Out of My Rail
「ハハハ、でもまさか同じ最寄り駅とは思わなかった―」
「いやほんとに」
「俺、中学受験で京成に進学したから、地元の人と全然繋がってないんだよね」
「隣の小学校って言っても、全然関わりないもんね。蓮君は買い物?」
目をほころばせる蓮君はコンビニの小さな袋を提げていた。しかし、恵那の問いに彼の柔和な目は一瞬ピクリと固まった。
「あ、ああ......そうそう、ちょっと喉乾いてね」
蓮はその袋をリュックにしまって、押しボタン信号の赤いボタンを押した。
「それよりさ、恵那ちゃん。連絡先交換しない?」
蓮君はスマホを取り出して、話題を変えた。美咲も弥生も交換したと言っていたし、私も......。
「いいよ、さっきバタバタしちゃって交換できなかったもんね」
恵那がSNSのQRコードを出すと、蓮君はすぐにそれをかざした。その時、蓮君のスマホの上部に通知のバナーが表示された。すると、蓮君はすぐにそれを上にスワイプして、何もなかったように取り繕った。
「よし! じゃあ、また。ご飯行こうね」
「うん、じゃあね」
手を振って別れた拍子に、蓮君のポケットから白い紙がひらりと落っこちた。
「あ、なんか落ちたよ......」
恵那はすぐに拾ったが、今日の駅の混雑で、蓮君の姿はもう既に見えなかった。視線を落とし、その紙を改めて見ると、どうやら先ほどのコンビニのレシートだった。
「お菓子......結構渋いの好きなんだなー。それと、ライター......何に使うんだろ」
とはいえ、恵那に詮索する義理もないので、翻って家路についた。しかし一瞬、先ほどのバナーをスワイプした刹那が頭を過り、妙な胸騒ぎがしたのも確かだった。
窓から西日が差し、時刻はそろそろ四時になる。金曜は七限まである代わりに、最後の一時間はロングホームルーム。今日のテーマは、文化祭のクラスの出し物だった。
「じゃあ藤代君中心に、話し合ってね」
藤代はあれから数日して無事に学校に復帰した。しばらくは噂の影響もあったが、次第に下火になっていった。なにより、彼の毅然とした態度、いや、彼らしさが戻ってきたからだろう。
「え、俺メイド喫茶やりたいんだけど」
「いやいや、しんちゃんのメイド姿とかどこにも需要ないって」
クラスの雰囲気を横目で見ながら、香坂は仕事を進めている。
「でも、あながち良い案かもよ? 飲食なら進学組も準備参加しやすいだろうし」
「高瀬の実家、レストランじゃなかった? 食材とか安く仕入れられそうじゃね?」
「あー、いいよ。おばあちゃんに聞いてみる」
「そしたら、これで決まりかな」
彼の適切なリードで、会が円滑に進み、クラスの出し物が決定した。
「そしたら、申請は零士よろしくな」
「あいよー」
「じゃあ次......」
前で指揮を執る藤代を見て、恵那はぼんやりと羨ましさを抱いた。あんな騒動があっても、今の彼は輝いている。私には到底立ち直れないような、そんな逆境も乗り越えて、また再びみんなのリーダーとして帰ってきた。彼は強い。その強さは、きっと、私には無いものを持ってるからだ。
「......な、恵那!」
はっと我に返り、前を見ると、皆の視線が恵那に向いていた。
「ご、ごめん。ぼーっとしちゃってた」
「担当決めだって。恵那、何やる?」
斜め前の席から弥生の助け舟をもらい、恵那はやっと事態の把握に至った。
「えーっと、そうだな」
恵那は一拍置いて、自分の行動に内心笑ってしまった。今、自分の視線は黒板上で、美咲と弥生の名を探していた。これだけ自覚していても、なお、自立しようとしないみたいだ。
「んーじゃあ、ドリンクで」
恵那が答えた途端、クラスの時が一瞬止まったように感じた。恵那が選んだのは、美咲と弥生の選んだホールスタッフではなかった。クラスの反応は恐らく、それのせいだろう。
「え、恵那もホールやらないの?」
すぐさま弥生が振り向いて追及してきたが、「ガーリーな服似合わないからさ」とそれっぽい出まかせで流した。
「じゃあメニューの人たちは近いうちに打ち合わせて、仕入れと買い出しの準備しよう。それから引き継いで......」
恵那の選択は、ほとんど勢いだった。いつもと変わらない自分に嫌気がさして、それから逃げるように、衝動的に道から外れてみた。でも不思議と、後悔はなかった。確かにレールの方向は変わり始めた。こうでもしなければ、変えられなかっただろう。
(私もなれるかな......)
恵那は藤代を見て、それから再び、西日の差す窓を眺めた。




