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魔獣を置いて出て行け? お断り。魔獣と共に出て行ったら国が滅びました。

作者: 衛星 奏志
掲載日:2026/06/18

お疲れ様です。休憩のお供に。

 踏み荒らされる田畑。

 建物は破壊され、煙が上がっている。


 ゾロゾロ進むのは魔獣の群れ。

 町や街を蹂躙しながら王都に向かっている。


 その様を私──イリスはグリフォンの背に乗って空から眺めていた。


 復讐完了まであと少し。


 グリフォンの柔らかい毛に体を沿わせながら、笑みを浮かべてその時を待った。



 幼かった頃、小国の末の王女だった私は、国の端で小さな魔獣と出会った。


 ふわふわの毛に包まれた魔獣は、薄い黄金色の毛を赤く染めていた。

 この子を助けたかった。でも、王女の自分ではやり方が分からない。


 メイド達が止めるのも構わず、その魔獣を抱き上げて、走った。


 誰か。

 誰かこの子を助けて。


 助けてくれたのは騎士の親子だった。

 父親は薬草を探し、息子は添木をして手当をしてくれた。


「これで大丈夫。安心して」


 そう言って息子ジュードは頭を撫でてくれた。

 ジュードは私と三つしか違わないのに何でも知っていた。薬草の煎じ方も、手当ての仕方も、この魔獣がグリフォンだということも。


 手当が終わると親子は手を振って行ってしまった。どこの誰かも言わずに。


 それから数年後、私は人質としてこの国に来た。

 そして、第二王子の婚約者となった。


 *****


「ギル、ヴァル、シグル」


 名前を呼ぶと、三匹の魔獣がやってきて甘えるように体を擦り付けてくる。


 十七歳になった。


 あの時拾ったグリフォンは名前をギルと付けて今でもそばにいる。

 そして、ワイバーンのヴァルとフェンリルのシグルが新しく家族となった。


 私にとって家族はこの三匹だけ。


 人質を取ったにも関わらず、王国は祖国を攻撃し、祖国は地図から消えた。


 家族がどうなったのか分からない。

 殺されてしまったのか、逃げ延びたのか。できれば、逃げ延びていて欲しい。


 私はなぜまだここにいるのだろうか。


 祖国が滅亡した今、ここから出たところで行くところはない。だけど──

 ギルの柔らかい羽に顔を埋める。


「逃げてもいい? 何もかも投げ出して」


 クゥと鳴いて嘴で慰めるように髪を啄む。


 ヴァルもシグルも慰めるように、体を擦り付けてくる。


 くすぐったくて、気持ちが少しだけ上向く。


 それぞれ三匹の頭を撫でて、自分の仕事に取り掛かる。


 獣舎には六匹の魔獣がいる。

 グレーウルフやビッグボアなどの魔獣だ。


 それらは騎士を乗せて戦う。


 世話や調教など、魔獣使いとして働いている。


 餌を与え、掃除をし、体にブラシを掛ける。

 どの子もとても良い子で、大人しく世話をさせてくれる。


 だが、これは私の特殊能力だ。


 祖国は、魔獣を手懐ける特殊能力を有する者を輩出する国だった。

 その中でも私の能力はかなり高い。


 本来、グリフォンもワイバーンもフェンリルも従えることは不可能だ。私は、従えていると言うよりも家族だと思っている。


 六匹の魔獣の世話を終え、獣舎の外に出ると、人が大勢集まっていた。


 ギル、ヴァル、シグルの周りには遠巻きだが人だかりができている。その中に、商人らしき人も見える。


 その人は品定めをするように、見つめ、何かを書き留めている。


「何をしてるんですか?」


 嫌な予感に走って行くと、その人は感心したようにこちらを向く。


「この魔獣の調教師ですか? いやぁ、素晴らしい! こんなに大人しい魔獣は初めて見ましたよ! しかも伝説級の魔獣が三匹も! いやぁ、これはすぐに買い手が付くでしょう」

「買い手? この子達は売り物ではありません!」

「え? 第二王子殿下から売却すると連絡があって来ておりますが……?」

「え?」


 第二王子は婚約者だ。


 カッと頭に血が上る。

 祖国を奪っただけでは飽き足らず、家族まで奪おうと言うのか。


「絶対、売りませんから!」

「いやぁ、そのようなこと言われましても、第二王子殿下の指示ですので。それに、手付金はもうすでにお支払いしておりますので、取り消しはできません」

「私は承知しておりません。この子達は私の魔獣です」

「いや違う、こいつらはこの国の魔獣だ」


 第三者の声にそちらに目を向ける。


 第二王子がそこにいた。


「殿下、この子達は私の魔獣です!」

「いいや、この国の魔獣だ。なぜなら、元々この国にいたものだろう? ただお前が調教したと言うだけの話ではないか。まあ、百歩譲ってそこのグリフォンはすでに滅ぼされたお前の国のものと言っても良いかもしれんが、ワイバーンとフェンリルはこの国に来てから手懐けた。だから、この国のものだ。違うか?」


 グッと言葉に詰まる。


「まあ、お前の国も元々我が国の属国だったようなもの、だから、そこのグリフォンも我が国のものだな」


 そう言って笑うと、周囲も王子に合わせて笑う。


「あ、そうそう。貴様との婚約は必要無くなったからな、破棄してやるよ。もう帰る場所も家族もいない貴様がこれからどう生きていくかは知らんが、どこへでも好きなところに行くが良い。だが、そのペットは三匹とも置いていけよ」

「嫌です」

「は? 口答えするのか? 不敬罪で捕まえても良いんだぞ? そしたら処刑してやるよ。家族のもとに行けるぞ?」


 そう言って笑う。

 体から血が抜けていくようだった。

 家族は皆殺されている?

 家族の死がぐるぐると頭の中を回る。

 溢れそうになる涙を必死で堪えた。涙なんか見せたくない。


「ほら、どこへでも行け! お前のものなんかここには一つもない。今着ている服だってこの国のものだ。脱ぐか? 裸で街を歩けば、その身を買ってくれる者がいるかもしれんぞ」

「殿下、こんな貧相な女、誰が買うというのですか?」

「一人くらいは物好きがいるだろう?」


 そう言って嘲笑う。


 悔しい。

 人質としてきたのに、何の意味もなかった。

 家族を、国を守れなかった。


 自分は何のためにここにいたのか分からない。


 目の前が真っ暗になり、体が冷たくなり感覚が失われて行く。

 何もかもが閉ざされて、自分が消えて行く。


 その時、ふわりと温かいものに包まれる。


「うわっ! なんだ」


 周囲が騒がしくなり、咆哮がすぐそばで聞こえた。


「うわあ! やめろっ!」


 視界に映ったのは、フェンリルのシグルの前足で高く飛ばされた第二王子の姿だった。

 その周りで笑っていた者達もワイバーンのヴァルの尻尾で薙ぎ払われていた。

 商人の男は尻餅をついてガクガク震えている。


 シグルは落ちてきた第二王子をその商人へ向けて前足で払う。


 ドゴォと音がして二人とまとめて吹っ飛んだ。


 一人残らず皆倒れている。


「ふふ、あはは、あははははは」


 思わず笑いが出る。三匹とも、得意気で、偉いでしょ? 撫でてとでも言うように顔を擦り寄せてくる。


「えらいね。ありがとう。……ほんとに、なんでこんなとこにいたんだろう? 行こうか」


 ギルの背に乗ると、上空へと飛び上がる。

 シグルは飛べないのでヴァルの背中に飛び乗った。


 上昇し、空を駆けていく。

 祖国の上空を通る。


 王城のあった場所には、城はあったが、破壊されていた。


 人の気配はない。


 周囲も戦争の爪痕が残っていた。

 田畑は荒らされ、家々も壊されている。


 ポロポロと涙が溢れた。

 国を思い、民を思い、家族を思う。


 それでも、反対の隣国側の地域では、人々がまだ変わらず生活していた。

 田畑は実りを迎え、人々の営みがある。


 生きていれば、やり直せる。

 これからできること。やるべきこと。


 王国を許さない。絶対に。

 復讐を心に決めて前を向く。


 しばらくして突然、クゥとギルが鳴いた。


「どうしたの?」


 声を掛ける。でも、ギルは探し物に夢中で気づいていないようだ。


 何か獲物でも見つけたのだろうか。


 下を覗いてみると、塀に囲まれた要塞の上を飛んでおり、兵士達が大騒ぎをしていた。


「あっ、ギル、ヴァル、一度上昇してって、えぇっ?」


 キィと大きな声をあげたギルが一直線に下降する。


「待って、待ってギル。す、すみませーん! 敵じゃありません! ギルってば! きゃあ!」

「わあ!」


 ギルがその巨体で一人の兵士を薙ぎ倒した。


 ふるふると体を震わせているギルの背から急いで滑り降りる。


「す、すみません、大丈夫ですか?」

「……俺は大丈夫だけど──」


 フスフスとギルが下敷きにした男性の顔に顔を擦り付けて親愛を示していた。


「あっ、ちょ、あはっ、羽が、羽が口に入るから、やめっ。こらっ!」


 怒られて、ギルが動きを止める。


「グリフォン? ……お前もしかして昔怪我してたあいつか?」


 ギルがすりすりする。


「おお、デカくなったなぁ! 俺のこと覚えてたのか?」


 またすりすりする。

 ギルが懐いたその男性に見覚えがある。


「あの……」

「ん?」

「もしかして、ジュード?」

「え? そうだけど……え? あの時のお姫様?」

「えっと、もう姫じゃないんですけど、そうです。イリスって言います。あの時はありがとうございました。この通り、ギル──あの時のグリフォンは元気になりました」

「それはよかった。……とりあえず、ギル、どいてくれるか?」


 ギルの首を優しく撫でて言う。

 イリスの言うことしか聞かなかったギルがのっそりジュードの上からどいた。


「改めて、ジュードです。今はここで騎士をやっております。イリス様はなぜこちらに?」

「あ、イリスで大丈夫です。敬語も不要です。ちょっと、王国から追い出されて逃げてきたところです。すぐに移動しますので、お騒がせして申し訳ありません。ギル、行こう?」


 離れがたそうにジュードに擦り寄っているギルに声を掛ける。


「ちょっ、ちょっと待って。少し休んで行ったら? ほら、ギルにお水とかさ、飲ませてあげた方がいいと思うんだ。それに、これからどこか行く当てとかあるの?」

「行く当てはないんですけど……そうですね、少し休ませて頂けると助かります」

「そうした方がいい。父がここの責任者をしていて、父もイリスのこと心配してたから顔を見せてあげて欲しい」

「心配してくださっていたのですか」

「そりゃ、もちろん。良かった無事で」


 心配してくれる人がいたことにほんのり嬉しさが湧き上がる。


「えっと、もう二匹居るんですけど呼んでもいいですか?」

「うん、大丈夫だよ」

「ヴァル! シグル!」


 呼ぶと空からヴァルが降りてくる。


 周囲からは、驚きの声が上がっている。


「ワイバーンにフェンリル、それにグリフォン。伝説級の魔獣が三体も……イリス、君はすごいね」

「この子達は私の家族なんです。もう、私の家族はこの子達だけ……」

「イリス……イリスも家族の三匹もここでゆっくり休んでいくといい」


 そう言って、ジュードは頭を撫でてくれた。

 その手は昔と変わらず、優しかった。


 ジュードにも手伝ってもらって、三匹の手入れをした。


 この要塞には立派な獣舎があった。

 調教師も数人いて、目を輝かせて三匹を見ている。


「すごいっ! 生きてる間に出会えるか分からない幻の魔獣が三種いっぺんに! 俺、明日死ぬのかな?」


 などと、縁起でもないことを言っているが、他の者も同意している。


 ギルは目を離すとジュードに擦り寄って行き、大好きアピールをしている。


 その後、この要塞のというか、この辺境の地域を治めるジュードの父と会い、勧められるままこの要塞に身を置いている。


 ギルは毎日ジュードに会えて嬉しそうだし、ヴァルもシグルも皆に受け入れられ、時折遊んでもらっている。


 そんな風に過ごして一ヶ月が経った。


 私はギルの背に乗って空へと昇る。


 下からは心配そうにジュードが見送ってくれていた。


 この一ヶ月、ジュードは何かと世話を焼いてくれていた。

 衣食住を整え、皆に紹介し、それはもう甲斐甲斐しく。好意がダダ漏れで、皆に冷やかされながら。


 ジュードに向けられる気持ちは正直言って嬉しい。

 幼い頃に助けてくれたジュードに恋をしていた。初恋だった。あの頃と変わらず優しくて、頼もしいジュードに再び恋をした。


 でも、祖国を滅ぼした王国への復讐の気持ちを持つ私は彼に相応しくない。

 だから気付かない振りをする。


 ギルの背に乗って、あの場所へ行く。

 王国の上空へ。


 漂ってきたのは煙の匂い。


 近付くにつれ王国の状況が明らかになっていく。


 大量の魔獣が、王国を飲み込んでいた。


 田畑を踏み荒らし、建物を踏み潰し、蹂躙していた。


 それは、脅威となる三匹の魔獣が居なくなったことで起こったことだった。


 居るだけで守護していた魔獣。


 上空から城に向かって下降していく。城を取り囲んだ魔獣達が動きを止めた。


 魔獣の足音が消え、城に立てこもっていた面々が城の外へと様子を見に出てくる。


 そして、上空にいる私に気付き、第二王子殿下が庭へと転がるように出てくる。


「イリス、どうか戻ってきて欲しい。この国には君が必要だ。お願いだ、戻ってきてくれ」


 情けない顔で懇願してくる第二王子を見ていい気味だと思う。


「ふふ、ご冗談を」

「じょ、冗談なんかではない。このままではこの国は、私は……もし、残るのが無理なのであれば私も連れて行ってくれ、私を愛していただろう?」

「愛していた? 裸で街を歩けとおっしゃった方を? 貧相な女とおっしゃった方を? 魔獣をペットと言った方を?」


 周囲を見回す。あの時、あの場にいた者の姿も見える。

 目が合うと縋るような視線を向けてくる。


「笑わせないでください。まさか、本気でそんなことを思っているのですか? 私が戻る理由は何ですか? 祖国を滅ぼされ、家族を殺され、魔獣を売られそうになり、裸で歩けと言われた私が、なぜこの国のために、あなたのために働くというのですか?」

「それは……」

「私があなた方を救うことはありません」

「まっ、待ってくれ! イリス! この通りだ」


 第二王子が膝をついて頭を下げる。


「私はもうこの国の者ではありません。そうしたのは第二王子あなたです。そもそも、元々この国の者であったかすらわかりませんが」


 ギルが怒りを表すように足の爪で地面を掻くのを首を撫でて宥める。


「魔獣にだって心はあるんですよ。怒っているのは私だけじゃない」


 ギルが威嚇すると、彼らは怯えたように体を引く。


「それでは、ごきげんよう」

「まっ、待って、待ってくれ……頼む、たのむ……」


 私はその場を去った。

 背後で、王城が魔獣に飲み込まれる音を聞きながら。



 要塞に戻るとジュードが駆け寄って来た。


「イリス、ケガは? どこも痛くない?」

「いた……いです」

「どこ? 怪我したの?」

「心が、痛いです」


 王国の人々を見捨てた私に心を痛める資格はないのかもしれない。


 でも、今はとても痛い。


「イリス……」

「私は王国の人々を見捨てて帰ってきました。私は酷いことを……」


 涙が止まらない。ジュードがそっと抱きしめてくれる。


「イリス、君が彼らを見捨てる前に、彼らが先に君を手放したんだ」

「でも、私がこの子達を連れてこなければ」

「君がもし王国にこの子達を置いて来たとしても、君を追って来たんじゃないかな? この子達は君のことが大好きだから」


 私とジュードを囲むようにギルとヴァルとシグルが体を寄せる。


「イリスは頑張った。祖国を守るため。家族を守るため。十分頑張ったんだよ。あんまり自分を責めないで、ここでこの子達と一緒に君も羽を休めたらいい」

「うん……うん。ありがとう。一緒に居てくれて」


 ギル、ヴァル、シグルを抱きしめて、最後にジュードに抱きしめてもらう。


 ジュードに肩を抱かれ、三匹に囲まれて、流れ落ちるままに涙を流し続けた。そして──


「ジュード、ギル、ヴァル、シグル、ありがとう。もう大丈夫。悲しむのも後悔ももう終わり、前を向く」

「いいね。イリスは泣き顔も可愛いけど、笑った顔が一番可愛いからね」


 そう言って、額にキスをしてくるから顔が熱くなる。


「ジュ、ジュード!」

「照れた顔も可愛いね!」

「も、もうっ!」


 恥ずかしくてギルの羽に顔を突っ込んだ。



 数日後、王国滅亡の知らせが届いた。

 心がチクンと痛んだが前を向くと決めた。もうあの国のことは考えない。


 一年後、私は辺境伯嫡男、ジュードの婚約者になっていた。


 ジュードは全てを受け入れて求婚してくれた。

 自国を守れなかったことも、王国を見捨てたことも、ギル、ヴァル、シグルのことも。

 その大きく深い愛で包み、癒してくれる。


 小国の生き残りの王女ということが知られたことで、逃げ延びていた末の弟と、下の姉と会うことができた。


 両親と嫡男の兄、上の姉は亡くなっていた。


 悲しいけれど、失ったと思っていた家族にまた会えた、生きていてくれた。それだけで、長い間胸の奥に刺さっていた棘が、すっと抜けた気がした。


 弟に会った時、ギルは彼の髪を啄んだ。小さい頃に別れた弟のことを覚えていたようだ。

 弟もまた、ギルのことを覚えていた。怖がることなく、ギルにも抱きついて泣いていた。


 ジュードのことも、弟のことも、離れていても忘れない絆があることをギルは教えてくれた。



「いってらっしゃい! ジュード、ギル」


 ジュードはギルに跨って魔獣騎士として空を飛んでいる。

 私は増えた魔獣のお世話をしながら、ヴァル、シグルと共に帰りを獣舎で待っている。


 魔獣に囲まれた穏やかな毎日。


 こんな毎日を二度と手放さないと固く心に誓い、今日もまた大切な人と共に三匹の名前を呼ぶ。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

復讐はちゃんと出来てますでしょうか?

またお会いできたら嬉しいです。


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