正直でいること
道場の小窓を閉めながら、隼人は春の夜風に吹かれていた。昼間の温もりを少し残しながら、少し肌寒いような温度。あの日も同じような風が吹いていた。
「えー、じゃあ突然言ってきたってこと?」
昴は防具を片付けながら、そんな隼人に声をかけてきた。隼人は残りの小窓を閉めて、昴と共に更衣室へ向かった。
「そうそう。俺びっくりしちゃって、なんも言えなかった」
「隼人は学級委員のキラキラ男子高校生なんだから、嫌なわけないじゃんね」
隼人は言葉が喉で詰まった。キラキラ男子高校生。自分にその言葉はふさわしいのだろうか。藤代隼人はキラキラ男子高校生。それならば、自分は本当に藤代隼人なのだろうか。
ぼーっと隼人は考え事をしていると、ふと横目に昴の着替えが映った。昴は袴を脱いで、下着姿になっていた。しっかりした骨格にふっくらと筋肉がついていて、普段はそう認識していなかったが、昴も実はいい体格をしていることを知った。
「どうした隼人、俺の体なんて見つめて」
昴の声にはっと我に返った隼人は、慌てて視線を逸らした。今俺、見惚れてた? 顔は赤くなってないか? 変に反応してしまい、鼓動が耳元まで高鳴っている。
「まあ減るもんじゃないし、いいけど」
昴はかなり鈍感かもしれないと隼人は思った。それにしても、なんなんだ、この感情は。隼人は以前、昴の電話の時に感じたざわめきを心に再び宿らせた。
(違う。違う......)
隼人は何度も心に言い聞かせ、自分も手早く身支度を整えた。
帰り道、隼人と昴はいつも途中のコンビニで買い食いして帰るのがルーティンだった。今日は隼人がアメリカンドッグで昴がフライドチキン。
「でもそのー、香坂だっけ。面白いな」
昴は駅までの商店街を歩きながら、フライドとキンを頬張る。
「話してて悪い感じはしなかったっていうか、知らない間に心開かされているみたいな」
「へぇ、じゃああいつの数学の授業期待しようっと」
隼人もアメリカンドッグを一口かじり、話題を朝の件に変えた。
「そういえば、朝、助かったわ」
「ああ。隼人は真面目だから、嘘つくの苦手だもんな。でも、自分が傷つくくらいなら、たまには嘘ついたっていいんだぞ?」
昴はそう言ってチキンをもうひと齧りした。肉汁を熱そうにしながらも、おいしそうに顔をほころばせている。昴は笑うと目尻がくしゃっとなる。全体的にビシッとしている隼人と違って、どこかヨーロピアンな感じだ。
「自分が言いたいときに、言えばいいんだよ」
そう言うと昴は顔を横に向けて目を合わせてきたので、隼人は慌てて視線を逸らした。また昴のことをまじまじと見てしまった。今までそんなに意識したことなかったのに......最近の自分はどうやらおかしい。
「まあ、俺も別れたって聞いた時はびっくりしたけどなぁ。......なあ、隼人。一個聞いてもいいか?」
「うん、何?」
「俺は二人のことお似合いだと思ってたけど、なんで別れることになったの? ......あ、別に答えたくなければ全然......」
隼人は少し黙ってしまった。でも、昴には話したい。隼人の心がそう叫んでいた。いつもは真面目で明るいみんなのリーダー、弱みは見せない。でも昴には、内にある本当を打ち明けてもいいと思った。「言いづらいよな......」と居心地が悪そうな表情をしている昴に、隼人は噛んでいたアメリカンドッグを飲み込んで、口を開いた。
「俺の、アプローチ不足っていうか……」
いや、違うだろう。今声に出して改めて分かった。それは建前で、そしてそれは朱莉の気持ち。もっと根本に答えがあるのを、隼人は理解していた。隼人は「いや」と首を横に振って、本当のことを口に出した。
「......『好き』が分からなくなった」
昴は意外そうな顔をしていた。それは無理もない。付き合いたての頃、朱莉との話で昴との帰り道は大いに盛り上がっていた。あの時の気持ちが『好き』ってことじゃないのかと、そう言わんばかりの表情だ。
「......好きが分からないって、お前......秦さんにコクられた時どう思ってたんだよ」
昴に言われて、頭の中で時を遡る。今と同じ昴と一緒に帰っている途中に朱莉からメッセージが来た。そのメッセージを見て、確かに胸はざわめいた。
「......それは」
でも、そのざわめきは今、他においても感じる。朱莉の時のように、普通は異性に感じるはずの鼓動が、そうでないときも聞こえるんだ。そんなこと、やはりどうしても、喉から先には出せなかった。
「間もなく、一番線に......」
電車の接近アナウンスが響き、遠くにやってくる電車のライトがぽつりと見えた。言い渋る隼人は、その光を見つめ、どうすべきかと模索した。昴に打ち明けたのは、間違いだったかもしれない……すると、昴がチキンの最後の一口を口に入れ、隼人の肩をポンと叩いた。
「ま、難しいよな。ってことで、この話はもう終わり。変な空気にしてごめんな」
「昴......俺......」
「ほら、さっき言ったろ? たまには嘘も大事だぞ。正直でいることで弱る必要は無い。いつもの、みんなのリーダーの隼人は、どこ行った?」
昴に言われっぱなしで、隼人は何も言えない。でも、昴の言葉を聞くたびに、隼人の胸の内がじんわりと熱くなるのを感じた。その熱さが目頭に込み上げ、溢れそうになるのを必死で隠そうと、入線した電車の纏う風にごまかした。昴と隼人は違う方向の電車なので、ここで別れる。昴は電車に乗り込んで、またあの笑顔を浮かべた。
「んじゃ、また明日!」
ドアが閉まり、昴は指で口角を上げるようにジェスチャーを送った。隼人も思わず笑顔になり、右手を上げて応えた。そうだ、いつもと同じ。いつもと同じ帰り道の光景だ。
電車が去った後のホームは少し寂しい空気を感じる。隼人の乗る電車もじきにやってくるはずだ。隼人はホームに漂う寂寥感を胸に、反対側のホームへと並んだ。




