魚雷調整を行う、調整が行われた魚雷は自動装填装置により魚雷発射管に押し込まれる。
伊三〇〇水雷長
『一番から六番装填完了!いつでもどうぞ』
信義
「よし、発射管注水!前門開け・・・距離5800、一二番発射!」
圧搾空気により二本の三式酸素誘導魚雷が押し出される、三式酸素誘導魚雷は伊302が捉えたケント級リベックの音紋を追跡し海中を55ノットの速さで突き進む
聴音士1
「敵駆逐艦変針、此方に向かってきます」
信義
「三番発射!急速潜航ォー!深度120、手隙の物は全員艦首へ走れ!」
手隙の水兵が艦首へ向かって走る、伊号三百型潜水艦は船体型を採用しているため。急速潜航時には艦首が水の抵抗を受けて下がる速度が遅いため、少しでも艦首を下げる速度を速くするため重心を前に傾ける必要がある。そのため水兵は艦首方向に全力疾走し重心を前に傾けるのである。
征治
「艦首タンク注水一杯!艦尾ブロー!メインタンク注水、急げ!」
副長の清水征治が注排水の指示を出す、それに従い担当水兵がハンドルを懸命に回す
士官1
「貴様ら急げ、走れ間を開けるな!」
士官2
「走れ走れ!走れ!防水扉閉鎖!もっと前つめろ!」
聴音士2
「敵艦、爆雷投下開始!」
信義
「機関室!最大戦速!」
輸送船団PQ8
護衛部隊:駆逐艦スウィフト
英水兵1
「リッベクが被雷しました」
英水兵2
「ローバック敵潜に対し攻撃を開始しました!」
サンディ
「ソナー、敵潜の位地は」
彼女は英国王立海軍で初の女性士官サンディ・フィールド中尉、今年の4月にS級駆逐艦スウィフトの艦長に就任した、彼女にとって初めて指揮を任される艦である。
英水兵3
「少し待ってください」
英水兵1
「ローバック被雷!右舷に大傾斜!」
伊302が放った三式酸素誘導魚雷は重巡リッベクに2本、R級駆逐艦ローバックに1本命中した、この結果リベックは大破航行不能、ローバックは総員退艦命令が発令された。
サンディ
「アクティブソナー、打ち続けて。絶対に逃がさない」
英水兵3
「敵潜スクリュー音探知、右20度距、距離およそ8000!深度90」
サンディ
「爆雷投下準備!起爆深度120」
この時点で英海軍は対潜迫撃砲ヘッジホッグを実用化していたが、大西洋を主な活動圏内とする英海軍は帝国海軍との本格的な対潜水艦戦を行っていない、つまり今回の大戦ではまともに対潜水艦戦をやっていない。そのため対潜水艦戦の意識、練度が低くヘッジホッグを搭載していない艦が大半を占めていた。
大西洋派遣艦隊
伊号第三〇〇潜水艦 発令所
聴音士2
「敵駆逐艦真上!爆雷来ます!」
信義
「深度180!急げ」
征治
「艦首25下げ!艦尾15上げ!」
士官1
「爆雷防御態勢!」
信義
「総員衝撃に備えろ!」
爆雷が伊三〇〇周辺で爆発し、衝撃波が伊三〇〇を叩く。
伊三〇〇は衝撃波によって大きく揺れる
水兵1
「第一居住区浸水!」
士官1
「防水作業急げ!」
信義
「トリム水平!電池直列、最大戦速」
征治
「トリム水平!艦首の者、艦尾へ急げ!」
聴音士1
「敵駆逐艦遠ざかります」
士官1
「第一居住区浸水止まりました、被害軽微」
聴音士2
「艦長、左20°距離1万に大型輸送船です」
信義
「よく分かるな本当に輸送船か」
聴音士2
「一軸の推進器音、恐らく輸送船かタンカーかと」
信義
「よし、五番を使おう聴音士、諸元を発射管室へ、水雷長五番使うぞ、準備は出来ているか」
伊三〇〇水雷長
『いつでもどうぞ』
信義
「聴音!操舵を渡す」
聴音士2
「了解、方位085、艦首上げ10」
操舵手1
「面~舵ッ!方位085宜候!」
征治
「艦尾タンク200t注水、艦首タンクブロー150t・・・艦長準備完了です」
聴音士1
「敵駆逐艦変針こちらに向ってきます」
信義
「五番発射!」
伊三〇〇水雷長
『五番零式発射!』
五番発射管から零式酸素魚雷が発射された、零式酸素魚雷は戦争初期から実戦配備された酸素魚雷である、敵艦船の推進器音などによって誘導される音響追尾式魚雷であるが、機械的故障が多くあらぬ方向に走っていくこともただあった、その機械的欠点を改善し改良されたのが三式酸素誘導魚雷である、今回は在庫一掃セールのつもりか、大西洋派遣艦隊には一定の割合で零式酸素魚雷が搭載されていた、そのため零式は輸送船専門、三式は汎用という意識が将兵に強かった。
信義
「急速潜航ォ!深度300まで潜るぞ!」
征治
「艦首25下げ、艦尾15上げ!手隙の者は艦首へ、走れ!」
聴音士1
「敵艦爆雷投下!来ます!」
信義
「そう簡単に当たらんよ」
信義のいう通りスウィフトが投下した爆雷は伊三〇〇の遥か上方、深度150mで爆発していた、ご存知の通り爆雷はその爆発圧力で潜水艦にダメージを与える兵器である、そのため潜水艦より上方での爆発では潜水艦に致命的なダメージを負わせられない、圧力の大半は左右上方に広がり、下方には到達しにくいからである。
聴音士2
「魚雷命中音!命中しました」
信義
「よし、零式もまだ行けるじゃないか」
征治
「艦長、そろそろ僚艦が攻撃を始める時刻です」
信義
「おう、さて日本流の群狼戦術奴らはどう思うだろうな」
今回の通商破壊戦に際し、集団的で高効率な潜水艦の運用方法が大西洋派遣艦隊の潜水艦部隊の各艦長で取り決められた、輸送船団PQ8に対して行われる、軍事行動に参加する兵力は伊号三百型潜水艦5隻、伊号四百型潜水艦4隻そして、巡洋戦艦1隻である。作戦の初期段階として、伊三〇〇による敵兵力の陽動作戦は成功した、そして今、第二段階の潜水艦部隊による本格的攻撃が行われようとしていた。
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