4 公女の企み
よろしくお願いします
「お兄様子猫ちゃんの様子はどうだった?」
「元気そうだった。肉付きも良くなっていた。ああ、これを渡して欲しいと言われたよ」
ウイルフリードは刺繍入りハンカチを渡した。レースの巾着に入れられ赤いリボンで結ばれたプレゼントはシルビアが好きなラッピングだ。
「刺繍が得意だったのね、嬉しいわ。瞳が赤で毛が金色なんて、これもしかして私なの?凄く上手ね」
「そうだね」
「どうしたの?ぼんやりして」
「大事件が片付いたからかな?何か物足りなくなった様な気がするんだ」
シルビアの目がキラッと光った。
「子猫ちゃんがいなくなったせいじゃなくて?ほら何かと心配だった彼女が叔父様の所で落ち着いたから寂しくなったのではないかしら」
「そうだろうか」
「また離宮でお茶会を開けば良いのよ。楽しみになってきたわ。さっそく招待状を送るわね」
「メゾンに連絡を入れてドレスを贈ろう。サイズを計りに行ってもらおうか」
「いいえ兄様、大ごとになっては子猫ちゃんが遠慮するかもしれないから、まずは私が招待して一緒にドレスを作ることにするわ。お兄様はそれからね」
シンシアは漸く兄に春が来たのかもしれないと嬉しくなった。
公爵家嫡男で顔の整った物腰の柔らかな頼りになる兄は男として超優良物件で、隣に立ちたいと願う貴族女性が多いことは知っている。
厄介なお方にも関心を持たれている。
そのせいで兄はいささか女性に嫌悪感を持っているのだ。
それをおくびにも出さないようにしているのは妹の立場からよく分かっていた。
大好きな兄を応援してあげたい。
たとえ今はただの好意でも良いではないか、ローズマリー様に兄は庇護欲を掻き立てられているのだと思う。
もしかしたら恋に発展するのかもしれないではないか。
さっき帰って来たばかりでもう気にしているのがその証拠だ。
シンシアは完璧な兄の顔が緩むところが見たかった。そのためには私がなかに入ってクッション代わりになってあげようではないの。
子猫ちゃんを逃さないようにしなくてはと計画を練ることにした。
なにせ傷だらけの子猫ちゃんは遠慮ばかりして直ぐ逃げ出そうとするのだから。
「お義母様シンシア様からお茶会のお誘いが来ました。行ってもいいでしょうか?」
「勿論よローズマリーちゃん、行ってらっしゃいな。学んで来たマナーを見せるいいチャンスだわ。お茶会用のドレスを作らないとね」
「この間作っていただいた赤いドレスがあります。あれが良いです」
「あれはこの前のお茶会で着たじゃない。離宮に行くのよ。誰に見られるか分からないわ。家がドレスも買えないくらい貧しいのだと侮る者が出てくるかもしれないの。だから作るのよ。あのドレスは家にお招きした時に着ればいいわ」
と言った義母は貴族夫人らしい顔をしていた。
「はい。ではお言葉に甘えます」
改めて貴族の大変さを理解したローズマリーは素直に言うことを聞くことにした。今まで見ていたものが酷すぎたのだ。あれは貴族の普通からかけ離れていたのだと漸く実感した。
あの人(立場的叔母)は商人を呼んで吊るされたドレスや宝石を「ここからここまでいただくわ」という買い方をしていた。ちらっと見た商人は媚びるような顔をしてはいたが、尊敬はしていなかっただろう。商品の中にローズマリーでも分かる粗悪品が入っていたのだから。
ローズマリーは嫌な思い出をぶるっと振り払った。
久しぶりに会ったシルビア様はやはりとても美しい。白磁のような肌に赤い瞳がぱっちりで華奢な身体つきはお人形のようだ。
金色の髪は艶々で毛先に行くほど緩く巻かれていた。ドレスは金糸の織り込んである薄い絹だった。
青いサファイヤのネックレスとイヤリングが瞳の色とリンクしていて思わずひれ伏したくなる。
「お久しぶりでございます、シルビア様。今日も女神様の様に美しくていらっしゃいますね」
「ふふふ、嬉しいわ。ローズマリー様も顔色が良くなられたわね。少しふっくらされたようで良かったわ。叔父様の所の居心地はどう?」
「とても良くしていただいています。家庭教師の先生を付けていただいて色々な勉強をしているのですよ」
「まあそれを聞いて安心したわ。さあこちらでお茶を頂きましょう」
手を引かれて着いたのはガゼボだった。色とりどりのケーキとお茶の用意がしてあった。侍女が紅茶を淹れてくれる。
「この間は刺繍入りのハンカチをありがとう。とても上手なのね。今日はそのお礼にこれを用意したの」
と渡されたのは綺麗な小瓶だった。
「ありがとうございます。オイルでしょうか?」
「美容と疲れに効くんですって。とても良い香りなのよ」
「私からはこれだよ」
急に後ろから声がして振り返るとウイルフリード様が小さな薔薇の花束を差し出して微笑んで立っていた。
ローズマリーは胸が震えた。
相変わらず並外れて声と顔が良い。反則ではないかしら。
美の結晶の様な二人の後ろに花が舞っているのを見たような気がした。
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