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I am...

 いつもよりも世界が狭い。隼人の視界にはノートと黒板の二つしか入らなかった。


「はい、じゃあできた人から練習問題の12番解いていこう」


 あの騒動から約一ヶ月。ゴールデンウィークを明けたあたりから、周りの様子はより明白に変わり始めた。朱莉と別れた件は瞬く間に広まったが、奇妙な噂の方は少し遅れてじんわりと浸透していた。センシティブな話であるがゆえに、同級生の間を蝕むように広まったそれは、否定するにも手遅れな状況になっていた。


「よし、じゃあ今日はここまで」


 チャイムが鳴ったと同時に六限が終わった。


「隼人ー、トイレ行こうぜ」


 隼人は昴に連れられトイレへ向かった。その道中も、目に見えない何かを、隼人は周りから感じていた。


「隼人さ、最近元気なくね?」


 二人で小便器に向かい、昴が話を切り出した。トイレには二人しかいない。昴もきっと配慮の上で話し出してくれたのだろう。


「大丈夫だよ。ありがとう」


「……あの噂だろ? 本人のいないとこで勝手に広めてる外野が悪いよな」


 昴はいつも味方をして励ましてくれる。言葉はストレートでも、それは隼人の心を温めてくれる光だった。


「誰が広めたんだろうな、あんな()


 しかしそれと同様に、隼人は痛みも感じていた。昴は今でも信じてくれている、「藤代隼人は陽川高校の男子のリーダー」だと。それはきっと、隼人がどんな逆境にいても、信じ続けてくれるのだろう。その信頼と、自分のあるべき場所が分かるほどに、胸は痛かった。


(なんで苦しいんだ……こんなにも)


 隼人はそれでも繕って、昴には感謝した。トイレから戻ると、教室は二人を待っている雰囲気だったので、すぐに席に着いた。いつもなら、火曜六限に授業がある佐々木が遅れてくるのだが、そういえば今日は佐々木が休みで、副担任の香坂が代わりに教壇に立っていたのだった。


「はい、ってことで帰りのホームルーム始めます。えーっと……ま、まず最初に、この手紙回して」


 香坂は緊張気味に話し始めて、手紙を各列に回した。その手紙に目を通すなり、隼人は目を丸くした。


「佐々木先生が急遽、今月からお休みに入ることになって、僭越ながら……」


 香坂は一息置いて、言った。


「明日から私が、三年九組の担任になります」


 窓のカーテンが風で揺らめき、時々西日が香坂の顔を照らす。緊張混じりではあるが、隼人には、香坂の目が真っ直ぐに届いていた。






 この頃の五月はもはや夏である。部活が終わり道場を後にすると、日が暮れているのに風は生暖かかく感じた。昴はこの後用事があるそうで部活を早退した。なので今日の帰りは一人だ。校庭の横の道を一人で歩いていると、数ヶ月前にここで朱莉を待つ自分を思い出した。


 隼人はイヤホンを耳につけて歩いていると、前の女子の集団の一人がキーホルダーを落とした。


「あ、すみません。今落とし......」


 咄嗟に拾って声をかけた者が振り返ると、隼人は言葉が止まった。薄暗いけど、しっかりわかった。朱莉だった。


「あ......」


 向こうも気づいたそうで、少し気まずそうにしたが、隼人からそれを受け取ると、一緒に帰っていた子たちに先に行くように伝え、隼人の前に向き直った。突然、数カ月ぶりに二人きりになり、隼人は何を話したらいいのか皆目見当もつかなかった。すると、先に話し出したのは朱莉だった。


「隼人、元気?」


「う......うん。元気だけど」


「そっか。なんか、最近色々噂広まってるらしいからさ」


 その時、隼人は察した。噂を広めたのは朱莉だ。表面上の言葉の語感にそれを感じ、隼人は怒りなのか、衝撃なのか、失望なのか、計り知れぬショックが襲った。隼人は思わず、聞いてしまった。


「広めたのは朱莉だったんだね」


 一瞬、目元をピクリとしたのが分かった。しかし彼女自身、惚けるのは最適ではないと察したのだろう。白旗を上げて、繕うのをやめたようだった。


「この前さ、聞いちゃったんだよね。委員会終わりに茜ちゃんと隼人が話してるの」


 あの時か。すぐに合点がいき、隼人は腑に落ちた。


「私が欲しかった言葉、簡単に言ってさ。しかもそれが違う時に感じるって……普通に違う女の子を好きになったとかだったらそんな言い方しないじゃん」


 次第に朱莉の言葉には怒りが満ちているようだった。そしてとどめの一言を、朱莉は隼人にぶつけた。


「もしかしてさ、昴君のこととか気になってるんじゃないの? 私だって隼人が同性愛者だってなら、違和感も腑に落ちるし。一回診断してみれば?」


 それだけ言い残して、朱莉は帰路に去って行った。正面から殴られたような衝撃が走って、隼人は呆然とただ朱莉の後ろ姿を見ていることしかできなかった。





 その夜、隼人は部屋の明かりを消してベッドに入ると検索エンジンを開いた。


(L……G……B……T……診断……)


 検索がロードされる度に、隼人の鼓動は荒くなっていった。色々なサイトがある。概念を紹介するもの、自分のパーソナリティを打ち込んで診断するもの……。隼人は今まで向き合うのが怖かった世界に飛び込んだ途端、無心にその手を止められなくなった。答えを知るのが怖い、なのに自分の心は答えを求めてる。頭と心が解離して、その狭間にいる自分が苦しかった。


(異性の人を好きになったことがあるか……同性の人を忘れられない時があったか……異性の体に触れたいと思ったか……同性に対して性的な妄想をするか……)


 最後の回答にクリックした後、ロードに少し時間がかかる。このロード画面が一生続けばいいとも思った。でもまさに、その画面は、答えが定まらずに苦しむ今の自分だった。


 数十秒して、画面は新しいページに飛んだ。そこに記されていたものを一通り目に通し、隼人は画面を閉じた。夜の静寂と共に、一線を飛び越えた気持ちが自分の心を浸した。隼人は、涙を一筋流し、目を閉じた。

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