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余裕

 学校に行くときの二倍の時間をかけて、恵那はご飯会の支度をしていた。両親には美咲や弥生とご飯に行くということで事実を濁した。


「やば、もうこんな時間」


 もう一度鏡を見て、最終チェックする。それから、最近買った小さな銀色のバッグを持って、家を出た。


 家を出て三十分。いつもと逆の電車に乗って、ターミナル駅に出てきた。久しぶりに来たので、少々方向に迷いながら集合場所のモニュメントを目指す。雑多をかき分けながら集合場所に着くと、ちょうど同じタイミングで美咲と弥生と合流できた。


「え、弥生の前髪いい感じじゃん」


「だって、今日は気合入れなきゃでしょ」


 ハイスペックの男子と会える絶好の機会ということで、弥生も相当の気合の入れぶりだった。


「そろそろ着くらしいんだけど......」


 美咲がスマホを確認しながら周囲を見回していると、数分も経たないうちに、それらしき人達が近づいてくるのが見えた。


「美咲ちゃん!」


「あ! こっちこっち」


「はじめましてー」


 軽く会釈をしながらやって来た彼らは、三人とも背丈の高い、何かしらのスポーツをやっていそうな好青年だった。写真に劣らず、顔面偏差値も抜群。


 無事に合流できたので、とりあえずお店の方へと移動した。移動の道中は主に男女で固まって歩いていたので、特に印象に変わりはなかった。お店は男子陣が選んでくれたようで、おしゃれなイタリアンのレストランだった。


 男女向かい合わせで席に着くなり、改めて自己紹介が始まる。


鮫島陽輝(さめじまはるき)っす。京成の三年で同い年。よろしくねー」


「陽輝の友達の町田佑(まちだゆう)っす」


 佑君は陽輝君より背が高く、髪の毛はセンターパート。何も喋らないでいると緊張感のあるきりっとした顔だが、口を開くと物腰は柔らかそうであった。


「同じく陽輝の友達の陣内蓮(じんないれん)です」


 一方の蓮君は二人よりは小柄だが、よく笑う。緩めの天然パーマで、くっきりとした二重が柔らかな雰囲気を立たせていた。


「二人とも俺と同じバスケ部なんだよな」


 なるほど、恵那の第一印象に合致する答えに、一人納得した。そして、男子たちの自己紹介も済んだので、今度は女子の番。


「木島美咲でーす、それでこっちが」


「三田弥生です」


「篠原恵那です」


「弥生ちゃんに恵那ちゃんね、よろしくー」


 それからは、順調に会話が弾んだ。やはり、バスケ部由来のノリの良さゆえに雰囲気が明るく、素直に楽しかった。


 運ばれてきた料理を食べながら、一時間くらいが経ち、次第に会の構図も変わってきた。美咲はもちろん陽輝君、弥生は佑君と会話を咲かせている。


「恵那ちゃんは大学進学するの?」


 当然、流れから恵那は蓮君と話すことになる。


「ん-、まだ決めてないかな」


 先ほどまでは集団の会話の流れに身を委ねていたので、突然一対一で話すとなると、不意に緊張が湧き上がってきた。


「そうなんだ。俺は、部活引退したら予備校に缶詰め状態かなぁ」


 蓮君の笑いに恵那も合わせた。やはり京成高校の生徒ということもあって、その明晰さは雰囲気から垣間見える。


「恵那ちゃんは、美咲ちゃんとか弥生ちゃんと同じクラスなの?」


「そうだね」


 ふと蓮君と目が合って、思わず逸らしてしまった。彼のくりっとした目は綺麗な瞳だった。


「緊張してる?」


 図星だった恵那は、不意にパスタが喉につっかえてしまい、慌てて水を飲んだ。


「......なんか、うん」


 笑ってごまかしたが、鼓動は早くなるばかりだった。私もしかして......。


「そっか、なんか恵那ちゃんってさ」


「うん」


「優しいんだね」


 その一言が耳に飛び込んできたと同時に、耐えられずお手洗いに向かった。


「はぁ......私、どうかしてる......」


 鏡を見て、耳が燃えるように赤くなっていることに気づいた。自分の体温もぐっと高まっているように感じる。蓮君の「優しい」という言葉を脳内で反芻しているうちに、その熱が確かなものに凝固して、胸の中に落とし込むように馴染んでいった。


「大丈夫だった?」


「ごめん、突然」


 席に戻ると、蓮君が心配の眼差しを向けてきたので、適当にごまかした。美咲や弥生たちも会話に戻ったので、恵那もさっきの話の続きをした。


「なんで蓮君は私のこと優しいって思うの?」


 蓮君は宙を見て、すぐに言葉を返した。


「ん-、美咲ちゃんと弥生ちゃんのことよく見てるし、恵那ちゃんはこの三人でいるのがほんとに好きなんだろうなって思って」


 蓮君の言葉は、熱くなった心に灯を加えるように染みる。でもそれが、余計に事実を明るみにするようで、今の心情では上手く受け取れなかった。


「......私は優しいだけなの」


 優しいが正解なのか。私は身を委ねているだけ。その空間に波風を立てないように調整する。それが優しさとして映るけど、何も残らない。


「恵那ちゃん」


 蓮君はすっとハンカチを差し出した。私はこの方法しか知らない。身を委ねて、風に乗る。恵那はそのハンカチを受け取って、溢れそうな涙をさっと拭った。


「すみません、そろそろお席の時間が......」


 店員さんに促されるまま、六人は店を後にした。幸い、美咲や弥生はそれぞれの会話に盛り上がっていて、先ほどの件は気づかれていないようだった。


「じゃあ今日はこの辺で解散にしようか」


「じゃあねー」


 男子三人を見送り、恵那たちも帰路に着く。女子だけになったので、早速三人は反省会を始めた。


「美咲、陽輝君とめっちゃ良い感じだったじゃん」


「今度二人で出かける約束しちゃった! 二人は?」


「私も佑君と連絡先交換したよ」


 美咲と弥生は順調に出会いを形にしている。一方の恵那は、先ほどの一件でバタバタしてしまったこともあり、蓮君と特に何も進展できずに終わった。


「そっかぁ、蓮君と良い感じだったと思ったんだけどなぁ」


「またあのメンツでご飯行きたいね、そしたらそこでまた何かあるかもしれないし」


 二人は自分の行き先が見えている。だから、彼氏とかを考える余裕もあるのかもしれない。私はどうやら、自分が思っているよりも余裕がないようだった。


 恵那は美咲と弥生と別れて、一人、電車の窓を見つめた。外は暗く、何も見えない。代わりに反射する自分の顔がうっすらとその暗闇に浮き出ていた。彼女の姿は、実にぼんやりとしていた。


 数分して最寄りで降りた恵那は、流れのままに改札を出る。その駅は、近くのスタジアムの最寄り駅で、プロのサッカーの試合があった日には、毎度混雑していた。今日もちょうどその日で、何も考えずに帰ってきたので、恵那は見事にその混雑に遭ってしまった。


「うわっ」


 構内の混雑から押し出されるように逃げ出た恵那は、ちょうどコンビニから出てきた人とぶつかってしまった。


「す、すみません......」


 恵那は顔を上げると、挙動が固まってしまった。


「恵那ちゃん......?」


 恵那の視線の先には、緩め天然パーマにくりっとした綺麗な瞳の青年がいた。

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