凱旋
オレンジ色のライトがコートを照らす。周りには、大地から奮い立たせる熱気と歓声。ここはまるで、現実ではないような気がする。それでも、呼吸の音、肌から滲む汗は、確かに現実だった。
「間もなく、着陸態勢に入ります。シートベルトを......」
飛行機のアナウンスが聞こえて、茜はイヤホンを耳から外し、携帯で見ていた試合のハイライトを止めた。窓の外には、光り輝く都会の景色が見える。日本に帰ってくるのは一年ぶり。
飛行機が音を立てて着陸し、茜は一年ぶりに故郷の地へ凱旋してきた。荷物受け取りと手続きを済ませて、茜がロビーへ向かうと、そこにはこれからお世話になるチームのマネージャーと思わしき人が待っていた。
「水野選手! こっちです、こっち!」
その者はチームカラーのオレンジのマフラーを身に纏い、ダウンジャケットに身を包んでいた。
「お久しぶりです、わたくし、陽川重工の広報担当ならびに、陽川サンアッシュのGMを務めております、五十嵐と申します。水野選手、ようこそ! いや、お帰りなさい!」
「......五十嵐、もしかして、英斗さん?」
「そうです! 水野選手覚えてくれてたんですね!」
五十嵐英斗は、三年前に茜を陽川重工にオファーした人。当時は若手社員だったが、彼の懸命な協力で、茜は陽川サンアッシュという地元のプロバスケットボールチームに所属した。今目の前にいる彼は、当時とは雰囲気も変わって、すっかり立派になっていた。
「どうでした? 本場のバスケは」
彼の献身的な協力で、茜は二年間のチーム所属の後、この一年間はアメリカでバスケの留学をしていた。その制度が無事に終わり、この先どうしようかと思っていたところ、サンアッシュから凱旋の提案があった。
「いやー、なにもかもがハイレベルで。毎日が刺激的でした」
茜がアメリカで見た景色は、今までの常識を覆すほどに、圧倒的なものであった。体格、身長、敵わないものは山ほどあったが、その中で自分が何をできるのか考えた一年。この経験を、今度は地元のチームで生かしていく。
「今日は一度、ご実家の方にお送りします。長時間のフライトでお疲れでしょうし、ゆっくりお休みください。では、明後日、事務所でお待ちしています!」
茜は会社でチャーターしてもらったタクシーに乗り込んだ。空港から地元まで一時間半。景色がどんどんと懐かしさを帯びていき、夜の暗がりでほとんど見えないにしても、安心感を感じた。
二日後、茜は陽川重工の事務所に赴いた。
「お疲れ様です、五十嵐さんいらっしゃいますか......?」
「あ、水野選手! お待ちしてました、さあさあこちらへ!」
五十嵐に促されるまま茜は応接室に向かった。途中、壁や棚などあらゆるところにサンアッシュのポスターが貼られていて、会社全体で応援していることが見て取れた。
「あ、遠慮なさらずに座ってください」
五十嵐は、茜を座らせるなり、一枚のポスターを持ってやって来た。
「見てください。新シーズンのポスターなんですけど、水野選手の凱旋を全面的に押し出した方向性で行こうと思っていまして」
五十嵐が差し出したポスターには、茜のプレー姿がセンターに起用され、「期待の新星 ついに凱旋」と大胆に打ち出されている。
「水野選手がチームを離れてからのサンアッシュの成績はご存じですか?」
正直に言うと、そんな余裕などなかったので、あまり知らなかった。
「うーん、何となくですかね」
「ですよね、忙しかったでしょうし、全然問題ないです」
五十嵐が次に見せてきたのは、ノートパソコンのとあるデータだった。
「はっきり申しますと、サンアッシュは二年前に主力選手が抜け、水野選手も留学に、新メンバーも故障などが続いて、思うように結果を伸ばせず、過去最低の記録を更新しています。いわゆる弱小チームです」
五十嵐があまりにもきっぱりというので、茜は少々反応に困り、苦笑いを浮かべた。
「そこで、今年、水野選手が帰ってきた。これは、話題性もありますし、何より水野選手のプレーにみんな期待している。ぜひ、水野選手にはチームを盛り上げてもらいたいんです」
ふと五十嵐の目を見ると、真っ直ぐな祈りの瞳の奥に、切実な思いが漏れていた。彼の奥のデスクには書類が山積みになっている。プロチームといえど、慈善事業ではない。これもビジネスで、成績を取らなければチームは存続できない。この背水の陣といった状況の切り札を、五十嵐は茜に託した。
「わかりました、結果出して見せます」
「よかったー、もうその言葉が聞けただけで、とっても頼もしいです」
試合に出るときの緊張感とは違う。そのプレッシャーよりも大きいものを背負った気がした。
「それで、今シーズンからは水野選手をキャプテンにしようと思ってコーチや監督と話しているんです」
「私が?」
五十嵐の告げた内容は、全く耳にしていなかった。帰ってきたばかりで、茜自身もまだまだ経験が浅い。ましてや、チームのメンバーからその人選を受け入れられるのだろうか。
「今のチームに新しい風を吹き込んで欲しいんです。どうか、引き受けてもらえますか?」
五十嵐の切実なお願いに、茜は頷くしかなかった。五十嵐は、自分のためにあれこれと尽力してもらった。そんな彼の想いを、無下にはできない。
「わかりました......やってみます」
茜がそう答えると、五十嵐はみるみるうちに顔を明るくして、安堵の息を漏らした。
「これから、面白くなるぞ......サンアッシュ」
五十嵐の期待に応えるべく、茜は立ち上がるしかなかった。自分の不安よりも、その方が最優先事項だ。
練習場に向かう前、トイレに立ち寄った。顔を洗い、鏡を見る。自分の闘志は燃えているか、魂は宿っているか、準備はいいか。人は、自分の前の姿しか見ることができない。今もなお、確かめることはできない。チームに帰ってきてすぐにキャプテンになる。自分よりも経験を積んだ選手も、プレーの上手な選手もいる。その中で、自分は何ができるのか。その人たちに自分の背中がどう映るのか。
――そんな時はさ、聞いてみればいいんだよ。
ふと、頭の中であの日の言葉が蘇ってきた。前にも、このような気持ちになったことがある。自分の背負うものに押しつぶされそうになった時、救われたその言葉。あの日見た景色は、今も茜の中で生きている。




