再会
クラスウェブをもう一度確認して、悠斗は下駄箱に向かった。春の三寒四温はまさに今日この頃を表す言葉で、昨日寒かった記憶からマフラーを持ってきたのに、どうやら今日は必要なかったようだ。
「キャー久しぶり!」
「えー、クラス違ったのまじ悲しいわー」
あちらこちらで浮ついた声が聞こえる。この高校で迎える春も三年目。今年で最後だ。
(adjust......assure......adopt......)
耳で流れる英単語を心の中で暗唱しながら、悠斗は新たな教室へと向かった。
「いや、まじで? あのマネージャーか」
「しんちゃん、大物ゲットじゃんかよ!」
教室に入るなり、顔だけ見たことのある男たちの盛り上がりが飛んできた。ずいぶんと賑やかなクラスになる予感がする。
「......はあ」
今年は受験もある。極力余計なことには足を踏み入れる気はなかった。しかし、このクラス......悠斗にはなんとなく察するものがあった。
やがて、チャイムが鳴り、新たな担任たちが続々と各々の教室へと入る。そしてこの九組の教室にも入ってきた。変な口調で挨拶をしたのは古典の鈴木。悠斗は鈴木のクラスになるのは初めてだったが、黒板の文字で何となく察していた。悠斗にとっては鈴木のクラスは当たりだ。彼の静穏な波長が、悠斗にとっては楽だった。
悠斗は片耳イヤホンをつけたまま、先生のいつもと変わらぬ挨拶を流し聞きした。すると、しばらくして風向きが変わった。
(......誰?)
遅れて入ってきたのは若い女の教師。どうやら新人のようだ。悠斗はイヤホンを完全に外し、一度そいつの話を聞いた。
「えっと……はい! 香坂樹里と申します! えー、担当は数学です! ......っと、一年目なので緊張していますが、みんなの最後の一年を精一杯サポートします! お......お願いします!」
何となく、面倒な気がする。初めての挨拶で緊張ゆえにアクセル全開とはいえ、そのアクセルにキレを感じる。おそらく学生時代は運動部で、青春に熱くなるタイプな気がした。この手のタイプと、悠斗は気が合わないことが多かった。この先に一塊の不安を抱きながら、悠斗は再び英単語が流れるイヤホンを耳にした。
ホームルームが終わり、今日は解散になった。もちろん今年も委員会には入らずにやり過ごした。あとは、受験勉強だけ。
「おお、喜一もう行くの?」
「うん! だって、そろそろ入学式終わるっしょ? 勧誘しないと今年こそやばいから!」
席を立とうとした悠斗は、ふと今の言葉に思い当たる節があった。今の声、どこかで聞いた気がする。反射で振り返ると、急ぎつつも楽しそうに教室を飛び出した奴の顔が見えた。その顔を見た瞬間、悠斗の頭の中で点と点が繋がる。
(あ、あの人......)
すぐに記憶が二年前に戻って、答えが出てきた。
――ジェレミー・ルイス好きなの?
あの溢れんばかりのワクワク感。未来に期待を抱いた瞳。そして人を引き付ける俳優のようなオーラ。そうか、彼と今年遂に、同じクラスになったんだ。今まであまり見かけなかったので、恐らく遠いクラスで、今年の文理選択で一緒になったのだろう。
(そうか、演劇部続けられてたんだな)
不意に沸きあがった感情に、悠斗は驚いた。なんだこの感情は。ろくに自己紹介も聞いていなかったので、彼の名前も知らない。それなのに......この感情は。
「演劇部、去年入部ゼロで廃部の危機らしいからな」
「とかいって、俺たちも人少ないから、他人事じゃねえぞ?」
「そうだね、剣道部も勧誘行きますかー」
学級委員に立候補してたやつとその友人の会話を、悠斗は立ち聞きしてしまった。演劇部が無事に発足出来たとはいえ、存続の危機にあったんだ......。それを知って、悠斗は一瞬頭をめぐらせらが、すぐにやめた。
(......らしくないな)
一瞬思い浮かんだ感情を見ないふりして捨てて、悠斗は改めて教室を後にした。
新学期から一週間が経ち、部活の勧誘も比較的落ち着いてきた。校内はそれに伴って、浮ついた空気も春風に乗ってどこかへ消えてしまった。
四限が終わり、悠斗はリュックから弁当箱を出す。二段式の弁当箱にの下段には海苔が敷かれたご飯、上段には冷凍食品のおかずが数種、入っている。悠斗はそのおかずをバラバラに食べながら、ご飯を口に放った。それと同時に、悠斗は左手で携帯の小説作成アプリを開いた。
(どこまで書いたっけなぁ)
受験勉強が始まって、毎日がモノクロになった。いや、前からモノクロではあったが、今は匂いもしないようだ。しかし、この時間だけは、その現実から逃げ出せる気がした。
物語を考えている時間だけは、自分のもの。いつもは線を引いて、手狭に生きる自分でも、その世界は伸び伸びとやれた。
(オルフェウスの奏......そうだ、タイトルそれにしよう)
画面をスワイプして、悠斗がタイトルを入力する。その時、何も干渉してこないはずの世界に、何かが届いている気がした。咄嗟に警戒心が募って、慌てて携帯を隠し、顔を上げる。すると目の前に、あの顔があった。
「ねぇ、覚えてる!?」
椅子の背もたれを抱いて、逆向きに座った彼は、あの日と同じ目で、悠斗に踏み込んできた。




