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こころのこえ

 季節は梅雨に入り、空模様は茜の心を表すかのように、晴れない日が続いていた。あの試合で負けて一ヶ月。時は止まることなく、鈴木が担任から下りて代わりに樹里ちゃんが担任になったたり、色々なことが起こった。時の流れは容赦ない。


「じゃあこの資料は零士にお願いして、こっちは学級委員でやっておくわ」


「おっけー、じゃあお言葉に甘えてお願いします」


 的確に指示を出した隼人と一緒に、茜は文化祭の資料をまとめた。それをしている時も、心はどこか違うところにあるようだった。


「そういえば、茜は見た? 今週から五組の本間先生のクラスに来た留学生」


「留学生? 全然知らなかったわ」


 隼人は変わらずして、茜に普通に接してくれた。きっと彼なりの気遣いであろうが、今はそれに甘えていたかった。


「なんかアメリカのテキサス州に姉妹校があって、しばらくぶりに来たらしいよ。ちなみに、めっちゃイケメン」


 隼人はふざけた調子も見せた。彼もこの一ヶ月色々あった。あらぬうわさが流れ、一時は欠席も続いたが、今では毅然とした態度で通っている。次第にほとぼりも冷め、今はかつての彼に戻っている。傷を抱えていても、やはり隼人の笑顔は輝いているべきであった。


「へえ、有名人だと誰に似てるの?」


「えー、なんだろう。キャプテンアメリカみたいな感じ......かな」


「ほんとに? だとしたらめっちゃイケメンじゃん。早く見に行かないと」


 気づけば、久しぶりに何も考えずに笑えた気がした。二人で少し笑って、そして、教室は静まる。その空気が、茜の本当の気持ちをさらけ出した。


「......私も、キャプテンアメリカみたいなキャプテンになれたらなぁ」


 隼人が顔を向けてきたので、視線が合った。その拍子に茜は恥ずかしくなり、不意に口に出してしまった言葉を、茜は慌てて片付けようとした。


「な、なんてね。私、何言ってんだろ」


 しかし隼人は、その目を逸らさなかった。


「今度は俺が、話聞くよ」


 それ以上何も言わず、隼人は黙って作業の手を動かし始めた。その音が次第に、茜の心の鎖を解いた。


「......私、何も見えてなかった。色々と背負って、色々な視線が飛んできて、色々な言葉で私をラベリングされた......そうしているうちに、昔の気持ちが見えなくなっちゃってさ......」


「うん」


「隼人は、色々あって傷ついても、逃げなかった。だから今、輝いてる。みんなもついてくる。でも、私には、隼人が持ってる軸みたいなのがさ、見えなくなっちゃたんだよね」


「......俺は、その......」


 隼人は何かを言おうとした。でも、茜はそれを遮った。何かをアドバイスして欲しいわけじゃない。むしろ今何かを突きつけられても、茜には受け止めきれる自信がなかった。


「よし。私の分は終わった。話聞いてくれてありがとね、私部活行くわ」


 隼人の開きかけた口から紡がれる言葉を聞くことなく、茜はその場を去った。






「え、見た見た。マジでイケメンだった」


「あーでもうちのタイプじゃないかな。うちはもっとワイルドな感じが好きかも」


「それで言うとうちも韓国系がいい......あ、茜、お疲れ」


「あ、うん。お疲れ」


 咲や美聡との間には、あれから微妙に気まずい溝が開いていた。茜が部室で支度を始めると、二人は体育館へと向かう準備を始めた。


「じゃあうちら先行ってるね」


「あ、うん」


 二人は部室を後にし、再び会話に花を咲かせていた。


 練習の空気は、あまり良いものではなかった。茜が士気を上げようと何か声を発しても、それは棘に変わり、部内に響くというより刺さっているようであった。当然プレーの質も向上していないよう言感じる。


 その日の練習もいつもと同じように終わった。練習の途中から顔を出した樹里ちゃんも、メニューにだけ口を出し、部内の空気や関係性については何も言及してこなかった。


「水野先輩、お疲れ様です」


「おつかれー」


 後輩たちも、どこか怯えているような壁を感じた。ふと目をやると、その後輩たちは咲や美聡とは普通に話している。いったい私は、彼女たちにどう映っているのだろうか、到底分かり得なかった。


 荷物をまとめ、茜が最後に部室を後にしようとした時、教官室の扉の前に一人の影が見えた。


「え、樹里ちゃん......?」


 樹里ちゃんは手招きして、教官室に呼んだ。


「何かありましたか? あ、今日の練習のこととかですかね」


 樹里ちゃんは首を横に振って、茜をソファに座らせた。


「ちょっと時間ある?」


「ええっと、はい。大丈夫です」


 すると、樹里ちゃんは例のノートを取り出した。それから栞の挟んだページを開き、それを見ながら口を開いた。


「私、この三ヶ月、皆のことを見て、ここにメモして分析してたの。もちろん、茜のこともね。それでさ」


 樹里ちゃんはノートから視線を上げ、茜に合わせた。


「今の茜の、声を聞かせて。心の声」


 樹里ちゃんの視線は、実に真摯だった。

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