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本当は

 校門の通りの桜並木がほとんど葉桜に変わり、陽川高校は新学期を迎えた。


「よっ! 隼人」


「びっくりしたー、昴か。今日は遅刻しなかったんだな」


「残念ながら、本日の電車は平常運転でした」


 昴がふざけた調子で言うので、隼人は思わず笑った。昇降口までの道中、何人かの教師に挨拶をされ、適当に返しながら歩く。


「でもまさか、三年連続同じクラスになるとはね」


「ほんとに。俺ずーっと隼人と一緒にいる気がする。朝も、昼間も、夕方も。彼女かよって」


 昴の言葉に隼人は思わず歩調を緩めてしまった。


「……あっ、悪ぃ。今はデリケートな話だったか」


「あ、……いや、全然大丈夫」


 どうやら昴は、隼人の思っていたこととは違う方向に解釈してくれたようだった。あの日の後、春休み期間の部活の練習日に、昴には直接別れたことを伝えた。初めこそ驚いていたものの、そこからは慰めてくれたり、前を向かせようとしてくれたり、色んな言葉をかけてくれた。


 新しい教室に入ると、なんとなく顔見知りな人や、懐かしい顔がいた。


「おぉ! 久しぶり隼人! 今年もよろしくな」


「おお、しんちゃん! よろしくな!」


 中には去年から同じクラスで、隼人や昴とよく一緒にいたグループの者もいて、早速声をかけてきた。隼人は自分の席にリュックを置いて、去年と同じように昴の席に皆で集まった。


「そういえば、秦さんとは最近どうなんだよー」


 無理もない話題だ。去年は専らこの話で昴や彼らは盛り上がっていたのだから。


「あー、まぁ、その」


 隼人は反応に困って言い渋っていると、昴が不意に耳打ちしてきた。


「無理すんな。俺に任せて」


 あまりにも突然だったので、隼人は呆気にとられた。


「そういえば、しんちゃん。俺見ちゃったぞ、後輩の男バスのマネージャーと帰ってるとこ」


「おま、昴! あんまりデカい声で言うなよ」


「え! まさかしんちゃんも!」


「あのマネージャーめっちゃ可愛いよな。しかも......」


 昴はニヤリと笑って、しんちゃんの方を見た。しんちゃんはしらばっくれるのを諦め、今度は昴に便乗した。


「胸もでっかいんだよな」


 集団で笑いが弾ける。口々に下ネタでふざける彼らを見て、隼人もそれに合わせながら笑みを作った。男子高校生としては当たり前。男なら、この話に笑わなきゃ。


 すると、昴がこっちをちらりと見て、アイコンタクトを取ってきた。「な、俺に任せとけって」と言わんばかりの自信に満ちた眼に助かった。結局その場は、しんちゃんの彼女誕生秘話と、しょうもない下ネタで話題をかっさらい、それ以上隼人と朱莉のことを詮索する者はいなかった。


「ってか、担任誰だろうね。また鈴木だったりして」


「えぇ、そしたら鈴木の古典確定やん。あいつの授業眠いんだよなぁ」


 始業も近づき、話題は担任の話へと変わった。隼人らの去年の担任は鈴木という古典の先生。


「いや、昴は古典自体がつまらないんでしょう。でも、黒板の字が鈴木っぽいよね」


 すると、間もなくしてチャイムが鳴り、生徒は皆、席に着いた。遠くから近づく足音で隼人は何となく察した。


「はい、ごきげんよう」


――鈴木だー!!


 挨拶だけ京都かぶれの彼の声のテンポにはもう聞き飽きた。不動の十年連続陽川高校在籍を成し遂げ、私生活の一切が謎のベールに包まれた古典の男の先生。今年も記録を更新し、しかも二年連続同じ担任とは......。隼人と去年同じクラスだった者は少なくない。きっと皆、同じ胸中であろう。特に彼の独特なテンポは眠りへと誘う。昴の言っていたこと、隼人も実はひそかに共感していた。


「去年の四組の人は顔見知りだね。今年の三年九組の担任です。よろしく。あ、それから......」


 すると、鈴木は手招きして廊下から誰か呼び寄せた。若干落ち込んだクラスの視線が一点に集まると、そこには、若い女性の先生が立っていた。


「えっと……はい! 香坂樹里と申します! えー、担当は数学です! ......っと、一年目なので緊張していますが、みんなの最後の一年を精一杯サポートします! お......お願いします!」


 明らかに緊張が伝わってくる。新卒の先生だろうか。その後に鈴木から、副担任で、文系クラスの数学と、女バスの顧問を担当することが補足された。どうやらクラスにいる四人の女バスの部員は知っていたらしく、少し嬉しそうな顔をしている。部活ではどうやら好印象なようだと、隼人は感じた。


 その後、簡単なホームルームと、委員会決めまで執り行った。隼人は三年連続で学級委員に就任。ちなみに昴は「文化祭の自転車管理だけとか一番楽なんだよねー」と不純な動機でしんちゃんともに風紀委員に就いた。


 委員会まで決め終わったところで、初日のホームルームはお開きになった。すると、隼人は早速鈴木に呼ばれて職員室へ向かった。


「お、今年も学級委員頼りにするからな。ってことで早速だが......」


 鈴木のこの流れは嫌な予感が……。案の定、面倒な書類のホチキス留め作業を依頼してきた。鈴木の「学級委員乱用」には毎回のごとく腹を立てるも、隼人は心に留めて、承諾した。すると、


「あ、でも今回は助っ人いるから。香坂さん! 藤代来たよ!」


 香坂......あ、さっきの新人の副担任か。香坂は鈴木の声に職員室の奥の方から反応し、駆け足でこちらにやって来た。


「藤代君、一緒に手伝うね」


「あ、お願いします」


 この後職員室では打ち合わせがあるそうで、作業は教室でやることにした。鈴木から「香坂先生もまだ慣れないとこあるから、サポートしてやってな」と言い添えられ、これ以上都合よくつかわれないようにと、香坂とともに職員室を後にした。


  隼人は持ち前の「明朗快活」のスイッチを入れて、香坂と小話で空気感を作った。話によると、やはり、先ほどの挨拶は緊張していたようで、隼人は「全然問題なかったですよ」とフォローを入れた。そんなことを話していると、廊下の反対側から去年のクラスメイトが声をかけてきた。


「隼人! 久しぶり!」


「おお! 海渡! あれ、何組だっけ」


「俺は、二組。ほら、秦さんと同じだよ」


「え......あー、そうなんだ」


 朱莉のクラスが何組か、隼人は言われるまで気にしていなかった。


「ま、大丈夫。手出したりしないから安心しろ」


 海渡はそう言って隼人を小突き、歩いて行った。昴以外にはまだ話していない。朝のしんちゃんにしろ、海渡にしろ、今はまだ自分が「トップ・オブ・カップル」の彼氏なんだ。彼ら普通の男子高校生の憧れの対象に。自分が何者かも分からないのに、周りは自分を同じグループに括り、そしてそれに自分もあやかっていた。自分って何なんだ。隼人はまた少し、心を曇らせた。


「今のは……去年のクラスメイト?」


「えっ!?」


 混乱の最中に、唐突に香坂から話しかけてきたので隼人は過剰に驚いてしまった。そういえば、先生も隣にいたんだった。


「え、えっと、そ、そうです。去年のクラスメイトの瀬下海渡。あ、あれっすよ。男バス」


「へぇ、そうなんだ。そしたら知らない間に体育館ですれ違ってたかもな」


 香坂はふわりと笑みを浮かべる。隼人はその時初めて、香坂の顔をちゃんと見た。ボブの髪形に、すっとした顔立ちで、瞳も澄んでいる。よく見れば、かなりの美人だった。


「どうした?」


 あまりにもまじまじと見てしまったために、香坂は不思議に思ったのだろう。眉を曲げて首を少し傾げた。この人はとっても表情が豊かだ。女バスの部員が好感触なのも頷ける。新人の初々しさはあるものの、その表情から、彼女の持っているものはブレずにそこにある気がした。


「い、いや。何でもないです。行きましょう」


 隼人はそそくさと歩き始め、香坂はその半歩後ろからそれを追った。


「秦さんってのは、藤代君の彼女?」


 ガラリと空いた教室で作業を進める途中、香坂は突然聞いてきた。この人はいつも唐突だ。しかも、結構突っ込みすぎじゃないか?


「あーえっと……」


 すると、香坂自身も気が付いたのか、隼人に謝った。


「ごめんなさい! ついうっかり......もう教師なのに、ついペラペラと……」


 隼人はなんだか、香坂のことが憎めなかった。不器用でそそっかしいとこは多いが、一生懸命な人だ。まだ授業を受けたこともない、初めて会って一日も経っていないのに、隼人は香坂へ心を開いていた。もしかしたら先生になら......。


「別れました。でも、まだみんなは知らないんです」


 香坂は目を丸くして、隼人を見た。でもすぐに、その目は柔らかくなり、いつものふわりとした笑顔に戻った。


「そっかぁ」

 

 香坂は、反省したのか、それ以上詮索してこなかった。昴の次に打ち明けるのが、この人だなんて、今日の朝には思ってもみなかった。すると、香坂はホチキス留めの手を止め、隼人をちらりと見た。


「藤代君さ......」


 その時、隼人は確かに時間が止まったように感じた。次に耳に届いた言葉が、隼人の鼓膜を震わし、心を突いた。


「本当は学級委員、やりたくないんじゃない?」

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