二年前の春に
大人になるということは、主に二種類ある。ひとつは体が成長し、生殖機能が発達して子孫を残せるようになること。もう一つは、精神的なこと。その点悠斗は、後者において、成長が早かったように思える。
「悠斗ー! 顧問に呼ばれてるぞー!」
「おう、今行く」
世の中の答えは何となく察せて、何を選べばよいのか、あまり迷うことがない。
「沢村、木内。二人のどっちかに部長をやってもらいたいと思ってる。投票で同数で......」
(木内は部長やりたいって言ってたな。俺の方が下手だし、それに木内の方がやる気ある)
「先生、部長は木内の方が良いと思います。俺は遠慮します」
「ほんとにいいのか? 助かる、俺じゃあ決め切れなくてさー」
誰かが輝いたり、誰かが上手くいくためには、必ずしわ寄せや影が生まれて、その役回りを誰かしらがやることになる。悠斗はそれに気づくのが早かった。無駄な争いをしているくらいなら、自分がその役回りを受ける。
「おい、悠斗。部長断ったんだって?」
「ああ、まあ。俺そんな柄じゃねえし」
「悠斗は大人だよなぁ。俺なら、マジすか? って本気にしちゃうわ」
「まあ、俺そんなに本気になれないし」
「それが大人なんだって」
大人になると、考えることが増えて、自分の限界を知る。だから、本気になれない。自分が最後に、何かに本気になったのはいつだっただろうか。
春が来て、中学を卒業し、高校に入った。
「テニス部興味ないですかー?」
「サッカー部モテるよー」
「生徒会いかがですかー?」
何か大志を抱いているわけではないので、身近な地元の県立高校に入学した。それ以外のことは考えていなかったので、校風などは入学してから知った。自分にはこの感じは少し合わないかもしれない。
「......っと、うわ、ごめ......」
悠斗は人の流れに身を任せていると、ひとり、ぶつかってしまった。その拍子に、彼が持っていたビラが散らばる。
「あちゃー」
「うわ、ごめんなさい」
悠斗はそそくさとそれらを拾い、持ち主の手に戻す。
「ありがとうございます」
制服のネクタイがふと目に入り、悠斗は驚いた。ビラ配りをしていたのは、自分たちと同じ一年生だった。
「あれ、もしかして一年生?」
彼は同い年だと分かると、調子を変え、あっという間に心の距離を詰めてきた。
「え、何組? 俺、二組!」
「あ、えーっと......六組です」
「うわ、そっかー! クラス全然違うやー」
「はは、そうだね」
悠斗はぼちぼち立ち去ろうとしたが、彼に腕を掴まれる。
「ねぇ、もしかして、ジェレミー・ルイス好きだったりする?」
顔も知らない初対面の人に、趣味のことを当てられ、不意に彼と目が合った。太陽ゆえの暖色の光が、視界をうっすらと色づける。
「ほら、このキーホルダーも携帯のケースの裏も監督の作品のだし」
指摘され、悠斗はなるほどと納得した。それにしても彼の観察力は鋭い。
「俺、演劇部立ち上げたいんだけどさ。やっぱり運動部とかが人気で全然人集まらなくてさ」
「そ、そうなんだ......」
彼は自身の豊かな視線でこちらに訴えかける。言葉がなくとも、何を言いたいのかは概ね伝わった。
「ごめん、俺、高校で部活とかやるつもりないんだ」
悠斗は前から決めていた心に従う。何かに熱くなるのは無駄。自分の世界で満足していればよくて、それを誰かと交えようとなど思わない。
「そ、そっかー、うん。あ、なんかごめん! 引き止めちゃって」
「いや、全然。ごめん、断っちゃって」
「いやいやこちらこそ。またどっかで!」
悠斗は身を翻して、彼から離れた。背後の賑やかな空気から一歩ずつ遠ざかるように、帰路に着いた。断った時、彼の顔をちゃんと見なかった。彼はどんな顔をしていたのだろう。
――ジェレミー・ルイス好きなの?
あの時の彼の嬉しそうな表情は、本物だった。きっと彼も映画が好きなのだろう。彼は役者っぽいな。あんな子が主人公の王道の青春物語なんか面白うそうだ。
その時ふと、立ち止まった。自分は何を考えているのだろうか。考えても無駄なことだ。自分の周りには一線が引かれていて、それを越えたり、越えさせたりはしない。
悠斗は我に返って、再び歩き出す。その視界は、いつものようにそのままの色合いだ。
そして二年後、彼と再会する。




