好きと言えたのは
親がバスケットボールをやっていた影響で、茜は小さい頃からバスケットボールに触れてきた。いつもそばに、自分と同じくらい大きなボールがあって、一緒に育ってきた。だから、茜にとってバスケをやるというのは必然なことであり、何かを考えなくても、体育館へ行って、シューズを履き、ボールに触れるのが当たり前だった。
「自分はそもそもとして陽川高校が好きなので」
あの時の純粋な気持ちは、いつからか色々なものにぶつかり、形を変えてきた。キャプテンとして胸を張れるプレーをする。エースとして評価されるプレーをする。はて、バスケを真っ直ぐに好きだといえたのは、いつまでだったんだろうか。
「最後の一年間全力で盛り上げるので、改めて、よろしくお願いします!」
拍手の音ではっと我に返った。学級委員の相方の藤代隼人が今期最初の委員会を盛り上げて締めくくっていた。隼人は幼い頃から相変わらずのリーダーシップを発揮している。彼は昔からスポットライトを浴びてい生きている。そんな中で、どうやってプレッシャーを乗り越えているのだろうか。
「隼人、さっきの格好つけすぎじゃない?」
机を片付けながら、茜は少し隼人を茶化してみた。隼人はそれを照れながらあしらった。
「でもほら、好きってあんなに自信満々に言えるのは、凄いことじゃない?」
すると、茜が何気なく言った一言に、隼人は動揺して手を止めた。隼人は、何も考えずに好きと言えたのだろうか。だとしたら、私の幼い頃のようで、とても羨ましい。部活に、委員会、それに隼人は朱莉ちゃんという可愛い彼女もいる。
「......あとほら、言うべき相手もいるでしょ?」
茜は先ほどのように軽く茶化したつもりだったが、隼人はいつもの反応と違って、顔を曇らせた。茜には隼人の自信の無さそうな顔を見るのは久しぶりだった。とはいえ、何となく彼の様子が変だなと感じることが、最近多かったのも事実だった。
(もしかして......)
「ねぇ、隼人。もしかしてさ、朱莉ちゃんと別れた?」
隼人の狼狽えようからして恐らく図星だ。人前では真っ直ぐな彼でも、こうしてふとした瞬間には弱さも見せる。隼人も人間だなと、茜は少し安堵のような気持ちすら感じた。しかし、彼の様子はそれだけにとどまらないような気もした。
「隼人、最近、なんか悩んでるでしょ」
正直、無理している気がする。先ほどの「好き」と言っていた姿が彼の輝きであるのに、その輝きが少し鈍っている。茜にとって彼を見ることは、自分の幼い頃を忘れないでいられる一種の指針であった。そんな彼が、道を見失わないでもらいたい。
今日は部活がオフだったので、茜は隼人の本音を少し探ってみることにした。話を聞けば、「好き」という感情に悩んでいるようだ。その感情の種類は違えど、茜も同じことで悩んでいる。好きとまっすぐ言えるのは、自信があるからだ。その自信を、きっと茜も隼人も、持てなくなっているのだろう。
「ここにいた!」
突然扉が開けらるや否や、咲が飛び込んできた。彼女曰く、香坂先生が呼んでいるそう。その時、ふと茜の中にとある策が思い浮かんだ。
「そういえば」
もしかしたら、彼女なら今、見失っている自信を取り戻してくれるかもしれない。等身大の言葉で、きっと接してくれるだろう。
「樹里ちゃん、めっちゃ優しいから、相談してみれば?」
お互いに、あの頃の自分に戻れるように、純粋に好きと言えるように、願いを樹里ちゃんに託して茜は教室を後にした。
職員室に向かうと、すぐに樹里ちゃんがやって来た。
「今週はそのまま今のメニューでやって、来週から私のメニューも混ぜていく。それと......」
茜は携帯に樹里ちゃんが伝えたことをメモした。そして、樹里ちゃんは茜に一枚紙を差し出す。
「今度、県内の選抜校でスプリングカップを開くことになって、うちも招待されたの」
茜はプリントに目を通して、樹里ちゃんの話を淡々と聞いていたが、記載されていた招待校の一覧とある学校に目を止めた。
『梓西高校』
去年のインハイ予選で敗れた相手だ。彼女らと戦った時に、自分たちの実力がまだまだで、舞い上がっていただけだったことに気づかされた。
「初戦は河北高校で、ここはよく練習試合もしたことあるんだっけ」
樹里に尋ねられ、茜ははっと顔を上げ、慌てて答えた。
「あ、はい。そこは大体勝てる相手かなと思います」
「なるほどね......そのあと勝ち進むと、梓西とか柚ヶ崎とか強豪と当たることになると思う」
茜は気づかぬ間に、強豪たちの名に頭が縛れらていた。勝たなければいけない、エースとして、キャプテンとして、今年こそは。
「香坂さん! はじめるよ!」
「はーい! じゃあ部員に共有よろしく」
樹里ちゃんはすぐに職員の集まる方へと戻って行った。茜は職員室を後にし、帰宅する。その歩調はいつもよりも心なしか早かった。




