1 冷遇された少女
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ローズマリーは十歳の時に両親を事故で亡くした。
一月以上雨が降り続き領地で作物が育たないと報告を受けて視察に行った帰りの出来事だった。
ウインザー伯爵家の領地は馬車で一週間かかる場所にある。
小麦を主に育てていたので、不作は経営と領民の生活が掛かる一大事だ。
対策を無事に済ませ娘の待つタウンハウスに帰ろうと馬車を急がせていたらしいく、泥濘んだ山道に車輪を取られて馬車が横転し坂を転げ落ちたと警邏から知らせが入った。
出かける前、置いて行かれる不安で泣きそうになったローズマリーに両親は笑顔で
「良い子でお留守番するんだよ、直ぐ帰って来るからね」
と言って抱きしめてくれた。それが両親を見た最後だ。
最初は信じられなくて感情が出せなかったローズマリーが大声で泣き出した時、抱きしめてくれたのは侍女長で、泣くだけの小さな主を守ってくれたのは使用人達だ。
それが短い安寧だったと分かったのは直ぐのことだ。
葬式が終わった途端叔父一家が素早く移り住んで来たのだ。
「兄さんが亡くなった今伯爵家は俺のものだ。逆らう奴はクビにしてやる」
叔父は酒太りの体でそう息巻いた。涙で震えるローズマリーが見たのは身を縮ませる使用人達。
そうよね、血が繋がった私でさえ怖いのだもの、使用人はもっと怖いはずだわ。
私が大人しく言うことを聞けばみんなを守れるはず。頑張ろう。そう思っていた。
だがそれは子供の甘い考えだった。
傍若無人な彼らは使用人の様にローズマリーを扱った。
ローズマリーの部屋は従妹のエリザベスの物になり、埃の舞う屋根裏部屋が居場所になったのだった。
使用人が申し訳なさそうに粗末なベッドとチェストを置いてくれた。
それを苦笑いで誤魔化し使用人としての生活が始まった。
最初は三度食べられた食事も叔母の指図で一回だけの硬いパンと薄いスープになり、機嫌が悪いときはそれさえ無いこともある。
昔からいる使用人は追い出され、新しく来た者もローズマリーに少しでも同情をした途端クビになった。
ローズマリーの味方は誰一人いなくなってしまった。
「惨めなものね。元伯爵令嬢ローズマリー。このドレスも宝石も綺麗な物はみんな私のものよ。あんたには雑巾がお似合いだわ。ほらバケツの水でメイド服の汚れを落とすといいわ。頭から汚い水を被っていい気味ね。ちゃんと拭いておきなさい」
そう言って一日に何度も貶めに来たり機嫌が悪いときは鞭を振るわれる。
泣いたり悔しがる姿が見たいのだろうがローズマリーにはとっくにそんな感情は無い。
両親が亡くなり叔父一家という悪魔が来た時点で感情は死んでいる。
「お父様お母様ローズマリーもそちらに行きたいです。どうして私を一人残して逝ったのですか?早く迎えに来てくださいませ」
眠る前に願うのはただそれだけだ。
叔父はローズマリーが成人になるまでは死なない程度にように生かしておくつもりでいた。
成人になれば相続権が発生するので始末するつもりだったのだが、今はよく働く金のいらない使用人だ。
その内存在すら気にも留めないようになっていった。
あまりにも関心がなさ過ぎて王宮からデビュタントの招待状が来るまで忘れていたくらいだ。
握り潰そうかと思ったが正式な物だ。仕方がないので安いドレスを買ってやり行かせることにした。帰りの馬車の事故で死んだ事にすればいい。
妻と娘が「あんな者にドレスなんて」と騒いでいたがもちろん聞くわけがない。
叔父は口の端を上げにやりと笑った。外で死んでくれれば都合がいい。仕掛けは命じてある。
数年ぶりに新しいドレスを着たローズマリーは何がなんだか分からず混乱していた。靴もヒールが高く転びそうだった。これで歩けるのだろうかと。
叔父に言いつかったメイドが「宮殿には一人で行くように」と嘲笑うように招待状を投げつけてきた。
艶のなくなったぱさぱさの髪を梳かした。一番粗末な馬車でデビュタントに行くらしい。歩いて行かなくていいのでほっとした。
よくあの叔父が許可したものだと思う。きっと生きていると証明したいだけだ。このチャンスに逃げ出したいと思ったがその術が分からず唇を噛み締めた。
数年ぶりの王都は人々が話をしながら楽しそうに歩いていた。
建物も昔両親に連れて来てもらった時のようにお洒落だ。
道端には花が飾られ木々がさわさわと風に揺れている。
今は明るいが夕方になれば橙色の街灯がともるのだろう。
いつの間にか涙が一雫頬を伝っていた。
あれっ私感動している。まだ泣けたんだ。生きていても何も良いことがないと思っていたが外の景色を楽しめたのだと、ローズマリーは何度も洗ってぼろぼろになったハンカチで涙を拭いながら思った。
王宮に着くと門番の騎士が手を貸してくれた。
小さな頃にされたエスコートだと思い出した。騎士は優しく入り口まで案内してくれた。きっと手を差し出す者がいない娘を憐れに思ったのだろう。
宮殿は白い壁に金の装飾がしてあり天井には天使が沢山描かれていてシャンデリアが眩しい。貴族の令嬢やパートナーの話し声が賑やかだ。
ローズマリーは身をすくめた。パートナーもいなければ誰一人知り合いもいない。
どう見ても見すぼらしい自分を会場の皆が嘲笑っている様な気がしたが、エリザベスの様に直接何か言ってくるわけではないので平気だ。
目立たないところにいればましだろうと動こうとした時ローズマリーの意識は突然暗転した。そう言えば今日は何も食べていない。
読んでいただきありがとうございます!楽しんでいただければ嬉しいです。
以前書いた拙作「裏切りはいらない」に関係する人物を登場させたいと思っていましたが、念願が叶いました。次回から出て来ます。毎日投稿しますのでよろしくお願いします。




