怒
外の雨はまだ止まない。それどころか、一層増している気もした。夏の空は、わかりやすい。暑くぎらつかせたと思えば、あっという間に曇天へと変わり、気づけば豪雨。
「この辺で今日は終わりにしようかー。続きは明日!」
藤代の鶴の一声で、場は解散になった。
「美咲、弥生!」
恵那は帰ろうとしていた二人の名を呼ぶ。そんなはずはないのに、何となく久しい感じがした。
「この後さ、ちょっとカフェ行かない?」
二人は顔を見合わせて、そのあと笑みがほころんだ。
「いいよ、なんか久しぶりじゃん?」
「恵那こそ、予備校とかないの?」
「うん。今日はお休み。ちょっと二人に話したいこともあるし」
美咲も弥生も心当たり無しという感じで惚けたが、素直にカフェへ向かった。
「お待たせしましたー。アイスの抹茶ラテとホットサンドです」
「恵那もそれにしたんだー」
テーブルを見ると美咲も弥生も抹茶ラテだった。
「ここのホットサンドも美味しいよね」
「美咲はドーナツ、珍しくない?」
「え、マジ? あーでも確かに、うち甘党じゃないからイメージ無いかあ」
三人で抹茶ラテを飲み、たわいもない会話を広げた。なんだか懐かしい気がする。そう思えるのも、自分の道を進み、自分を俯瞰しているからかもしれない。
「そういえば、恵那。さっきの話って?」
琴線に触れる気がして話題に出していなかったが、いよいよその時が来たみたいだ。
「あのさ......陽輝君と佑君とは良い感じなの?」
美咲は一瞬拍子抜けしたようだが、すぐに顔に色を灯した。
「なんだ、恋バナかー」
「ね、何言われんのかと思ってたけど、恋バナならウェルカムよ」
「えっと、どこから話してないっけ」
それからしばらくは美咲と弥生の惚気話を聞いた。あの日六人で食事に行ってから今日に至るまで、美咲も弥生も順風満帆にやっているようだ。
「なるほどね......二人とも幸せそう」
「とか言って、恵那は蓮君とどうなの?」
矛先がこちらへ向いて来た。思い出したくもない、あの記憶。でも逃げていたらダメだ。
「私は......」
不意に二人の視線が目に入る。二人とも、すごく期待している。目の奥がそう言っていた。
「私は、なんもなかった......かな」
すごくマイルドな言い方になってしまった。本当なら、危険信号を出したかったのに。でも、その視線を無下にした言い方なんてできなかった。
「えー、なんだ。うちらめっちゃ相性良いし、恵那と蓮君も相性良いと思ったんだけどな」
外の雨は一時的に止んでいるが、またいつ降り出してもおかしくない様子だった。
「二人はさ、どこが好きなの?」
べたな質問で探ろうとした。二人は、彼らの本性を気づいているのだろうか。
「えー、そう言われるとなぁ。んー、大人っぽいとことか」
「あーわかる。めっちゃリードしてくれる感あるよね」
恵那には心当たりしかなかった。全ての言葉が、悪い方向に転んでいく。自分で聞いたのに、後悔している。だって......。
「あのさ、疑うような真似して......悪いんだけどさ......その」
「何もったいぶってんの?」
「その......お酒とか、飲んだりしてないよね?」
突拍子もないことを言い出した恵那に、美咲と弥生は目を丸くする。雨がまた降り出した。しかも勢い強く。
「え、何急に」
「なにそれ......」
心音がうるさい。それは、言いだした緊張ではない。空気の中に感じる、悪い予感。それが、エスカレートさせていく。
「え、そんなのとっくに知ってるよ」
聞きたくなかった。薄々気づいていたけど、聞きたくなかった。二人がそれで幸せなら、それで良くて、身を委ねられた。前の自分なら、きっとこの感情は持たなかったのに、今はその言葉に喉の奥、胸のあたりが苦しかった。
「なんで......」
私が泣くのは違うだろ。そうわかっていても、胸の苦しみが悔しさに代わって、涙に代わっていく。
「え、恵那。どうした?」
「なんか、恵那らしくないじゃん」
私らしさ? なんだよそれ。私は、この二人に何も言えない優しさを、私らしさにするつもりはない。
――それってほんとに優しいって言うのか?
脳裏に沢村の言葉が過る。自己満かもしれない。お節介だろう。気を悪くするかもしれない。もう、三人で居られないかもしれない。でも、それでも私がこの二人へ持ちたい優しさは......。
――怒らないと。
先生。この悔しさも、この怒りも全部、本当に大好きな人にしか湧かない。それが本当の優しさなのかな。
「二人ともさ......!」
雨足はその瞬間、弱まる。
「目覚ましてよ!」
恵那の声が轟いたのか、雲の形が変わり始めた。初めて聞いた恵那の怒りに、美咲も弥生も拍子抜けしている。嫌に思うだろうな。重いって思うだろうな。こいつなんなんだよって。でも......。
「......二人は......そんな人間に成り下がらなくても、十分......」
それでも言いたいの。これが私の答えだから。
「信じられる、友達なの」
机に零れた涙を最後の一滴に、外の曇天から日が差した。




